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2009年 東京・京都旅行記

川越と祇園祭と♪



09/07/12~09/07/25  大人二名

東京(川越&横浜)⇒京都⇒東京

日程   愚息宅7泊&ウィークリーマンション京都駅前6泊&晴海海員会館3泊

経費 飛行機代(新千歳⇔羽田) @13600円×2+@14600円×2=56400円
新幹線( 京都⇔東京) @(12710円×2)×2=50840円
宿泊(ウィークリーマンション京都駅前) 6泊7日(一室) 27600円+寝具@500円×6泊=30600円
   (晴海海員会館) 3泊4日(一室一名@3600円) (3300円×2))×3=19800円
食費など諸経費 約60,000円



旅程
関東 京都 東京
1日目
2日目
3日目
4日目
川越の町並み
息子宅で鳩対策
同上 
横浜・中華街
山下公園 
港の見える丘公園
横浜・外人墓地 




5日目
6日目



7日目




8日目


9日目



10日目
祇園祭・宵宮 
祇園祭・山鉾巡行
六道珍皇寺
●建仁寺
祇園祭・神幸祭
嵐山・嵯峨野めぐり
虚空蔵・法輪寺
天龍寺
嵯峨野百景
祇王寺 
醍醐寺
随心院
ビストロ希味でランチ 
市中町並み
誓願寺
京都御所
国際会館
竹田・城南宮            
11日目


12日目

13日目


14日目
築地で日食 
東京晴海海員会館 
築地本願寺
台東区立下町風俗資料館
恵比寿・ウェスティンホテルでランチ
恵比寿麦酒記念館
歌舞伎座
NHKスタジオパーク 
羽田空港
まとめ




    


食べたところ 和創菜と四季のすし風凛(川越) 泊まったところ ウィークリーマンションロイヤル京都駅前
たまゆら(京都・先斗町) 東京晴海海員会館
大王ラーメン(京都・烏丸五条)
餃子の王将(京都・山科)
ビストロ希味(京都)
とようけ茶屋(京都)
うなぎ都川(東京・勝鬨)
海鮮丼たねいち(東京・築地場外市場)
恵比寿ウェスティンホテル(東京・恵比寿)
リンガーハット大門店(東京・浜松町)



この春、愚息が東京で一人暮らしを始めた。「どんな暮らしをしