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  2008年京都旅行記   


自分で手配の旅・・・京都
日本発の両切り煙草を発売した「村井兄弟商会」跡・・・東山IVYで自炊生活




 08/08/26~08/09/05  小樽⇔京都(大人2名)                                     

日程       フェリー往復泊&新大阪1泊&京都市内7泊
         
経費       大 人2名

交通費
フェリーチケット(一等個室)          小樽⇔舞鶴
     @17,600(片道)×2-1,760×2(往復割引)=66,880円

宿泊     東横イン新大阪中央口新館
                 @8,610(2名×1泊)    8,610円
              東山IVY(ウィークリーマンション)
           @4,180(2名×1泊)×8日(7泊8日)=33,440円
    
拝観料&入場料                    14,000円 
食事&食材費                                    38,406円
交通費                                                             24,060円
雑費                                          9,685円
                     
                       〆て    195,081円






旅程 

1日目 フェリー(小樽 より出航) 5日目 東映太秦映画村 8日目 寂光院
小樽フェリー・ターミナル 太秦駅の仏像・数珠自動 販売機 三千院
2日目 超高速フェリー「はまなす」 6日目 叡山電鉄 下鴨神社
東横イン新大阪中央口新館 貴船神社 9日目 京都国立博物館
3日目 東山IVY(ウィークリーマンション) 木の根参道・鞍馬寺 魔王 殿  10日目 京都市立歴史資料館
八坂神社 鞍 馬 寺 11日目 フェ リー(舞鶴より出航
八坂塔の下商店会 由岐神社 超高速フェリー「はまなす」
長楽館 7日目 平等院 まとめ
ねねの道&石塀小路 宇治川河畔
高 台寺 伏見百景
4日目 錦 市場 寺田屋
二年坂・三年坂・茶碗坂 清酒・神聖の 白菊水
清水寺 月桂冠大倉記念館
                                   

                                      
食べたところ 泊まったところ
 ●長楽館 ランチ  ●東横イン新大阪 中 央口新館
 ● 高台寺・雲居庵 抹茶  東山IVY (ウィークリーマンション)
 ● 十駕おおしま 日本料理・コース
 ●都そば 立ち食いうどん
 ●開化亭 讃岐きつねうどん
 ●ひろ文 納涼川床・流れ素麺
 ●お食事処あうん 天ぷら定食
 ●真手打そば処ながの 茶そば&そば稲荷
 ●からふね屋珈琲店 日替りランチ
                                    





              購 入食糧                                                        ★ 食品名をポチっと押すと飛びます
    
商店名 食品名
紅梅庵(錦市場) 蛸蛸あがれ
のと与(錦市場) 鯉煮
不明(錦市場) 冬瓜
不明(錦市場) 九条ねぎ
yamazaki(錦市場) いちじく
不明(錦市場) 豆乳
麩房老舗(錦市場) 汲み上げ湯葉
打田漬物(錦市場) かぼちゃの漬 物
なかや(八坂) 白豆腐
駿河屋(伏見) 練羊羹
不明(清水寺門前) 冷やし飴
多 聞堂(鞍馬) 栗うい ろ・麦まんじゅう
山田園本舗(宇治) お茶
観月あられ(伏見) 京ちどり
寺子屋本舗(大原) ぬれ煎
肉の長崎屋(河原町) コロッケ
音 羽屋(東山区) よもぎ餡餅
名月堂(東山区) わ らび餅
不 明(東山区) だし 巻き卵
ハートフレンド(東山区) 鯛の頭山椒焼
ハートフレンド(東山区) 真鯛と鯛飯
                                                                     
 

紅 梅庵(錦市場)   蛸蛸あがれ

蛸入り稲荷、これが旨い

店頭で食べてきた@130円


の と与(錦市場)    鯉煮

@320円

有名な鰻、川魚屋さん
    

不明(錦市場)    冬瓜&九条ねぎ

煮付けに@200円

味噌汁に@220円
    

打 田漬物(錦市場)  かぼちゃの漬物

味見で一目ぼれ@500円

どう切るのかな?
    

多聞堂(鞍馬)  栗ういろ・麦饅頭    

甘さ控え目で私好み@120円

素朴な味@120円
    

ハー トフレンド(東山区)     真鯛と自作の鯛飯

寝る前に仕込み@258円

朝、美味しい鯛飯が♪
    

観 月あられ(伏見)   京ちどり

安くておいしい~

龍馬通りにあり
    

駿 河屋(伏見)      練羊羹

さすがに旨い!@1260円

寛正2年開業の老舗
    

寺 子屋本舗(大原)         お かき

ぬれ煎:塩辛くなくて美味


三千院への道にあるお店
    

yamazaki (錦市場)     い ちじく

今が旬、うまぁぁぁ~

    

麩 房老舗(錦市場)  汲み上げ湯葉

@840円

1パックを二人で食べる贅沢♪

    

不明(錦市 場)  豆乳 なかや(八 坂)   白豆腐 不明(清水寺 門前) 冷やしあめ

黒門市場は溢れそうな盛りで@60円。
ここはカップに7分目弱 (/_;)

一丁200円。コクあり柔らかめ

飴だけに甘い飲み物@130円
    

山田園本舗 (宇治)  お茶 長崎屋(河原 町)   串カツ・コロッケ ハートフレン ド(東山区)    鯛の頭山椒焼 

お茶を期待したが
甘いお茶ジュース@50円

客の注文を受けてから揚げる
コロッケ@63円
串カツ@110円
安い・うまい・対応が暖かい♪

近くのスーパーで購入
山椒の香りが香ばしい
    

音羽屋(東山 区) よもぎ餡餅 名月堂(東山 区)   わらび餅 不明(東山 区)  だし巻き卵

MNのすぐそばの店
餡餅は写す前に食べちゃった

祇園甲部歌舞練場近くの店
1パック300円

五条大橋近くの店
@190円









1日目



「旅ではなく、京都住まいを!」というのが、今回のコンセプト。道産子の私にとって珍しい食材を、レンタルのMyRoomで気儘に楽しみたい!という訳で、ねぐらはウィークリーマンションに決めた。京都までの交通手段も、夏場で混んでいる飛行機を避けて、フェリーに!

小樽(23:30)→ 舞鶴(21:00)。夜中の出港なので、日中は何となく落ち着かず過ごした。午後8時30分、かなり早めに家を出て、さて、旅の始まり。

08/08/26 小樽フェリーターミナル






超高速フェリー「はまなす」


出港掲示板


搭乗口



売店

待合室
小樽市築港7 -2 勝納埠頭。

午後9時を少しまわった頃、小樽フェリーターミナルに到着。私とツレが乗る予定の超高速フェリー「はまなす」が着岸し、船から降りたトラックが忙しく走っ ていた。その時、ちょうどターミナル前の道にバイクを止め、暗がりで地図を広げている青年と遭遇。すれ違う時、「フェリーで来たの?」と、うちのツレが声 をかけた。今、フェリーを降りて、このまま夜道を宗谷まで走るそうだ。別れ際、「事故に気をつけてね。」と言うと、人懐っこい満面の笑顔が返ってきた。彼 が舞鶴から乗ってきたその同じ船で、今度は私たちが彼の来た道を逆になぞりながら舞鶴を目指す。ここで偶然会って、彼は北へ、私たちは南へと向かっていく訳 だ。彼と私たちの人生の中での接点は、ただこの瞬間のみ。そんな一期一会の出会いの妙を、ふと思う。

夏休み中のせいか、帰省帰りの親子や学生、若いカップルなどが多い。時間が過ぎ行く程に、待合室は人が増え活気づいてきた。よしよし。これでこそ、出発の ときめく様な興奮とちょっぴりの緊張感も湧いてくるというものだ。


2日目
乗船し、ほっと一息ついた頃、銅鑼が鳴りいよいよ船出。
08/08/27 超高速フェリー「はまなす」 往路















超高速フェリー「はまなす」 の顔?




























一等和室
左に畳んであるのが布団。右手前に洗面所

売店
真ん中の商品棚を境に
右が舞鶴、左が北海道の土産


軽食・飲み物の自販機
温かい鶏の唐揚げが売れ筋?




カフェでは軽食を提供




前方展望室・ミルキーウェイ
室内から、窓越しに海が見える




後方オープンデッキ
天気がよいと、風が心地よい♪


言わずと知れた女湯

窓から海が見える浴室
気持ちいいいいいい。




前方甲板



後方甲板

コンファレンスルームで上映中の
ちびまる子ちゃん


乗組員によるサックス演奏
はまなすLive

「はまなす」は2,004年就航の新造船で、 船体の全長(224.5m)は日本のカーフェリーとしては最も長い。航海速力30.5ノット(全速約32ノット)は、現在就航している日本のカーフェリー の中では群を抜く速力。かつて30 時間かかった航路を今では20時間で航海する。シップオブザイヤー賞受賞。

新造の巨大フェリーだけに、豪華設備が充実している。船内に足を踏み入れると、大きな吹き抜けのエントランスが視界に飛び込んできて、船の現在位置の地 図・速度などが表示される大型モニ ターが見られる。そして、売店・案内所・チルドレンルーム・ゲームコーナー・自販機コーナーなどがエントランスを包み込むように配置され、さらに上のフロ アには、浴室・レストラン・カフェ・グリルが配置されていた。しかし、これらが常時並行して開店している訳ではない。レストランはビュッフェ(バイキン グ)タイプで、レストランが営業していない時間帯にカフェを営業する。といった形態。高級コース料 理のグリルは、予約制 でたまに開店している程度。出来るだけ少ない職員で、効率よく回すという営業努力が見え隠れする。

浴室は、浴槽に超音波ジェットがあり、スチームサウナも付設。とにかく、広くて気持がいい。浴槽に肩までつかると、目の高さに水平線が見えた。フェリーな らではの至福、ここにあり。

先頭部のフォワードサロン(ミルキーウェイ)と喫煙コーナーで、前方の景色が楽しめる。また、コンファレンスルームでは、午後から「ちびまる子ちゃん」が 放映されていた。ちなみにこの日の二度目の放映作品は「武士の一分」。家にDVDがあるので、観に行くのはやめにしたが。

「運賃が安いのでフェリーにした。」という人も多い。確かに、この時期、飛行機は繁忙期料金が適用され、バカ高。それに比べ、フェリーは客室いかんで運賃 はピンキリだ。たとえば二等(雑魚寝)で、9,300円。二等寝台(二段ベッド)で12,000円。一等個室が18,000円。特等Aが28,000円。 スイートが48,000円。(2008年9月~2009年3月の料金)

今回、一等個室に決めたのは、それでも飛行機より安いのなら一度経験してみたい!という単純な理由。和室と洋室の選択を問われるが、「洋室は窓から海が見 えない部屋が多い。」と、聞いていたので、往路は和室に決めた。期待通り海の見える部屋だったのは嬉しいが、窓から見える甲板にタンクが設置されていて、 少々視界が遮られるのが残念。しかし、それは瑣末な我儘というもの。少し狭いが、ホテルのような部屋での時間は、のんびりゆったりと流れていく。「ちょっ ぴり多くお金をかけると、こんなに快適なのか!」と、つくづく思う。

夕方、乗組員によるサックス演奏が始まるというので、出かけてみた。「はまなすLive」という。メンバーは総勢5名だが、勤務の関係で今日は3名。サッ クス&ドラム&ギター。「お客様に、より楽しい旅をしていただきたい。」との思いから、仕事の合間をみつけてのボランティアでの演奏会だとか。サックス担 当の人は機関部所属で、仕事は運航とか電気保守など。この船を動かすための片道燃油費が1,300万円かかり、トラックが100台&人が200人位乗ると 黒字になるとのこと。ちなみに、今日は黒字。そんなフェリー裏事情を聞いてしまうと、「何とか赤字にならないように!」と社員と共に願う気持ちがわいてき た。皆 乗ってぇぇぇ。

定刻きっかりに、船は舞鶴港に到着。フェリーターミナルから21時15分発・新大阪行きのバスに飛び乗った。所要時間2時間。大人@3000円。



BACK


3日目

08/08/28 東横イン新大阪中央口新館



ビジネスツインの片側



朝食
大阪市淀川区西中島5-2-6  ☎06-6303-1045 JR新大阪駅正面口徒歩6分。ビジネスツイン一室二名8,610円。

未使用のテレカ2枚まで代金として使用できるとの事な ので、家で死蔵しているテレカ(500円相当)2枚を現金に添えて提出した。支払は現金7,610円+テレカ2枚。各種商品券については、使えるのと使え ないのがあ るようだ。
(詳細は東横インHPでご確認 を!)

部屋でお茶を飲み始めたら、日付が変わった。予定通りに辿り着いた安堵感で、どっと疲れが・・・。

さて、今夜の宿・東横イン新大阪中央口新館。隣に東横イン新大阪中央口本館があり、予約時どちらにしようかと迷ってしまったが、新館の方が文字通り新しい だろうと推理してこちらに決定。部屋は「ビジネスツイン」というちょっと変わった部屋。ドアを開けると真中にバス・トイレがあり、それを仕切りにシングル ベッドが右と左に配置されて部屋が二つに分かれている感じ。ビジネスマン二人での宿泊ならば、一室でありながらもある程度のプライバシーが確保されるのだが、私とツレという組み合 わせの二人組なら、バス・トイレで仕切られているのは、逆に部屋を狭くしていて使いにくい。ちなみに右も左も全く同じ備品が配備されている。テレビの違う 番組をそれぞれに見たら、相手の音がちょっと気になるかも?

翌朝は、爆睡して午前8時30分起床。すぐに1Fへ降りて朝食。無料で、お握り3種・漬物・味噌汁・コーヒーが提供されていたので、お握り3個を大食い してしまった。ツレは5個。ビュッフェ方式で好きなだけ食べてもいいのだけれど、「小さいお握りだからねぇ。」との言い訳は自分への呪文。おかずがないシ ンプルな朝食だが、充分満足できた。さらに、食後のコーヒーも飲み放題。コーヒーの香りが、これから始まる一日への元気をくれる。


ゆうべ舞鶴に降り立った時も、そぼ降る雨。そして、今朝も雨。
とりあえず、京都へ行き、今日からの宿へチェックイン。
08/08/28 東山IVY














東山IVY

二人部屋(手前右に台所・バスがある。)

フロント横の公衆電話

フロント横のPC
(キーボードが日・中・韓・英)

京都市東山区馬 町通東大路西入上新シ町358   1988(明治31)年建造 @4,180(2名×1泊)×8日(7泊8日)=33,440円

日本で初めて両切り煙草を発売した村井吉兵衛が作った煙草工場・村井兄弟商会の跡だとか。建物は煉瓦風のレト ロ.。今時のウィークリ-は、宿泊料のほかに光熱費とか清掃料とか事務手続き料とか、もろもろかかるらしい。だが、ここは 宿泊料 ぽっきり。二人の場合、一人分の布団代が+になるけれど、他と比べると群を抜く格安さだ。加えて、収納部分が多いので、すっきりと暮らせるのが嬉しい。

部屋は洋室で、バスや台所を除く純然たる生活スペースが10畳以上。生活に必要なものはすべてと言っていい程無料でついているので、気楽な京都暮らしがで きる。宿泊客は中国人が多く、共用 部分のPCを使おうとすると大抵は中国語キーボードが設定されていたが、私は都度日本語キーボードを降ろしてblog更新をした。これは、とても便利。加 え てSKYPEで、無料通話もできる多国籍仕様。

朝早く目が覚めたツレは、近所の清水寺・高台寺・三十三間堂などへ毎日散歩をしてご満悦だった。地の利が抜群なのだ。

総括・とても居心地よく暮らしやすいので、機会があればリピートしたい。あまりの暑さに毎日洗濯をしたが、洗濯機の使用も無料で、洗濯干場に夜干しておく と朝には乾いていた。ツレいわく「Tシャツの二枚もあれば暮らせるなぁ~。」いつまでも営業しつづけて欲しいが、建物がかなりレトロなので、少々心配。皆 様、機会があれが是非利用してくださいませ。


東山IVY周辺

「たばこ工場発祥の地」碑

IVYは税務署奥の煉瓦造りと棟続き

別棟にある連鶴工房

裏道沿いの町家

河井寛次郎記念館(陶芸)


東山IVYにチェクインして、さっそく、町へと飛び出した。
08/08/28 八坂神社





西門(重要文化財)
門の両脇には門神人形が。

本殿(重要文化財)

疫神社

南門の鳥居(重要文化財)

鳥居内には老舗料亭「中村楼」
京都 市東山区祇 園町北側625番地

八坂神社は、素戔嗚尊(スサノオ)を祭神とする全国各地にある神社の名称。日本全国には約2300社あるとされる。

ここは全国の八坂神社の総本山。「祇園さん」と親しまれているが、以前は「祇園社」と呼ばれていた。が、慶応四年(1868年)の廃仏 毀釈により、「八坂神社」と改めた。

西門から入るとすぐに現れる鳥居が、疫神社(蘇民将来社)。祭神は蘇民将来。「蘇民将来の子孫は疫病を免れる」という言い伝えにより、 7月31日祇園祭を締めくくる夏越祭が行われ、これをもって一か月に渡る祇園祭は幕をおろす。祇園祭には、重要な役割を担っている社という訳であ る。・・・と、見てきたように書いたが、かく言う私は、まだ祇園祭に遭遇したことがない。一度、見たいなぁ。



八坂神社から八坂の塔へ。
08/08/28 八 坂塔の下商店会











八坂塔の下商店会
正面の奥が八坂の塔



豆腐店「なかや」



鮮魚「魚捨」
店の名の由来が気にかかる



くくり猿

八坂庚申堂の境内
ここにもくくり猿が!
八坂の五重の塔へと続く商店街。東山通りから 東山方面に上がると、石畳の道の両脇に30ほどのお店が並んでいる。

写真は、豆腐屋「なかや」&鮮魚「魚捨」。以前、我が 家の 近所に「板井歯科」という歯 医者さんがあった。患者が来ないようにしてるのか?と思ったのを、鮮 魚「魚捨」の文字をみつけて思い出した。鮮魚なのに、魚を捨てる!なんて、なんだ か、自分の仕事がどうでもよいみたいな名に聞こえて・・・。この名をつけた人は、かなり遊び心に秀でたお方か、それとも臍が逆立ちしていたのか?
 
左の写真・正面がかの有名な八坂の塔。正式名称・法観寺。臨済宗建仁派。五重塔は592年、聖徳太子が建てたとされている。1179年、火災焼失後、源頼 朝により再建された。その後も火災を繰り返し、現存の塔は、足利義教(室町幕府第六代将軍)により再建されたもの。

八坂庚申堂の前をとおりかかって、思わず息を飲んだ。赤・青・黄色、色とりどりのぬいぐるみのようなものが賑やかにぶらさがっている。見れば、絵馬の変わ りなのか、それぞれに願い事まで書かれていた。「くくり猿」といい、厄除け・多幸を祈るものである。そう言えば、この通りのほとんどの家々の玄関前には、 真っ 赤な五匹の「くくり猿」が下がっていた。この商店会のシンボル。

行燈風の店名表示が、全店統一されていて、古き京の雰囲気を醸し出す。さらに街路灯もまた京そのもの。超有名な観光地のこんな所に、京の風情が今もしっと りと残っていた。


08/08/28 長楽館


レストラン・喫茶 入口


球戯の間


球戯の間
円形テーブルの真ん中にも
ステンドグラス
周りにあるのはシュガーポット

球戯の間
観音開きの扉もステンドグラス



キャリア・ベール作(ブロンズ)
楽の音

テラスの部屋もルネッサンス風

重厚なカーテンレールボックス

ステンドグラスのランプ
ランプ台は蟹の足形

男性用便器
ルイ16世も愛用したかも?

マリー・アントワネットが
窓際に佇んでいそうな手洗い

屋内からみた入口


帰り際、振り返った貴賓客
最後に網膜に焼き付けた映像?
京都 市東山区祇園円山公園  075-561-0001 喫茶8:30~21:30、レストラン11:00~19:30

旧村井吉兵衛京都別邸(長楽館)。京都市指定有形文化財。

私が泊っている「東山IVY」の前身である煙草工場の経営者で「煙草王」と称された村井吉兵衛氏が、京都別邸として建てたものである。当時、京都の迎賓館 として華やかな舞台となった「長楽館」の命名の由来は、伊藤博文が木戸孝允の墓参の折に完成直後の長楽館に滞在し、窓からの風景に感銘して名づけたと伝え られている。来客は、英皇太子・ウェールズ殿下、米副大統領フェアーバンクス、米財閥のロックフェラー、山形有朋、大隈重信などの豪華な顔ぶれで、枚挙に い とまがない。当時の実業家としての成功ぶりが偲ばれる。

建物の外観はルネッサンス様式を基調とし、一階部分が石貼り、二・三階部分の壁がタイル貼り。室内は各部屋ごとに趣を異にし、当時の日本で入 手不可能なため海外から取り寄せた家具が、当時そのままにさりげなく残されている。

現在は、ラグジュアリーホテル・喫茶・レストランとして使用されて、ホテルは一泊一部屋@100,000円(二名まで)。かなり敷居が 高いが、喫茶レストランは気楽に入ること がで きる。
「ステンドグラスが見たいんですけれど。」と言ったら、通されたのが一階の「球戯の間」。正面・テーブル・ドアと惜しみなくステンドグラスが施されていて、まるでヴェルサイユ宮殿に迷い込んだようだ。

二階にも豪華な部屋が多数あり、各部屋ごとに鏡やシャンデリアなどの家具や絵画が異なる。通される部屋によって、この建物の印象もまったく違うものになりそうだ。

注文したのは軽食ランチ@1300円。ホットピタサンドが美味しかったけれど、食後のコーヒー位はセットに加えて欲しいな。しかし、まぁ、終始一貫、この部屋は私とツレの貸し切り状態。これはたいへんな贅沢と言える。

まるで、ヨーロッパ貴族の館のような贅 を尽くした豪華絢爛な部屋で・・・「煙草王」の夢の続きを 見た。

円山公園から高台寺へ。
08/08/28 ねねの道&石塀小路






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長楽館の前の道
京の風情たっぷり♪




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石塀小路
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石塀の細い道


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ねねが余生を送った圓徳院


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ねねの道
東山・清水寺から、石畳の産寧坂(三 年坂) へ入り、二年坂、一念坂(一年坂)と坂道を下りてくると、「ねねの道」につながる。今日の私は、長楽館(円山公園)→石塀小路→ねねの道→高台寺という コース。

「ねねの道」は、北へ真っ直ぐに伸びた石畳の道で、正式には高台寺道という。道の先に、秀吉の正妻・北政所「ねね」ゆかりの寺・、高台寺と圓徳院があるこ とから、そう呼ばれるようになった。その「ねねの道」へと続く石塀小路は、京情緒たっぷりの
人気スポットである。TVドラマ「京都迷宮案 内」のトップシーンで足元を照らす石塀小路の行燈は、あまりに有名 である。「そうそう、この石畳だわ。」

さて、小路を抜けるといよいよ「ねねの道」へと入る。「ねねの道」には雨が似合う。雨音を聞きながら、この先にあるねねの生涯に思いを馳せつつ、一歩づつ 石段を上っていった。


08/08/28 高台寺








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台所坂門
















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勅使門
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庫裏
拝観順路入口
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百鬼夜行展(北書院)
画像観月台(重要文 化財)
秀吉がこの下で月を観て楽しんだ
伏見城からの移築
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開山堂門
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開山堂
(重要文化財)
天井に秀吉の御座船の資材と
寧々の御所車が使われている
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臥龍廊
開山堂と霊屋を結ぶ屋根付きの廊下
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霊屋(たまや)ねねの墓所
(重要文化財)
厨子内に秀吉と北政所の木像が



傘亭(安閑窟)
(重要文化財)
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唐傘を開いた様に見える傘亭の天井



時雨亭―土間廊下―傘亭
いづれも利休考案の茶室
伏見からの移築
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時雨亭
(重要文化財)二階建茶室
京都市東山区高台寺下河原町526 拝観料@600円

慶長11 年、太閤秀吉の菩提を弔うために、北政所ねねが建立した寺。別名・蒔絵の寺。

霊屋内の
須弥壇に施された華麗な蒔絵は、桃山時代の漆工芸美術として高く評価されている。なお、霊屋には秀吉と北政所の木像を安置しており、北政所は自らの像の真下、地下6メートルの 地に眠っている。ちなみに夫・秀吉の遺体は本人の遺言により阿弥陀ヶ峰の中腹に埋 葬された。秀吉を支えつづけたねねが、一人ひっそりとこの地に眠っていると思うと哀れな気がしてならない。

高台寺・北書院では、圓徳院と同時開催で「百鬼夜行展」が開催されていた。古来、道具は百年経つと精霊が宿るという云われがあって、九十九年目の精霊が宿 る前に捨てる習慣ができたために、捨てられた道具が化け物に変わって九十九神となったと言われている。その九十九神が、化けものや妖怪に姿を変えて夜の闇 を行列しながら徘徊する様子を百鬼夜行というそうだ。

円山応挙筆の「幽霊の図」や、ユニークな妖怪たちが描かれた百鬼夜行絵巻、地獄と極楽が描かれた屏風、河鍋暁斎の妖怪屏風などが展示されていた。ぞっと寒 気がす る妖怪たちかと思えば、傘亭のお化けや賑やかでユーモラスでお茶目なお化けたちの大行列に思わず吹き出し、暑さもどこかへ吹き飛んでしまう。書院中央には 金魚が泳ぐ金魚鉢やうちわが置かれ、心憎いばかりのシチュエーション。こんな陽気な妖怪ならば、百鬼夜行のお供をしてみたい!・・・?

08/08/28 高台寺・雲居庵
時雨亭から竹林を抜けて最後の石段を下りると、目の前に見事な庭が広がる。そこにしっとりと建つ小さな茶室喫茶が「雲居庵」。メニューは、抹茶&饅頭の1セットのみ。@500円。

時雨亭から下りてきて、ぐるっと回って左から二枚目の写真の「雲居庵」入口の門をくぐった。庵の庭園に面した側は、一枚ものの総ガラス張り。はて、入口はどこだ?相棒と二人できょろきょろ、ぐるぐる。よく見れば、ガラスの桟部分に、こじんまりと「入口」との表示があった。ほぼ死角で少々わかりにくい。

間もなく、お薄とじょうよ饅頭が出てきた。黒い茶碗に鮮やかな抹茶の緑、それに、真っ白な饅頭。見事な配色だ。加えて、これは「丸」という「形」の共演でもある。天目台(茶托)の丸の中に茶碗口の丸があり、その中に抹茶の表面の丸があり、それぞれに入れ子状態で丸が納まっている。横に小さな饅頭の丸。丸という形の美しさが、心に沁み入るようだ。

お薄はしっかりと点てられていて、期待通り美味。饅頭ももちろん、うまい。抹茶には干菓子を出す所も多いが、やっぱり抹茶は饅頭にかぎる。飲み終えて、作法通りひっくり返した茶碗の底には「定」の一字。陶芸の知識がない私は、帰宅後調べて、初めて桶谷定一氏作の天目碗と知った。

茶碗は、戦国時代には武将の論功行賞(手柄に応じて賞を決めること)の褒美に使われ、領地などに匹敵するほどの価値を有するものだった。一説には、統治者が功をなした部下に褒美として分け与える土地がなくなり、その代わりに茶碗に付加価値をつけて与えたとも言われている。そんな話が頭の隅っこに沁みついていた私は、今日まで茶碗そのものに興味を抱く機会を得ずにきた。

日本の芸術に、ほんのちょっぴり開眼した一日。・・・かな?

さて、本日の観光はここまで。次は、楽しみにしていた日本料理店「十駕おおしま」 へ♪
08/08/28 十駕おおしま













先付け
オクラの寒天寄せウニ

椀物

造り

鯛と鰹と玉珧


酢物(おしのぎ)
魳の寿司

焼八寸


油物
鱧鍋

炊合
小芋と穴子

薩摩芋と銀杏の御飯
汁物(赤だし)

デザート
黒糖シャーベット
&フルーツゼリー

コーヒー
コーヒー、冷コーヒー、紅茶からの選択

日本酒・英薫(辛口)
これはコース外 (#^.^#)

京都市中京区両替町通り二条下ル ☎ 075-213-2234 昼メニューあり 

十駕の名前の由来
「驥一日而千里、駑馬十駕、則亦及之矣」  (荀子(じゅんし)

「毎日努力する者が勝つ。」

駿馬は一日で千里を走ることが出来るが、駑馬(遅い馬)も怠らず十日もかかれば千里に達することが出来る。

「創作料理は一切ない、純日本料理の店」と聞いて、事前に予約して行った。
水は名水「桃の井」から汲み上げ、ご飯はその日に使う分だけを毎日精米するという。地理不案内で早めに店へ向かったために、予約時間よりも早めに着いてしまったが、快く迎え入れてくれた。

一階カウンター席(7席)、一階座敷(16席、坪庭に面した部屋で全椅子テーブル席)、二階座敷(6人掛け椅子テーブルが2組)。私とツレが通されたのは、一階座敷。風情あふれる庭を見ながら椅子テーブルでゆったりとする。ここは京都の中心部「烏丸御池」。外の喧騒を忘れさせてくれる静寂さである。

今日は夜の会席コース「想いおもい」@6300円。
一品ごとの端々に神経が行き届いているという印象。どの料理も、ほんと美味しい。

焼き八寸
  卵黄身西京漬け                                     重陽の節句(9/9)
   (デンブまぶし)                                        (別名:菊の節句)不老長寿
                              鱧&瓜
                     
    もずく                     琵琶湖のゴリ            ジャコ&万願寺唐辛子  

運ばれる料理を堪能するうちに「うん?これは?」と文字通り箸をとめた。料理はもちろん大満足の美味。それに加えて、この箸は、使い捨て箸だが先が細いので料理の旨味を一層引き立ててくれる。私が使った箸を、持ち帰っていいかどうかお店の方に尋ねたら、新しい箸を二膳用意してくれた。(写真の最下段右) 

町家風の一軒家で、ゆったりと季節感あふれる料理に舌鼓を打つ幸せ。極楽、ごくらく♪




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4日目
昨日から靴づれが酷い。靴を脱いでみると足の指裏に水膨れができていた。「もう~、歩けないwwww。」 幸か不幸か、朝からバケ ツをひっくり返したような雨。靴屋の開店時間までMNで雨宿りして、まずは足元を固めることにした。
08/08/29 錦市場


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錦市場




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ABCマート
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錦天満宮
錦市場は、京都市の中央に位置する錦小路通の寺町通~高倉通の間の商店街。 魚・京野菜・乾物・おばんざい等、食材はほとんどここへ来ると調達できる京の台所。プロから主婦まで、客層は幅広い。

さて、土地勘のない私が「靴」を買うには、どこへ行けばいいのか~。困った時の錦市場。あそこへ行けば何とかなるだろう。と、雨を避けつつGO!なんと、 全国展開の「ABCマート」が市場の中にあった。地獄で仏にあうとはこの事か。早速に飛び込んだのは、言うまでもない。 

市場は、まるで「食材の玉手箱」を開けたように色々な店が詰まっていて、一軒づつ見て歩くと、楽しくて時間があっという間にすぎて行く。それにしても、度 々ここで豆腐・湯葉・漬物・野菜などの食材を仕入れ たのに、地理不案内のため行ってない通り がまだまだありそうだwww。

錦市場の東端には、天満天神(菅原道真)を祀る錦天満宮がある。「学業」と、場所柄か「商売繁盛」にも御利益があると謳われているらしい。実は私、この辺 りを彷徨う時はいつも食材に目が眩み、「錦天満宮」の前は素通りしていた。で、何気なく調べていくうちに、面白いものを発見。社務所前に「からくりみく じ」というのがあるそうだ。人が近づくと神楽が鳴り出し機械仕掛けの獅子舞がはじまり、硬貨を投入して神籤の種類を英文・和英対訳・子供用など六種の中か ら選ぶと、神楽に合わせて獅子が舞いつつ神籤を届けてくれるのだと!私はこういう「からくり系」が結構好き。知ってたら行ったのにぃ~、うぅ、残念!

よし、次に行った時は是非とも獅子を舞わせて「大吉」を届けさせねばぁ <(`^´)>

歩きやすい靴を手にいれ、さてどこへ行こうかな?と思った時には、すでに時計は正午を過ぎていた。昼食でどこかへ入店すると一時間位はロスするし、加えて 昨夜は日本料理をがっつり食べたせいでさして食欲もなし。で、たまたまそこにあった立ち食いの蕎麦屋「都そば」 の暖簾をくぐることに相成った。
08/08/29 都そば
京都市中京区裏寺町595

錦市場を出て、本日最初の観光・清水寺へ向かう前に軽く腹ごしらえ。河原町あたりでぐると見回せば、目の前に立ち食いそばが!京阪地区で大阪誠和食品グループが経営する「都そば」。

昨年の京都旅行は何故か蕎麦を食べる機会が多かったので、今回は関西のうどんを食べてみたい♪と、暖簾をくぐれば、さすが立ち食いだけに注文してから出てくるまでが早い~。

「立ち食いうどん」と言えども、つゆは期待通りの薄口醤油仕立て関西風。、濃口醤油の濃いつゆに慣れている私には、とても新鮮。「ふむ、ふむ、この値段でこれは重宝かも?」

他の客の手元を見れば、あれこれトッピングで丼の中はえらく個性的だ。成程、それも楽しそうだなぁ~。

さて、腹ごしらえが完了。いざ、出発。今日のコースは、現在地(河原町)→二年坂→産寧坂→清水寺→茶碗坂→MN。
二年坂・三年坂・茶碗坂
二年坂 茶碗坂


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湯豆腐の「奥丹」
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七味家本舗
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茶碗坂
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坂下から見上げる三重塔
八坂神社から下りて きて、二年坂から産寧坂へと入る所にあるのが七味唐辛子で有名な「七味屋本舗」である。

高台寺から下がってくる二年坂と、西の清水坂と、東山五条から上がってくる五条坂の三本の坂が「七味屋本舗」あたりでまとまって一本の道・産寧坂となり、 その道が清水寺へと続く。

二年坂は緩やかなカーブを描く坂道で、その名の由来には二つの説があるという。三年坂より小さな坂であるためというのと、大同2年に出来たからとする説。

三年坂で転ぶと三年で、二年坂で転ぶと二年で死ぬという言い伝えがあるようだ。足元、注意 (>_<)
清水というと「産寧 坂」を連想する方が多い程、今では国際的な人気観光スポットと化し、観光客と修学旅行生でごった返している。そんな中、隠れた穴場がこの「茶碗坂」。

その昔、多くの陶工が腕を磨いた街で、成程今でも清水焼の店が軒を並べている。坂の上から朱い三重の塔が街を見下ろし、実に閑静。五条坂や清水坂から産寧 坂へと通じる道とは一本違うだけなのだが、このしっとりと落ち着いた雰囲気はそれらの道とはきっぱりと一線を画している感が強い。

焼き物は勿論、扇子の専門店などもあり、静かに散策を楽しみたい時には、お勧めのとっておきスポット。
三年坂(産寧坂)
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京の宿「清水山荘」


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瓢箪屋
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左上の看板「明保野亭」


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京仏具「山口屋}
(清水寺門前)

                             画像五条通りから清水へ 登っていく五条坂→産寧坂のコースは、超有名人気観光コース。そのため、シーズンには観光客や修学旅行生で混雑している。

京の宿 清水山荘:前を通りかかっただけだが、建物の入 口はずっと先らしい。町家風の宿のようで興味津々。HPを除いてみたら、ここで「片泊まり」という言葉に遭遇した。朝食だけがつく宿泊という意味だとか。片旅籠と同 じ意味だそうだ。恥ずかしながら、私はどちらの言葉も知らなかったwww。京という町にしっくりと寄り添う様なはんなりとした語感が、古都には妙に似合 う。1泊朝食@6,300円(税込)(2名1室)。

瓢箪屋:小物のお店。江戸時代の天保8年(1837年)の創業。そ の名の通り、大小さまざまな手作りひょうたんが店内にところ狭しとぶら下がっている。この瓢箪、元々は清水寺の「音羽の滝」の水を汲む ためのものだったが、今では縁起物として売られている。三年坂で転ぶと三年で死ぬという伝説があるが、もし転んでしまった時はここの瓢箪を買うと、角 がとれて丸く収まるという厄よけの効果があり死なずに済むそうだ。まねき猫もこの店の人気商品のひとつで、店先で店の外から中をのぞく猫が・・・とっても 可愛い。


明保野亭(あけぼのてい):写真の左上に「明保野亭」の看板表示。 明保野亭は、 幕末に志士達の会合がしばしば持たれた料亭で、ちょっとした歴史の舞台でもある。明保野亭事件は、幕末の京都で長州系浪士の誤った捕縛により土佐藩士が 傷害・切腹し、その責任をとって会津藩士が自刃した事件。現在は、わずかに茅葺きの門だけが当時の面影を伝えているが、跡地で石碑と共に店舗が現存 する。当時は旅籠も兼ねていたようで、坂本龍馬の常宿だったと伝えられている。ここの「龍馬御膳」食べてみたかったなぁ~。

京仏具・山口屋:数珠を中心に仏像、仏具、線香などを商う老舗。お 香の香り漂う店内は、信心が皆無に近い私ですら厳かな気分になる。今回はここで数珠を購入した。品数豊富で迷う~。

あれこれと道端に連なる店店を覗いているうちに、産寧坂の先・清水寺に到着。
08/08/29 清水寺



















仁王門



仁王門と西門

鐘楼

三重の塔

隋求堂



経堂

轟門



朝倉堂



本堂・出世大黒天



本堂・巨大な柱

本堂・本尊十一面先手観音立像



清水の舞台


舞台の柱


地主神社(縁結びの神様)




地主神社


神社内・おかげ明神


神社内・恋占いの石



百体地蔵堂


音羽の滝


子安の塔
京都 市東山区清水1-294  拝観料@300円

清水寺の開創は1,200余年前、奈良時代末の778(宝亀9)年。延鎮(えんちん)上人が夢告をうけ音羽の滝を尋ねあてて行叡居士 (ぎょうえいこじ)に逢い、霊木を授けられて音羽観音を彫造し、滝上の草庵に祀ったのに始まる。(出典Wikipedia)

京都と言えば「清水寺」を連想する程、観光地としての人気が高く、シーズンオフでも人で混雑している。今日は、夏休み終了直前の週末。 とは言え平日でもあり、観光に障る程の人出ではなく、比較的ゆったりと観て回ることができた。皆さん、今頃は夏休みの宿題をやっつけるのに忙しいのかな?

境内は清水山中腹にあり、多くの建物が軒を連ねるようにみっちりと建ち並ぶ。中でも「清水の舞台から飛び降りる」と形容される 「清水の舞台」と名水が三本の筧から流れ落ちる「音羽の滝」は、あまりに有名。さすがに、ここは長蛇の列。

仁王門をくぐり西門を抜けると「隋求堂」の前に出る。「隋求堂胎内めぐり」という立札を前にカップルが入るかどうか相談していた。胎内 めぐりとは地下や洞窟などに造られた霊場を、仏の胎内に見立てて参拝することである。清水寺の御本尊、十一面千手観音像の33年に1度の一般公開、御開帳 にあたる2千年を機に始められたそうだ。

随求堂の中には随求菩薩が奉られているという話だったが、なんの、一歩足を踏み入れるともう何にも見えない真っ暗な闇。すり足で、 地下へと向かう階段を進む。暗闇の恐怖のため手探りのおっかなびっくり。これでは、せっかくのひんやりとした空気も、寒気に近い。出口まで続く左手の数珠 の綱 だけが頼りだ。しかし、それだけでは心細くてツレのシャツの端をしっかりと握りしめる。あったぁ、随求菩薩。その下にぼんやりと光に照らされた、これが随 求石。随求 と は「衆生の願い、求めにすぐにしたがって、すべて叶えてくれる」ということである。拝むと願いが叶うらしいので、ツレのシャツを放し取り急 ぎ手を合わせた。後続の若いカップルは、女性が何度も悲鳴をあげて男性にしがみついている模様。私の進み具合が遅いので、男性が私にけっつまずいた。こ りゃぁ、失 敬。出口のあかりを見つけ、ほっとしたのは言うまでもない。

靴を履いていたら、係りの女性がにやにやと後続カップルの男性に声をかけた。「どうでした。良かったでしょ?」。すると、くだんの男性 は、嬉しい、でもちょっぴり照 れくさいという笑顔で「えぇ、よ かったです」(おい、オイ、鼻の下が伸びてるよ~)私だって、ツレがやけに頼もしく見えたもんね。恋愛中のカップルなら推して知るべし。

さて、もう一つ特に若い女性に人気なのが「地主神社」。縁結びの神様。まるで女子大の校内に迷い込んだように若い女性ばかり。その中 に、完全に観光目的風の外国人と、縁結び祈願の時期はとうに過ぎた壮年カップルがぽつぽつと迷い込む。神社の急な石段を登ると、境内から修学旅行中 の女子高生の声が聞こえてきた。「あれ?私のおみくじ・・・待ち人、来ればよし。だってぇ。」ほとんどの場合、御神籤は、来るか、来ないか、断定する のが普通だろう。確かに、待ち人は来ればよいには違いないが。ならば御神籤を引くまでもない。ここの神様は決断力が乏しいのかな?優柔不断な神様の人間臭 さににんまりしてしまった。





5日目
今日も雨。予定は夜、嵐山で鵜飼鑑賞。では、本日は嵯峨野・嵐山を散策しよう。という次第で嵐山へと向か う。目的地に到着寸前、江戸の町並みが車窓ごしに飛んでいった。「ん?あれは何?」。吸い寄せられる様に、次の駅(JR太秦駅)で降り江戸の町並みを追い かけて、東映太秦映 画村へ。・・・我ながら想定外の展開となった。
08/08/30 東映太秦映画村









入口





































おまけ・JR太秦駅

明治巡査派出所

新撰組屯所

本物の蕎麦屋の裏もセットに

会津藩邸

牢屋(目が光ってる~)

奉行から見える白州

荷駄馬車

芝居小屋・中村屋


がまの油売り


旅籠の二階・宿泊部屋


寺田屋

火消し・め組

ロケーションスタジオ


撮影の実演


長屋

長屋の共同井戸

銭形平次の茶の間

今、撮影中の作品


小道具たち


吉原通り


お化け屋敷



宿場町の馬もベテラン俳優?



日本橋



レトロな居酒屋


昭和30年頃の玩具屋


昭和30年頃の食堂


暴れん坊将軍の部屋

電子映画アルバム
京都 市右京区太秦東蜂ヶ岡町10 入村料@2200円  

東映が、1960年代からの映画の斜陽化に遭遇し、ヤクザ映画で収入を確保する一方、斜陽の時代劇オープンセット維持のため に京都撮影所のオープンセットを新子会社「株)東映京都スタジオ」に移管し、東映太秦映画村として昭和50年にオープンしたテーマパーク。時代劇の殺陣 ショー・俳優のトークショー・撮影会・握手会・キャラクターショー・殺陣講座などの企画が行われている。又、「扮装写真館」では、時代劇の登場人物に変身 することができる。運が良ければ本物の撮影も見られるらしい・・・オ、今日は運が悪いのかい?

入村入口に一歩足を踏み入れると、明治の町・江戸のお屋敷・宿場など、過ぎし遠き時代へタイムスリップする。

吉原通りの遊郭で、花魁と記念撮影。先客の家族連れは、年配のお父さんが照れながら2ショット。私も、退いてるツレをけしかける。「もう、生涯こうい うチャンスはないんだから。ね、写しておいたらいいよぉ。」すると、先客のお母さんが「がははは、そりゃそうやわ。花魁と遊ぶ程のお金あらへん。もう、二 度とこんな機会、あらへんわ。」と、大笑い。・・・だよね。

どの街並みも映画やドラマで以前出会った懐かしい風景。扮装して立っていると、もう、それだけで撮影が始められそうだ。驚いたことには、各建物の裏と表が 全く別のセットになっている。たとえば、本物の蕎麦屋の裏側は二階屋の旅籠で、前には細い川が流れている。まるで「御宿かわせみ」の「るいさん」がひょい と飛 び出してきそうだ。あれ、これは東映作品ではなかったか?

入村料の@2200円が高いのか安いのかは意見の分かれるところだが、毎年、お盆の4日間には映画村ナイターという格安設定があるようだ。他にも着物姿で 行くと半額になるという特別割引もあるそうな。着物となると大変だけれど、夏に浴衣を着て京都の街を散策するのも悪くない。ただ、旅の荷物が増えるのは ちょっと閉口だが・・・。
開化亭

開化亭

きつねうどん
京都市右京区太秦東蜂ヶ岡町10 東映太秦映画村内

東映太秦映画村の入口を通って、「明治駅」のセットをくぐると正面が明治通り。その道沿いに数軒の飲食店が連なっているが、セットなのか本物なのかいささか判別に迷う。その中の一軒が「さぬき手打ちうどん・開化亭」。店内は外見同様、少々レトロっぽい。私は「きつねうどん」@680円。「お、確かにさぬきだ♪」。鰹の香り漂い、旨い。と、数回箸ですくって口へ運んだら、早どんぶりの底が見えてきた。運ばれてきた時から、特に大きい訳ではない丼につゆ込みで半分強くらいの嵩だったのだ。これは、ちょっと少なすぎでしょぅ。大盛りにすれば良かったか?後悔が後から追ってきた。

早々と完食してしまいお茶をすすっていると、あちこちからお茶を催促する客の声が飛ぶ。忙しくて手が回らないのか、要領が悪いのか。

支払いをしようと立ち上がると、店員がレジにぱっと飛んできた。これだけはやけに手際がいい。


夜は宮廷鵜飼を観賞の予定。太秦を後にし、京福電鉄嵐山 線で一路嵐山へ。
08/08/30 太秦駅の仏像・数珠自動販売機




嵐電が走るこの太秦駅にも、ホームに古い民家が建ち並んでいた。そこ で不思議なモノ発見。よく見ると「数珠と仏像の自動販売機」らし い。
この自動 販売機の歴史は古く、遠く前世紀に遡ります。太古の時代、店主は駅の中の民家を譲り受け、電車を窓から眺めてはにやにやしておりました。その民家には朽ち た煙草の販売機があり、煙草を売ろうかとも考えましたが、煙草は体に悪いので売らないことにしたのです。そこで何を売ろうか思案した結果、衆生に幸福をも たらす縁起を近代的な自動装置にて提供することにいたしました。この縁を尊ぶ御方は遠く太古の太秦の歴史に感慨を深くされるでしょう。店主拝復
なお、この装置は欲がなく、千円、五百円など高額の紙幣をうけつけませんので、右のバリアフリー型装置でおみくじを買うことで両替して百円玉を投入して下 さい。

と、まあこういった事が書かれていた。五百円紙幣なんて、今の時代、誰が持っているのだぁ?商品の数珠や仏像の価格は700 円・800円・1000円。たとえば、1000円の数珠を買おうとするなら、隣の自動販売機でおみくじを買って100円玉を10個確保しなければならな い。1000円札でおみくじを買えば当然おみくじ代金100円を引いた残金900円が戻ってくる訳で、1000円分の100円玉を確保するには、おみくじ を二回購入して両替しなければ ならない・・・のかな?そうまでして買う人がいるとは思えないが。するってぇと、これは店主の趣味で設置しているジョーク?ちなみに、仏像は日本のそれで はなく、インドかどこかの仏像っぽい。ますます、わからん。電車待ちの人たちが立ち止まっては自販機を見つめ、一度離れては又戻ってくる。何だか気に なるのよねぇ~。
嵐山の船着場へ行ってはみたものの、雨脚は夜になっても弱まる気配がない。仕方なく、鵜飼の予約をキャンセル・・・残念。





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6日目
昨夜の雨をまだ引きずっているような怪しい空模様。雨の晴れ間に!ということで今日は「貴船口で電車を降りて、歩いて鞍馬」コース へ。
08/08/31 叡山電鉄















往ロ・出町柳駅・改札口

デオ802

デオ712

貴船口の駅名標

復路・鞍馬駅

鞍馬の駅名標

鞍馬駅ホーム

デオ812
「貴船・鞍馬」方面 へ電車で行こうとするなら、叡山電鉄に乗るのが一番。しかし、この叡山電鉄はJRや京都市営地下鉄に直接乗り入れしていないので、ちょっと不便だ。さて、 まずは叡山電鉄の基点「出町柳」という駅へ向かう。駅前に中年ご婦人の団体がひと塊りになって話に花を咲かせ、時折爆笑していた。服装も靴も本格的な登山 風で、リュックの横腹ポケットにはペットボトルが差し込まれている。今日の私は、貴船→鞍馬の予定。鞍馬は、ハイキング程度のウォーキングの心積もりでき たのだが、この服装で大丈夫かな?不安がよぎる。

車窓に展開する「こぼれんばかりの緑あふれる風景」は、町中の喧騒とはまるで別世界。うぅ~ん、そうとも違う。昔、電車の窓越しに見た田舎の景色に似てい る。乗客減と聞いていたが、今日の乗客率は70%程度。思いのほか、好調ではないの。と、思ったら、本日は日曜日だった。景色に見とれていたら、件の団体 さんがどやどやと降りていった。「ここは、どこ?」駅名は「岩倉」。ここからの登山口があるのかな?

私、恥ずかしながら電車の知識は全くない。で、このたび、少々調べてみた。叡電の車両は、「デナ」「デオ」「デト」という形式称号が使われていて、「デ」 は電動車の略で、「ナ」が中型(なかがた)、「オ」が大型の略称。現在、走っているのは、デオ600形・デオ700系・デオ800系・デオ900形。最新 式のデオ900形の登場により、運賃箱などワンマン機器を装備していないデオ600形が今年11月1日にラストランという事になったそうだ。なお、デオ 600形は現在2両しか現存しないこれはファンならずとも垂涎。そうとなれば、やじうまの私 も一度は見てみたかったのだがwww


貴船街道
    

貴船口駅から貴船川にそって上っていくと、やがて両脇に川床料理の店が立ち 並ぶ貴船街道が展開する。一軒づつ覗き見しながら、まずは腹ごしらえのため川上 の「ひ ろ文」 へ。「流しそうめん」の初体験なり。


08/08/31 ひろ文

店先


赤い傘の下が川床料理の座敷


真中に見える竹路が流し素麺
その下・座布団に座って食べる


隣席の若者


つゆ&温泉卵
京都市左京区鞍馬貴船町

生まれてこの方「流し素麺」というものを一度も食べたことがないので、叶うなら食べてみたいと思っていた。貴船で「流し素麺」と言えば、この店の他にもう一軒あるが、そこは他の料理とのセット。なので、この店の人気は凄い。@1,200円。

前夜の雨で川床の水はけを整えなければならず、開店時間が30分遅れの10:30分となった。私と相棒が店頭に辿り着いたのが10:00。前には三人組の若者グループが一組いて、私たちは予約番号2。待ってる間に予約番号3、つまり私のすぐ後ろのカップルの女性の服にかまきりがへばりついた。「キャー。」と顔面蒼白な女性。相方の男性がかまきりを彼女から取り除こうとおそるおそる手を伸ばしつつあったその時、わがツレが手を伸ばした。「草むらに置いてやりましょうか?」。カップルにしてみれば、かまきりの処遇はどうでもいい。とにかく、服から引っ剥がしてほしいだけなのではあるが、ツレはかまきりの行く末が気にかかるらしい。かくして一件落着。カップルの双方に、心からの感謝の辞をいただいた。

川床に案内されると、涼しくて冷蔵庫にすっぽり入った気分。なんでも京都市内の気温に比べると8~10度低いそうだ。加えて、川床の座敷と違って、こちらは全員滝に面しているので、ある意味ベストシート。30分待って、いよいよ、滝と対峙して置かれた座布団に案内された。待望の流し素麺が始まる。右と左からそれぞれ二本づつ、計4本のレーンから素麺が流されるので一度に4組が挑戦。店のサイトに「お腹がいっぱいになるとは限りませんので。」というような事が書かれていたのを思い出す。「流れくる素麺、逃してなるまじ!」。写真右から二枚目は左から流れるレーンの予約番号1の若者で、私はその隣。彼らが手前のレーンで、私とツレは向こう側のレーン。

いよいよ、スタート。どうよ?と、思ったら、一口づつ丸まって流れてきた。三人組なら最初の塊を一番近い人が食べ、次に流れてきた塊を二番手が食べれば特に争奪戦にはならない・・・はず。が、隣の若者組は法則を理解していないのがいたようだ。しかも、あれこれと戯れている間に箸にも触れず取り損ねた素麺が、するすると踊るように目の前を通過する。ここの掟によれば、一度通り過ぎた素麺は二度と戻らない。ひょいと見れば、え~~~、うちのツレ、若者グループがとり損ねた素麺をしっかりいただいているではないの~。社会生活においては控え目で決して要領のいい人ではないのにぃ。ツレの隠れたる一面を見てびっくり。

食べまくっているうちに、終わりを告げる赤い麺が流れてきた。これが旨いんだぁ。チソの香りいっぱいで、お替りを願いたいほど。若者組はこれも食い損ない、ツレの胃袋へ。赤い素麺の行方を追う若者組の視線と出会った。「ごめんねぇ。」と、思わず謝ってしまった。だって、開店待ちで並んでいる間に「明日は仕事だなぁ。」「お、後、800円しか残ってないぞ。」などと言い合っている彼らの声をもれ聞いてしまっていたのよねぇ。若者たちはにっこり会釈を返してくれたけど。ちなみに、一人二把相当流しているとのことだが、充分にお腹いっぱい。で、かなりゲーム感覚。

帰り、靴を履いていたら予約番号3のかまきりカップルに再開。「うまく食べられた?」と聞いたら、二人にっこり笑顔で口を揃えて「忙しくって大変でした。」って、結構楽しそうだよん。

※この後、貴船神社を回って鞍馬への入口へ戻ってきてみれば、ひろ文前に「流し素麺は2時間半待ち」という札がかかり、長蛇の列ができていた。

流し素麺の初体験も無事とげて、「さて、歩くぞ~~~。」と、なれば、「ひろ文」を出た所にある貴船神社・中宮が手始めになるのは地形の必然。が、しか し、どうやら本宮・中宮(結社)・奥宮の三社には参詣の順番があるらしい。何も知らない私とツレは、足のむくまま胃袋のむくままに、ひろ文→中宮→奥宮→ 本宮とまわってしまった。正しい歩き方は本宮→奥宮→中宮ということだそうだ。という訳で、せめてここでは正しい順に行くことにした。

貴船神社
貴船神社・本宮


鳥居


春日行燈



絵馬の起源?白馬・黒馬の像

水に浸すと文字が

水占いを行う斎庭

御神木の桂
樹齢400年、高さ30m

烏帽子岩
全国に約500社の 御分社を持つ貴船神社の総本宮がここ。心願成就・縁結び・家内安全などのご利益があるとされる。

一番はじめに参拝する本宮は、奥宮から天喜3年(1055年)に移築されたもの。鳥居をくぐって本宮への石段を登る。その脇に立ち並ぶ赤い行燈が春日行 燈。朱塗りでただそこにすっくとたっている、それだけで神秘的だ。

本宮の御祭神はタカオカミノ神という水の神様。人気の水占いを体験してみた。 @200円。ツレが近くで写真を撮っていてその場にいなかったので、私が二人分を選んで一枚をツレに渡した。水占いは、各項目の部分は真白。それを傍にあ る水占い斎庭の水に浸すと、あら不思議。文字が浮かび上がってきた。え~と、私は大吉。ツレが末吉で「旅行・止むるべし」。今さら 言われてもなぁ~。すでに、旅行中だよ。二人分を斎庭に並べると、私の運気がツレに吸い取られそうな嫌~な気分。


貴船神社・奥宮

奥宮参道



奥宮神門



本殿

連理の杉

船形石
三社詣の二番目は、 元々の本宮だった奥宮。本宮から杉並木が連なる奥宮参道を進むと朱塗りの神門が見えてくる。御利益は心願成就。

5世紀初め、玉依姫が黄色い船で淀川から貴船川をさかのぼり、着いた場所がここ貴船神社だと伝えられている。姫が乗ってきた黄船を隠すために小石を積み上 げたとされているのが、船形石(ふながたいわ)。社の横に生えているのは、二本の枝が連なった杉と楓の連理の木。夫婦・男女の仲がよい例えとされる。

ここまで来ると、川床料理店もなく静かで厳粛な空気が漂う。参道の両脇を覆う老杉たちの息遣いが聞こえてきそうだ。本殿の下には大きな龍穴があり、物を落 とすと俄かに曇り空になり龍穴から激しく風が吹きあがるという言い伝えがあるそうだ。「おい、龍さん、出て来ておくれ~。」


貴船神社・中宮(結 社)

結び処

結社

和泉式部の歌碑

相生の杉

つつみケ岩
本宮と奥宮の中間に 位置するため中宮(なかみや)とも呼ばれ、三社詣で最後にお参りする社である。祭神は縁結びの神として知られている磐長姫命(いわながひめのみこと)。境 内のススキを結んで祈願すると願いが叶うとされているが、今はススキを結ぶ人はおらず、代わりに「結び文」を「結び処」へ結べばよい。女流歌 人・和泉式部も貴船神社に参詣し、夫の愛を取り戻したという。  
「ものお もへば、沢の蛍もわが身よりあくがれいずる魂かとぞみる」和泉式部の歌碑
(あれこれと思い悩んでここまで来ますと、蛍が貴船川一面にとんでいます。そのはかない光は、ま るで自分の魂が体から抜け出て飛んでいるようでございます。)
昨年、たしか新京極で和泉式部の墓に遭遇した。菅原道長から「浮かれ 女」と評された程の華麗なる男性遍歴の 持 ち主ということだったけれど、そんな御方が夫と の仲を回復するために神社へお参りなんて、するかなぁ?恋はどうした?神頼みする前に身を慎む方が先だろう・・・。なんだか、橋田須賀子のドラマで嫁に小 言を垂れている姑の気分 (>_<)

気をとりなおして「つつみケ岩」。 貴船石特有の紫色に輝く巨岩。高さ4.5メートル、重さ43トン。とにかく、でかい!もう一つは、「相生の杉」。同じ根から生えた二本の杉で、樹齢 1000年。夫婦共に長生きという意味を持つそうだ。同じ根から何故二本生えているのか、解らない。枝だろうか?1000年もの間、ここでこうして立って いた のか。ひょっとすると、和泉式部の参詣を二本寄り添って見ていたかもしれない。

ここで言う彼女の夫君は、40歳を過ぎた頃に再婚した藤原保昌。和泉式部の 生誕は西暦978年頃と言われているので、978+40=1018。西暦1018年以降にここへ来たことになる。一方、杉の方は今年2008年なので 2008-1000=1008。つまり、西暦1008年に種が落ちて土に根付いたとすると、彼女が参詣した時には、10年程の若い杉だった可能性が濃厚 だ。いや、待てよ。樹齢1000年ともなると10年程度の誤差は塵にも値しないのかも?・・・ううう、私は何故にここで算数してるんだろ・・・いずれに せよ、遠いとおい昔のお話。



ここからは、貴船神社→木の根参道→魔王殿→鞍馬寺→由岐神社というハイキング・コース
08/08/31 木の根参道・魔王殿













鞍馬寺西門


奥の院魔王殿


木の根参道

義経堂


僧正が谷不動堂


義経公息次ぎの水


与謝野晶子の冬柏亭

ここから奥の院へ
「鞍馬寺西門」にて 入山料@200円を払い、無料貸出しの杖を借りる。念のためね。

石段を登っていくと、後は延々と続く山道。森林浴を楽しむ余裕は、すぐに失せた。降りてく る 人に「こんにちは」と挨拶を交わし、忙しく足を動かすが、すでにバテ気味の私。ちょうど、その時、向こうから降りてきた母娘づれの二人に声をかけた。い や、救いを求めた。「まだ、この先、だいぶありますか?」母親らしき人が、少し小首をかしげ一呼吸置いて言った。「あと、一息ですよ。」優しい笑顔に背中 を押され、再び「奥の院魔王殿」をめざす。と、ここでちょっと上の写真を見ていただきたい。左上の「鞍馬寺西門」が私の出発点。そこから順に右へ移動し、 「義経堂」から「僧正が谷不動堂」、さらに右へと進み、「鞍馬寺本殿横の奥の院へ入る門」、ここが私の終点。という事は、例の女性は私とは全く逆のコース で、 写真右下の「鞍馬寺奥の院への門」から来て、「奥の院魔王殿」を通り過ぎて、最終地・「西門」の手前まで来ていたことになる。一息って、どんな長い息だ ~~~~。しかし、あそこで「えぇ、まだず~っと先ですよ。」なんて言われようものなら、気力が抜けていたかも?瞬間的にあんな反応が出来るなんて、大人 だなぁ~。と、いたく感心してしまった。

奥の院魔王殿に辿り着いて、ほっと人心地がついた。一休みして、又、山道を歩く。と、「なんじゃぁ、これは?」。思わず足が止まった。木の根が地面をくね くねと這いまわっているのだ。流木が横たわっているようでもあり、廃木を敷いたようでもある。それにしても、凄い光景だ。
木の根道
木の根道は、固い地質のため杉の根が地中に入り難く、地表を這っている珍しい姿です。木の根は樹木を育て命を支える大切な働きをしています。できるだけ踏 まないよう、やさしく接してください。
と、木の根道の手前に書かれていた。木と木の隙間を縫うように歩を進める。これが結構たのしい。

木の根参道を抜けたあたりで、山伏が吹く荘厳な法螺の音が聞こえてきた。「さすが、鞍馬山。心憎い演出だなぁ。」と、関心していたら、若い女 性を伴った恰幅のいい壮年の男性が、小脇に大きな荷物を携えてやってきた。「この先の道は、雨で濡れてましたか?」とツレが聞くと、男性は「さぁ~、私は 別の目的できていますから。」と緊張した面持ちであたふたと去って行く。程なく、またしてもあの法螺が、今度は近くから聞こえてきた。あ~、別の目的っ て、法螺吹きかい?


08/08/31 鞍馬寺











本殿金堂



境内からの眺め



境内にある翔雲台



春日行燈が鞍馬らしい

中門

義経公供養塔
牛若丸が住んでいた所
京都 市左京区鞍馬本町1074 義経でお馴染みの寺。火祭りは有名。

宝亀元年(770年)鑑真の高弟・鑑禎がこの地に毘沙門天を収めて開創したと言われる。敷地・ 42万㎡のほとんどが原生林である。、 鞍馬寺は、昔、牛若丸が天狗に武術の手ほどきを受けたという言い伝えでも知られている。

境内までの途中にある社では、数珠を手に熱心に参詣する人々に遭遇した。ここがまぎれもない信仰の地であることを教えられた思いがする。

境内の広場に足を踏み入れると、そこからの景観に目が釘付け。なんという壮大にして荘厳な景色なのだろう。まるで、今も牛若丸が高下駄を履き、この山々を ひょいと飛び歩いているようだ。

広場に目を転ずれば、金堂前には丸く敷石が施されている。これは「霊気発祥の地」というのだそうで、観光客風の人が腕組みをし首をひねりながら円の周りを ぐるりと歩いて去って行った。もう一つ境内にあるのが「翔雲台」。こちらは、平安京の擁護のため本尊が降臨した場所。「ストーンサークルのような敷石」と 「本尊が降臨した台」が厳然と存在しているのが、この古色蒼然とした鞍馬の景色に似合っているようで、いないようで・・・。今次元と霊次元、現在と伝説の 時代を結び、それぞれがマイペースで共存しているような、そんな空間である。

山側から広場の赤い柵ごしに、天狗がひょいと顔を出した・・・と、しても違和感はなさそうだ。


08/08/31 由岐神社



由岐神社





参道脇の大杉        



由岐神社・拝殿    



魔王の瀧

普明殿
(ケーブルカー山門駅)

鞍馬寺・仁王門
北方の鎮めという役 割を担い、京都三大奇祭「鞍馬の火祭」の祭礼で知られる神社。

今日の私は貴船~鞍馬へのコースをたどっている。従って、鞍馬はすべて裏側から訪れることになってしまい、少々頭が混乱気味。なので、鞍馬を振り出しにし た 場合、鞍馬駅からまず写真右の鞍馬寺・仁王門をくぐり、普明殿へ。さらに進むと由岐神社の拝殿の前に着く。これは、どうみても門なのだ が、れっきとした拝殿。この拝殿は建物の中央に通路が設けられている珍しい様式で、「割拝殿」と呼ばれ、本殿の石造狛犬ともども国の重要文化財の指定を受 けている。その通路を通ると由岐神社・本殿に辿り着く。つまり、由岐神社は鞍馬寺・仁王門の内側にあり、まるで鞍馬寺にすっぽりと抱きかかえられているよ うなのだ。ちなみに、仁王 門から多宝塔まで、日本では唯一の「宗教法人が経営するケーブルカー」(@100円)が通っているので、これを利用する方法もある。

何気なく、由岐神社の公式ページを開いてみたら、びっくり仰天。何と由岐神社のライブ映像を配信しているではないか。本 殿前・大杉付近・鳥居付近・境内の四か所。という事は、私が行った時も映っていたという事かな?反射的に、慌てて身づくろいをしたが、後の祭り。気を取り 直してよく見れば、画像の中に人っ子一人いない。「な~んだ、ライブとはいえ、カット編集した映像なのね。」と、安心し て境 内をクリックしたら、画面の中に若いカップルが登場し女性が熱心に手を合わせる傍らで男性は所在無げにあたりをぶらぶら。「これは、間違いなく撮られてい ることを知らないよなぁ」。何だか監視カメラみたいな気がしないでもないが。

そこで、はたと気がついた。10月22日の鞍馬の火祭りは由岐神社が会場。ならば、画像は粗いがPCでリアルタイムで見られるということだろうか?由岐神社ライブ
        
鞍馬駅についたのは、鞍馬山越えの出発点・鞍馬寺西門を出てちょうど2時間30分後だった。ということは、流 し素麺・ひろ文で、あの時、最後尾に並んでいた人が今やっと素麺にありついている・・・・はず。



今夜の夕飯は、出町柳駅前の店で天ぷら定食。
08/08/31 お食事処あうん
出町柳駅前

叡電の乗り入れ駅・出町柳まで戻った時、無事に下山した安堵と鞍馬登山の疲れがふっと湧いてきた。「どこかで夕飯を食べて帰ろうか?」。駅前でちょうど通りかかったのが、ごく普通の下町の食堂といった感じの店構えのこの店。

暖簾をくぐり、入口近くのテーブルにつく。夕食には早いせいか、お客はまだいない。頼んだのは「天ぷら定食」。天ぷらの食材は、竹輪1/3本、サヤエンドウ2本、シイタケ小1枚、人参薄輪切り1枚、甘エビのような小さい海老1尾。これが、何と言ったらいいのか・・・天ぷらというよりもフライに近い揚げ具合。新米主婦が揚げた天ぷらのようなのだ。他に煮過ぎでうま味がすっかり抜けた大根と油揚げの煮付け数片。昆布の佃煮少々。塩っ辛い味噌汁。といったラインアップ。目の前に置かれた途端に「しまった!」という思いがよぎった。

「天ぷら定食」@1000円。天ぷらの定食としては安いが、この内容では高過ぎだ。一食損した気分で店を後にした。







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7日目
雨があがったので、宇治へ足をのばすことにした。
宿泊MN・東山IVYから宇治・平等院まで



鴨川・河原の遊歩道へ

鴨川のカモ、ではなく鷺


JR宇治駅

駅前では茶摘み娘のお出迎え


宇治川
久しぶりの晴天に、 気持も晴れ晴れ。散歩がてら京都駅をめざす。五条橋にさしかかり、川をのぞくと鷺が微動だにせず佇んでいる。まるで、置物のようだ。誘われるように河原に 降りて、綺麗に整備された遊歩道を散策。車の騒音からも開放され、しばしの癒しタイムを楽しんだ。正面橋、七条大橋をやりすごし、塩小路橋まで来て地上に 這い上がった。そこから京都駅はもう目の前。

京都駅からJR奈良線に乗り、宇治駅に降り立つ。茶摘み娘(写真右から二枚目)の出迎えを受け、お茶処へやって来た実感がちょっぴり湧いてくる。


08/09/01 平等院


















表門

1400年前の種から開花させた
万葉蓮



鳳凰堂



鳳凰堂・中堂の阿弥陀如来坐像

屋根の上の鳳凰
レプリカで本物は鳳翔館



鐘楼
レプリカ・本物は鳳翔館



平等院ミュージアム鳳翔館
(総合博物館)



浄土院
(平等院の塔頭)


姫睡蓮


源頼政の墓


浄土院羅漢堂



浄土院羅漢堂の羅漢

珊瑚樹


不動堂
不動明王を本尊とする最勝院の本堂


最勝院
平等院塔頭2ヶ寺の1つ
天台宗寺門派聖護院末


観音堂
鎌倉時代の創建
法橋徳応のニ天像、不動明王像が祀られる。
重要文化財。
京都 府宇治市宇治蓮華116 拝観料[平等院&鳳翔館@600円、鳳凰堂@300円)

現在の平等院は、9世紀末、左大臣嵯峨源氏・源融(みなもとのとおる)の別荘だったもの。彼は光源氏のモデルとも言われてい る。その後、宇多天皇→源重信(天皇の孫)→摂政・藤原道長と所有者が変わり、道長の息子・藤原頼通が別荘から寺院に改めた。現在は、浄土宗・浄土院と天 台宗・最勝院の二つの寺院の共同管理となっている。

長い参道の先に平等院・西門がある。そこには、1400年前の種から開花した蓮が、長い眠りから覚めて優美な花びらを広げていた。現世に作り上げた極楽浄 土の世界、そのままに。「京都府宇治市宇治蓮華116」という住所までもが、極楽の所番地のようだ。

池のほとりで、千両に似た赤い実をたわわにつけた木を発見。社務所の方に尋ねたら「珊瑚樹です。よく、聞かれるのですよ。」とのこと。葉や枝が厚く水分が 多いため、火災延焼防止の目的で、防火樹として庭木などに植えられることがよくあるそうだ。

平等院ミュージアム鳳翔館は平等院の敷地に建つ博物館。館内には鳳凰堂から移動した木造雲中供養菩薩像が26体保存されている。笑いながら雲に乗っている 菩薩像や楽器を奏でる観音菩薩像などユーモラスで楽 しい。反面、持ち出された 鳳凰堂では、残り半分26体の木造雲中供養菩薩像が壁に展示されているが、鳳翔館へ移動した仏像をかけていた釘だけがそのまま残っているというかなり寂し い状態。本来はそこにあるものを展示するのが一番だろうが、保存のためにそれが不可能であるならば、せめて複製なりとも展示することは出来ないのだろう か。

実は、平等院の屋根の上の鳳凰や梵鐘の本物もこの鳳翔館に展示されている。目の前で見る梵鐘は、天人、獅子、唐草文様などの細やかな模様が全 体に彫られ、天下の三名鐘の中でも「姿、形の平等院」と言われるほどに繊細でしなやか。模様を彫り込んだ鐘を初めてみた。さて、本物の鳳凰の方は、精巧な 作りで眼光がするどく、その迫力に圧倒される。屋根の上で毎日風雪に晒されながら、よくぞこうして残ったものだ。

鳳凰のまわりが俄かに賑やかになった。見れば、5・6人のグループの中の一人が、他のメンバーに鳳凰の尾の説明をしていた。「10円玉に刻まれた鳳凰の尾 は、上を向いているのと下を向いているのがあって、上を向いているのがメスで下を向いているのがオスなんだ。」と力説。聞いているメンバーは、首をかしげ 半信半疑の様子だ。「本当だってば、ほんとなんだからぁ。」と、博識の彼は懸命に言いつのるのだが・・・。傍で聞いていた私も、ついにやにや。家に帰っ て、ある日はたと思いだし調べてみたら、どうやらこれが信憑性のある話らしい。疑って、御免。いや、もしかしたらネットで盛り上がっているだけの話かもし れないのではあるが、昭和26年に作られた周りにギザギザのある10円玉に、尾が上を向いているメスがあるというもの。すぐに財布をひっくり返して10円 玉をチェックしたが、そんな古いのは持っていなかった。これからは、10円玉が到来する度に確認するとしよう。


08/09/01 真手打ちそば処ながの




茶そばセット
(茶そば&そば稲荷)


そば稲荷の中身
京都府宇治市宇治蓮華25

お昼は平等院の表参道「真手打ちそば処ながの」で、宇治茶を混ぜ込んだ「茶そば」を食べることにした。狭い店内の壁には、関西のメディアにこの店が取り上げられた時の新聞記事のコピーが貼られている。ちょうどの時間に出くわすと、店の窓際でそば打ちをしているのが見られたらしいが、今はすでに昼時分。その作業は終わってしまっていたようだ。残念。

「何を頼もうかなぁ?」と、メニューを眺めまわす。まずは、茶そば。でも、そば稲荷というのも食べたいし。ということで、茶そば@800円×2とそば稲荷@600×1を注文したら、店員さんが気をきかせてくれて「そば稲荷、お二人で食べるなら、茶そばとそば稲荷がセットになった茶そばセット@1200円× 2と茶そば@800円×1にした方がいいですよ。そば稲荷は1皿3個で、セットに付くのは2個なのでお二人なら調度いいのでは・・・。」成程、そういう手があるのか。それにしても欲のない店だなぁ。訂正、良心的な店だなぁ。

さぁ、お味はいかがかな?と、そばに箸をのばした途端に、後ろの席の若い女の子が「おいし~い。」と、歓声をあげた。そば稲荷にかぶりついての一声。その声にせかされるように稲荷を口に運んだ。うんん、うま~い♪一個じゃあ足りん、もっと食べたい!後ろ髪をひかれながら、メインの茶そばに手をつける。麺にコシがあり、目論見通りのお茶の香り。つゆの鰹の香りが、食欲をそそる。

さすがに声に出すのは憚られ、心の奥底でひそかにつぶやいた。「おいし~い。」


さてと、平等院界隈を散策!と、洒落込むかな?

宇治川河畔

あじろぎの道

観光船・船着場



宇治神社・本殿



十帖モニュメント

放生院
あじろぎの道 平等院東側の宇治川に沿った石畳の散策道。網代木とは、魚を獲る ために竹や木を編んでつくった仕掛け「網代」を繋ぎとめた杭(くい)のことをいう。このあたりで は鎌倉時代まで網代木による氷魚(ひうお・鮎の稚魚)漁を行っていたために、そう名づけられた。今あじろぎの道は綺麗に整備され、「源氏物語散策の道」と もなっている。
船着場 ここは、観光船の船着場だが、宇治橋上流 の喜撰橋からは、鵜飼の船が出る。散策の途中で見つけた鵜小屋の中で、鵜が私の顔を不審そうに眺めていた。小屋には鵜匠の写真が取り付けられていた。何 と、若い女性だ。
宇治神社 菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の宮跡とされている のが宇治神社。本殿は三間社流造り桧皮葺きの社殿で、鎌倉時代初期の建築。内殿の菟道稚郎子の木造等身大坐像ともども国の重 要文化財に指定されている。残念ながら、内殿は見ることができなかったが。
十帖モニュメント 源氏物語「宇治十帖」を象徴するモニュメント。 宇治川右岸の朝霧橋のたもとにある。ヒロイン浮舟(うきふね)と匂宮(におうのみや)が小舟で 宇治川に漕ぎ出す情景をモチーフにしたもので、背後の屏風には、源氏物語絵巻の一つ「橋姫」の場面──薫君(かおるのきみ)が透垣(すがい)を通して二人 の美しい姫君を垣間見るシーンが描かれている。ここは、1、2時間で十帖全てのゆかりの地を巡回できる源氏物語ファン垂涎の場所。私はまだ源氏物語を読破 していないので、これは後の楽しみということにした。
放生院 真言律宗の寺院で、宇治橋が架けられた646年以降は橋守 りの寺、橋寺と呼ばれるようになった。境内には、宇治橋を架けた由来を刻んだ日本最古の石碑と言われる「宇治橋断碑」(重要文 化財)がある。と、後で知った。うううう、見たかったゾ。

ほかに、宇治市が進める「源氏物語をテーマにしたまちづくり」の中核をなす施設として1998年に開館した「源氏物語ミュージアム」がある。「これは寄ら ない手はないでしょう。」・・・と、向かう途中に立ち寄った「宇治市観光センター」で、今日がちょうど「源氏物語ミュージアム」の定休日との情報を得た。 う~ん、残念。センターで無料提供されているお茶を飲みながら、相棒と作戦会議。宇治探訪はこれで打ち上げと決まった。


午後からは、以前から一度行ってみたかった所・伏見へ。
伏見百景



酒蔵群

観光十石船



ほうらいばし

竜馬通り

大手筋商店街
伏見という地名は 「伏し水」から付けられた。川には豊かな柳の木が寄り添い、酒蔵群が連なる。映画のロケでもしばしば使われるという。ここは、水の郷にして歴史の町・伏 見。

酒は水に含まれる成分や作り方により微妙に味が変わると言われている。伏見の酒は、カルシウムとマグネシウムを程よく含んだ中硬水で、なめらかで淡白な風 味。他方、灘(兵庫県)の酒はミネラルをたっぷりと含んだ硬水を使用した辛口タイプ。このため、伏見の酒を女酒、灘の酒を男酒と呼ぶそうだ。

酒造りに適した伏見の水ではあるが、全く別の視点でこの水を活用したのが豊臣秀吉である。この川が淀川の本流へと合流する地の利に目をつけた 豊臣秀吉は、京と大阪を結ぶ一大プロジェクト「淀川水運」を立ち上げ、米を三十石積める「三十石船」を運航させ、大阪の経済発展を図った。かくして、これ が、鉄道が敷設されるま での主要交通手段となり、京⇔大阪の重要な生活手段となった。

町を歩くと、「竜馬通り」や「大手筋商店街」に出くわす。地方の商店街そのままの姿かたちなのにどことなく元気なのは、伏見商人の心意気だろうか。


08/09/01 寺田屋








寺田屋

寺田屋事件の碑

寺田屋の入口にこんな表札が

柳葉侘助(椿)
伏見来訪の目的は、 もちろん龍馬ゆかりの地・寺田屋。歴史の舞台をこの目で見たい!(京阪電鉄・中書院駅から徒歩5分)

「維新は寺田屋の一室から生まれたり」
寺田屋は、明治維新の歴史を作った大舞台。文久2年(1862年)倒幕急進派が寺田屋に集まり決起を企てた「寺田屋騒動」は、あまりに有名だ。また、龍馬 とおりょうの恋の宿としても知られている。昔ながらの船宿風情を残して現在も営業中だが、建物は鳥羽伏見の戦いの折りに一部延焼し、現在の建物は明治初年 に再建されたもの。しかし、事件の時おりょうが龍馬に急をしらせるために裸で飛び出したと言われる風呂や、事件による刀傷が残る柱がそのまま保存されてい る・・・はず。

橋を渡ると、まもなく寺田屋の前に着いた。が、しかし・・・人が誰もいない。いつも観光客が多いと聞いていたので、ちょっと肩すかし。玄関にはこれはまだ 新しい「寺田屋 坂本龍馬」という表札がかかっていて、苦笑させられた。龍馬の定宿とは聞いていたが、ここに居住していた訳ではない。これは、ちょっとや りすぎ。「どれ、入ろうかな。」と入口前に立てば、なななな、なんたる事!ここも定休日・・・・・・・・・・・・・・・・・・だと。(脱力)


08/09/01 清酒 ・神聖の白菊水






左の酒蔵に「鳥せい」が入っていて
その建物の手前の角が「白菊水」


順番を譲ってくれた
心優しきご婦人<m(__)m>
次の訪問地は、先ほど街角の立て看板でみた「月桂冠大倉記念館」。

その途上、「白菊水」という御神水を無料で提供している水汲み場の前に出た。「鳥せい」という焼き鳥チェーンを全国展開している清酒・神聖の酒元・山本 本家が、酒造りに使っている水とのこと。これも何かの縁。バッグの中に入れていたペットボトルの水を捨てて、列の後尾についた。前の二人は500mℓペッ ト ボトルを詰め込んだ段ボールを2・3箱、それぞれ脇に置いている。しかも、順番が来ると、一本づつペットボトル本体と蓋を水洗いしてから注水を始めるの で、非常に効率が悪い。それに、どうして2ℓとか3ℓの大容量の容器を持ってこないのだろう?北海道にも有名な「羊蹄の水」というのがある が、大量に持って帰りたい人は、タンクで汲んでいくのが普通の光景。県民気質(どちらも県ではなくて道と府だが)の違いなのだろうか?

350mlのペットボトルを握ってきょろきょろしていたら、一人おいて前のご婦人が気を利かせて順番を譲ってくれた。感謝。早速、御神水を飲んでみ る。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う・・・・・・ま・・・・い。御神水と銘打っても、煎じつめれば所詮はただの水!と たかをくくっていた私は、唖然呆然。改めて言うまでもないが、酒ではない、水なのだ。水に味があり、うま味があるということを初めて実感した。


08/09/01 月桂冠大倉記念館












月桂冠大倉記念館



館内の中庭

さかみず



館内エントランス
京都 市南浜町247 入館料@300円。お土産に月桂冠のワンカップがつく。ちょっと得した気分だゾ。見学後は吟醸酒・プラムワインの試飲あり。

柳並木に白壁土蔵の酒蔵群、このあたりを歩いていると、「船がついたぞ~。」という声と、それに呼応して家々から飛び 出してくる往時の町の人々の姿が脳裏をよぎる。その頃、桃山城では秀吉が宴を繰り広げていただろうか?

月桂冠大倉記念館では、貴重な酒造用具類を保存し、伏見の酒造りと日本酒の歴史を解り易く紹介している。

しかし、白菊水の水で味をしめたばかりの私の興味は、やはり水。館内に入ると中庭に目当ての水「さかみづ」が、あった!どれどれ。いっぱしの「利き水 師」(そんな言葉あるのかな?)のような顔をして、備え付けの大きめのぐい呑みで、口へと運ぶ。「うううん、うまいけど、白菊水ともちょっと違うなぁ。」 あくまでも私の主観でいえば、白菊水ははんなりまろやか。対してさかみづは円い中にもリンと一本芯が通っているような。男酒・女酒にならって男水・女水と いう言い方をすれば、白菊水が女水でさかみづは男水かな?
この一帯 は寛永14年(1637年)創業の月桂冠発祥の地です。今もこんこんと湧き出る「さかみづ」は酒造りの命の水です。この井戸は昭和36年(1961年)に 新しく掘り直したもので、地下約50メートルからの水は、隣接する酒蔵で使われています。その清らかに澄んだ水はきめ細かくまろやかな酒質を生み出す源に なっています。「さかみづ」という名は「栄え水」とともに古くは酒の異名でもありました。(月桂冠大倉記念館・さかみづの説明看板より)

水道をひねると、いや押すとジャーと出てくる日頃の生活で、水というものを考える事はほとんどない。たかが、水。されど、水。飲み比べは楽しい。





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8日目
また又 雨。ならば、今日は雨が似合う「大原」散策としよう。



バスを降りると、
茅葺き屋根の家々が







→寂光院
←三千院








寂光院への道を選択
さらに続くのどかな田園風景








参道の楽焼の店


08/09/02 寂光院



  
   
   
   
 
 

大原西陵(建礼門院廟)
入口

宮内庁の管轄

山門

狐雲(茶室)の門

池の鯉

千年姫小松



建礼門院ゆかりの墓

諸行無常の鐘



本堂

沙羅双樹
京都 市左京区大原草生町676

聖徳太子が開祖した天台宗の寺。平清盛の娘・建礼門院が、平家滅亡後、余生を送った「平家物語」ゆかりの寺として知られてい る。

「平家物語」の「大原御幸」によると、平清盛の娘・建礼門院(高倉天皇の中宮で、安徳天皇の生母)は、壇ノ浦の戦いで平家一族が滅亡した後も生き残り、尼 となって寂光院に隠遁。舅・後白河法皇が、平家一門と安徳帝の冥福を祈り、建礼門院を訪れた。粗末な庵を前に愕然とした法王がふと目にしたのが、誰が作っ た か解らない歌一句。
思ひきや深山の奥にすまひして、雲井の月をよそに見んとは
(このような深山の奥に住んで月を眺めることになろうとは思いもしなかったことです。)

歌の作者は、建礼門院その人であろう。建礼門院(徳子)は清盛と正妻時子の次女として生まれ、17歳の時、平家が朝廷内で強力な権力を得るために、11歳 の高倉天皇の元へ嫁いだ。母親同士が姉妹という従姉弟婚である。24歳で王子(安徳天皇)を産むが、高倉天皇には他に想い人がおり、二人の関係は決して睦 まじいものではなかったと言う。加えて、父・清盛と舅との折り合いの悪さも彼女を悩ませた。まもなく病弱だった夫・高倉天皇が亡くなり、徳子を後白河法皇 の後宮へ入 れるという話が持ち上がるが、徳子はこれを強く拒み出家して建礼門院となった。と、すれば、大原御幸の二人の対面は、嫁と舅を超えて、どこと なく生臭い香りが漂う。

まさに、政争の具として、男たちの野望に翻弄され尽くした人生である。

今日も、大原に雨が降る。徳子の涙雨が・・・。


08/09/02 三千院




















三千院門跡



参道の階段



御殿門

客殿



格子窓から覗いた中庭



客殿からの聚碧園
京都大原三千院、恋に疲れた女が一人♪

往生極楽院

宸殿


朱雀門


わらべ地蔵


二十五菩薩慈眼の庭

観音堂
京都 市左京区大原来迎院町540

落人が世をはかなんで隠れ住んだ大原の地に、比叡山を降りた僧たちが修行の場を求めたのが、三千院の始まりと言われている。しかし、今は桜、紫陽花、紅葉 と四季折々の花々が咲き乱れるせいもあり、人波が切れることがない大原一の観光スポット。

「三千院」あるいは「三千院門跡」という寺名は1871年以降使われるようになったもので、それ以前は「梶井門跡」「梶井御所」「梶井宮」などと呼ばれ た。 だが、「円融房」が正式の寺名だった模様。一方、往生極楽院(旧称極楽院)は、12世紀から大原の地にあった阿弥陀堂であり、1871年に三千院の本坊が こ の地に移転してきてから、その境内に取り込まれ、今では三千院に内包されている。

本来は世捨て人の地であったようだが、今は観光地として訪れる人が多い。同じ大原の寂光院と比べると、賑やかで華やぎを感じさせる。

今日は折悪しく雨。どこか涼しい。「ここは、山の上ということもあり、冬などはとても寒いんですよ。雪も降 り、底冷えもします。地面が凍って車もあがってこれず、冬用の車タイヤに交換するんです。」と、客殿でこの寺の関係者らしき女性が両の手をこすり合わせつ つ教えてくれた。「え~、では、北海道と変わらない ではないの。」と、言いつつ私も無意識に着て いたシャツの襟元をかき合わせる。昔はもっと寒かっただろう。世を捨てて、この地に落ち伸びた心境はどうだったのだろう。そして、修行のためとは言え、こ こ へ来た僧たちの心境は?

さて、院内を散策しているうちに遭遇したのが「わらべ地蔵」。手前のわらべは、腹這いになって足をばたつかせているとのことだが・・・。予備知 識もなく出かけたので、緑一色の庭園内に突如現れた首から上の地蔵にびっくり仰天。「あれぇ、まぁ~。」と、呟きつつもあまりに穏やかな表情なのにつられ て、思わずうっとり。どんな経緯でここにあるのだろうか?そして、地蔵はそれからの長い日々、ここで何を見てきたのだろうか?思いは尽きない。


08/09/02 下鴨神社


















鴨長明の河合社



鴨河合坐小社宅神社



鴨長明の居宅

糺の森をぬけると鳥居が

奈良の小川



御手洗舟形石



えんむすびの相生社

連理の榊

楼門(表から)



楼門(入って振り返ると)



舞殿



神服殿

三井神社と葵生殿

大炊殿と御井

大炊殿で展示の車

大炊殿で展示の唐車



解除所



葵の庭



西本殿

えとの社
京都 市左京区下泉川町59 拝観無料、大炊殿の特別拝観@600円。世界文化遺産。

下鴨神社は京都を流れる鴨川と高野川に挟まれた三角地帯に位置し、正式には賀茂御祖神社という。上賀茂神社(上賀茂別雷神社)とともに、豪族・賀茂氏の氏 神を祭る京都最古の神社である。

境内の糺の森は、東京ドーム3倍の広さで古代山城北部が森林地帯であった頃の生態が保たれている貴重な森林。国の史跡に指 定されている。社殿は、文久3年(1863)再建の国宝の本殿二棟と重要文化財の殿舎五十三棟などがある。

毎年5月15日には”平安絵巻”のような「葵祭り」が、御所からここ下鴨神社を経て上賀茂 神社へと繰り広げられる。「石清水祭」(京都・八幡市)、「春日祭」(奈良)とともに朝廷から勅使が派遣された3大勅祭の一つ。また、流鏑馬、御蔭祭など の数々の伝統神事が行われている。

鴨長明 ゆかりの 河合社
方丈記で有名な「鴨長明」は河合神社の神官の家系に生まれるも、重職に就くことができず世を嘆き「方丈記」を書いたと言われている。鴨長明が住んだ方丈の 復元建築が現在河合神社境内にあるが。各地を転々としていたために移動に便利なように全て組み立て式となっている。
糺の森
とにかく広い。元々は495万㎡(約150万坪)にもおよんでいたが、現在は、約12万4000㎡になったというのだから、元の広さは想像もつかない。こ の広大な敷地に足を踏み入れると、どこか原生林に舞い降りたようで、京都の町中にいることを忘れる。
奈良の小川
糺の森の発掘調査によって見つかったものを復元。「奈良の小川」というのは、小川の上流にある、奈良殿神を祀る社地のナラノキの林を流れていることから名 づけられた。
えんむすぎの相生社
縁結びのお社として人気。今日も入れ替わり立ち替わり人通りが絶えない。
連理の榊
相生社の側にあり、2本の木が途中から1本に結ばれている不思議なご神木。縁結びの神の力で結ばれたと 言い伝えられている。この木が枯れると、下鴨神社境内の糺の森に同じように結ばれた木が見つかるそうで、現在のご神木も4代目だとか。「京の七不思議」の 一つとされている。
舞殿
下鴨神社境内の中央に位置し、葵祭の時に天皇の勅使が御祭文を奏上され、東游(舞楽)が奉納される場所。(重要文化財)
神服殿
行幸の節に玉座となる殿舎。 元々は、夏・冬の御神服を縫製する御殿だったので御神服殿という。
三井神社と葵生殿
山城国『風土記』に「蓼倉里三身社」とある社で、本宮の若宮(若々しいご神霊)としての信仰がある。賀茂建角身命、玉依媛命、伊賀古夜媛命の三神がまつら れている。(重要文化財)写真中央の舞台は葵生殿と呼ばれ、結婚式などに使われている。
大炊殿と御井(拝観は有料)
大炊殿はお供え物のうち主に飯・餅など穀物類を調理する場所で、御井はお供え物の料理に使う水を汲む井戸である。大炊殿には竈や料理用具などが展示されて いて、今もそこで調理しているようなリアルさだ。
解除所
天皇が参拝のおり、天皇みずからお祓いをした場所。
葵の庭
大炊で調製される御薬酒用の薬草を植栽されており、特にカリンの古木が有名。別名「カリンの庭」。葵は今育てている段階とのこと。
西本殿
現在の東本殿と西本殿は文久3年に建て替えられたもの。国宝に指定されている。
えとの社
七つの小さい社で、それぞれが十二支の守り神となっており、商売繁盛の神としても人気。

糺の森を歩けば古代へ、楼門をくぐれば平安へと心はタイムスリップする。帰り道、もと来た道を戻って「奈良の小川」の前まで来ると、若いカップルが川の水 で手をきよめ、小さな手製のお弁当箱を仲良くつついていた。そういえば、ジョギングをしている人もいる。どうやら、ここ下鴨神社は拝観無料なだけに「市民 の憩いの場所」としても愛されているようだ。古代と平安の歴史の地で、今も歴史は刻まれ続ける。それが、一人一人の思い出という名の歴史であるのも、又、 素敵だ。







9日目
「その町を知りたければ、まず博物館へ行け。」と言ったのは誰だったかな?MNからぶらりと歩いて行ってみた。
08/09/03 京都国立博物館




















特別展示館(旧・本館)
片山東熊の設計で1895年竣工
重要文化財

特別展示館前 ロダン・考える人像
鋳造作品なので、世界に20数体ある
本物の中の一つ。
そういえば、東京上野の西洋美術館にもあったよ.



平常展示館
森田慶一の設計で1966年竣工
京都 市東山区茶屋町527  入館料@500円  京阪電車・七条駅そば・三十三間堂の横。

入口に立つと、17世紀フランスのルネッサンス・バロック様式をもとに設計された西門とその隙間から垣間見える旧・本館が醸し出す優美さに圧倒される。中 の広い庭では、野外展示もされているようだが、今日は時間がないので中展示に絞ることにした。

平常展示館の一階は、ハイビジョン・シアター、考古、彫刻、陶磁。二階が、仏画、水墨画、絵巻、近世絵画、中国絵画、書跡、染織、漆工、金工。とりあえ ず、ハイビジョン・シアターで予備知識を仕込んでいたら、ツレの携帯がなった。慌ててロビーへ飛び出し携帯を受けると、今泊っている東山IVYからであ る。私はホテルと同じ感覚で7泊の予定で7日間を予約。が、ウィークリーマンションのシステムでは、泊数ではなく、入居日数で計算されるそうだ。つまり退 去日も一日ということ。したがって、今日は入居7日目。予約通りだとチェックアウトの時間には荷物を持って出ていかなければならないのだが・・・・。困っ た~、今夜の宿はどうするねん。荷物を取りに一旦MNへ戻ろうか?あれこれ収拾策が頭を駆け巡る。IVYの担当者に今日の空室状態を確認してもらい、その まま連泊出来ることになった時には、冷汗が全身から吹き出そうだった。

展示はさすがに凄いものが並んでいる。と、造詣浅き私でもそう思う。精通した人が見れば、垂涎ものだろう。昨年、訪れた永観堂で「山越阿弥陀図」が国立に あると聞いたので、見れるかも?と淡い期待を抱いていたが、またしても空振りだった。

私が一目ぼれしたのが、曽我蕭白の「達磨図」。カッと見開いた眼に、しびれた。横に添えられた解説によると「刷毛や手のひらで一気に描く。」のだそうだ。 曽我蕭白に興味を惹かれて調べてみた。美人は醜く、子供は可愛くなく、という全く逆表現をする「ひねくれもん」。そのため、江戸時代の画史において「異 端」「狂気」の画家と位置付けられていたらしい。面白い。前出の解説文を書いているのが、同館文化資料課長の狩野博幸氏。氏の解説やコピーは鋭くてユニー クだ。以前、特別展示で曽我蕭白展を開催した時のキャッチコピーが「円山応挙がなんぼのもんじゃ」。高台寺・百鬼夜行展での円山応挙「幽霊の図」が頭に浮 かぶ。「こんな風に言われちゃぁ、円山応挙もあの絵の幽霊のようにげっそりしちゃうよなぁ。」と私は一人にんまり。
からふね屋珈琲店



総ガラス張りの店



日替わりランチ@700円
デミグラスソースハンバーグ+ライス


+200円で食後のコーヒー


ダッチコーヒー
京都市東山区茶屋町527 京都国立博物館内

博物館の入場券を見せてからなら、一旦外へ出ての再入場は可能とのことだったが、博物館の所蔵品が多くて、いくら時間があっても見きれそうにない。で、時間節約のために敷地内の店で昼食と決めた。

館内の一部に入っているのではなく、店自体が独自の建物となっていて、窓も総ガラス張り。明るい。京都では有名な珈琲店で、ダッチコーヒーがウリのようだ。メニューはちょっと少な目なので、選択肢が少ないのがたまに傷。日替わりランチと食後のコーヒーを頼んだ。ダッチコーヒーも気になったのだが、プラス200円には勝てない?
デミグラス好きな私には、このハンバーグは満足。コーヒーも美味しかったし。

隣の席のご婦人は、ゆったりと文庫本を広げている。ここで、こうして一冊読みあげられたら幸せな気分だろうなぁ。

一方、広い庭では、新郎新婦の写真撮影が行われていた。博物館を借景に、これは最高のシチュエーション。こうしていると、時間の経過が感じられない。静かな時間空間の中にいつまでも浸っていたい気分を振り切って、私とツレは、展示の続きを見に戻っていった。





10日目
昨日の博物館が面白かったのに味をしめて、今日は歴史のお勉強。
08/09/04 京都市歴史資料館













京の七口
初めは十口あったとも言われている

映像展示室
(欲を言えば、椅子が座りづらいかなぁ。)
京都 市上京区寺町通荒神口下る松陰町138番地の1

京都御所の東隣に位置し、資料館の南隣には同志社大学創始者・新島襄の新島会館と旧邸がある。前を通った時に「しめた。お昼には旧邸を訪ねて、隣の会館で 昼食 をいただくぞぉ。」と、張り切っていたものの、その日、旧邸は定休日。会館にはレストランらしきものがなく、期待のランチは泡と消えた。厳かな雰囲気の会 館な のだが、どうやら結婚式などに使われていて、普段使いはなさそうだ。

さて、京都歴史資料館。前身は京都市史編纂所で、京都市編纂作業を通して市民から寄贈・寄託された多くの古文書などが所蔵されている。これらの保持管理、 さらなる収集と調査研究が主なる役割で、史料の閲覧、展示、歴史講座の開催など市民への歴史広報なども行っている。

1階・展示室と映像展示室。2階・研究室と歴史相談室。
とりあえず、特に歴史で相談したいことがある訳ではないので、1階の展示室へ。ここはテーマ展や企画展の会場で、只今「テーマ展・京の火災図」を開催中。 四方の壁いっぱいに「京の火災地図」がぺたぺたと貼られていた。世に言う「かわら板」である。これを見ていると、京都の大部分が火災で焼失したことがよく 解る。昨年 の京都旅行では「蹴上インクライン」に出くわしびっくりしたが、こうも火災が多いと水の供給は急務だっただろうと、改めて納得させられる思いだ。

1階奥には映像展示室がある。京都の歴史、祭礼、風物などをわかり易く解説した映像作品40本(各15分程)があり、その中から好きな映像を選んで見るこ と ができる。中でも、秀吉の京都のまちづくりが興味深い。秀吉は、ほぼ正方形の区画であった平安京の条坊の一町の間に南北に道を 通 し、短冊形とした町割りを行って、正方形の中央部分も行き来が容易となる様にした。さらに、京の中心部周囲約23kmを土手や石垣で取り囲む御土居を作 り、都の防備と鴨川の氾濫の対策とし た。とされているが、京都御所や二条城を土手や石垣でぐるっと包囲し、簡単に出入りが出来ないようにしたと言う方が実情にあっているだろう。御所には天皇 がいる。秀吉が権力を掌握しているためには、天皇を手のうちに入れておくことが必須であったから。御土居は、いびつな楕円形で、京の中(洛中)と外(洛 外)を分ける境となる。これでは「陸の孤島」状態なので、洛中と洛外との連絡口として、各街 道につなが る「京の七口」と呼ばれる出入口を設営し、わずかな風穴をあけた。

「露と落ち、露と消えゆくわが身かな。浪速のことは夢のまた夢」。秀吉の命は、その寿命とともに確かに露と消え た。御土居もまた徐々に取り払われて、今は数か所が残るのみ。しかし。秀吉がいなければ、今も京は平安京の真四角な碁盤の目のままだったはずだし、旅行ガ イドに登場する洛北・洛南という言葉もなかっただろう。秀吉が京で見た夢のカケラの数片が、今もこうして残っている。

そうこうしている間にも時間は飛ぶように過ぎていき、途中、近くで軽く食事をすませて、又、映像を見続けた。面白い。が、時間が足りない。後ろ髪をひかれ ながら、閉館時間にせかされて展示室を後にした。

後日、新聞を広げると、「寺田屋騒動の舞台・寺田屋が鳥羽・伏見の戦いの戦火で焼失していたことを、京都市歴史資料館が調査の結果、結論づけた。」という 記事が 載っていた。例の「テーマ 展・京の火災図」がそれを決定づける資料となったのだ。私も、あの鳥羽・伏見の戦い直後のかわら板の中で、寺田屋が真っ赤に塗られているのを、確かに この目で 見た。「やっぱり焼 けたんだ。すっぽり火中だなぁ。」と思ったが、私の思考はそこまででストップ。全焼ならば「寺田屋に残る柱の刀傷はどうなの?本物?それとも偽物?」と、 までは思い及ばな かった。寺田屋の経営者 は「当時の船宿そのまま。建物は一部が被災しただけ。全焼してなくなった訳ではない。」と主張しているそうだが、すでにあの時、かわら板から寺田屋の全焼 を読み取っていたとは、さすが歴史資料館の研究者。私にとって、あのかわら板は「猫に小判」だった様だ。トホホホ


早いもので、今日は旅の最終日。京都市歴史資料館→京都駅前・京都タワー周辺

区民の誇りの木・ナンキンハゼ
京都市歴史資料館前にて

JR京都駅地下にあった
災害対応型自動販売機



京都タワー



夜の京都駅


京都駅→舞鶴港
舞鶴フェリーターミ ナル

待合室

受付カウンター

新日本海フェリー





11日目  
9/5(金)舞鶴港(00:45)→小樽港(20:45) 
08/09/05 フェリー「はまなす」復路








洋室(一等ツイン)

洋室のランプ
電球が2つあり各自点滅が出来る
写真は右側点灯したところ




午前10:18分 
小樽→舞鶴の僚船と行き交う


午後5:57分 夕日


前方展望室
ミルキーウェイ(夜)

往路は和室、復路は 洋室を予約していた。しかし、和室はデッキに面していて窓から海が見える部屋が多いが、部屋数が少ない。一方、洋室は通路側に位置している部屋が多いので 窓から海が見えない部屋が多い。今なら空室があれば変更可能。さて、帰りは、どうしようか?迷ったが、洋室も体験してみたいので、そのまま洋室にした。

いざ、乗船してみれば、ちゃんと海が見える洋室だった。しかも、往路の和室のようにデッキに大きな装置が鎮座しているでもなく、すっきりと丸ごと海が見渡 せとても爽快。どうやら、今日は乗客が極端に少ないせいで幸運にありついたようだ。洋室はベッドが二つ入っている分、部屋が狭くて窮屈なのでは?という心 配は全く無用。昼間はベッドをソファー代わりに使えて快適だ。リピートするなら、断然洋室にしたい♪

この「はまなす」の大穴スペースが、前方展望室「ミルキーウェイ」。カウンター席に座れば、窓から海も見えてのんびり読書も出来る。なのに、何故かいつも ガラガラに空いている。乗客の多くには、屋外の後方展望室の方が人気なのだ。もし、二等船室に乗船した場合には、貴重な寛ぎスペースとして一押しの場所で ある。

京都タワーの書店で買ってきた文庫本を、航行中に一冊読了してしまい、手持無沙汰になってしまった。もう一冊買ってくればよかったかな?などと後悔してい る間に、船は小樽港に着いた。まだ、下船したくない。もう、一往復したい気分。


08/09/05 まとめ




東山地区の家々の前には
並々と水を満たした防火用のバケツが!

火事が多かった京の歴史のせい?
10泊11日の旅が終わった。交通手段が違う、宿が違うで、昨年の旅行 とは全く違う京都を見てきた様な気がする。

(フェリー):これは、事前に想像していた以上に快適。以前、苫小牧⇔大洗間を二等と二等寝台で何度か往復したことがあるが、快適さにおいて一等個室とい うのが全く別モンの船旅であることを、痛い程体感した。時間と財布が許すなら、一等個室が良好。

(宿):自分の部屋に帰るような京都暮らしがしたかったので、最初からウィークリーマンション狙い。探索線上に浮上してきたのが、今回お世話になっ た東山IVY。建物は古いが、室内は広くて綺麗だ。しかも他の物件に比べると格段に安い。

安いと言えば、京都に着いて早々、自炊のための食材を購入しようと、近所を歩いていたお年を召したご婦人に「この辺りに市場はありますか?」と尋ねたら「ありま す。そこ真っ直ぐ行って五条橋のそばに。やす~いの。」と、うっとりほほ笑んだ。何と、そこは噂に聞いていた「ローソン」の野菜な どの生鮮食品も置いている食品専門の100均店。一見普通のコンビニなのだが・・・こんな安くていいのかな?かくして、京の台所・錦市場とローソン100 を梯子して食材を買いあさる 仕儀となった。高い食品と安い食品を一緒に放り込まれた相棒と私の胃袋は、きっとびっくりしたことだろう。

周囲に建仁寺や豊国神社や方広寺や高台寺、もうちょっと足を伸ばせば祇園、八坂さん、三十三間堂などが徒歩圏内にあるので、ツレは朝の散歩を楽しんだよう だ。MNの近場には、まだまだ見ていない魅力スポットが沢山残っている。心を残して、振り返り振り返り帰途についた。



















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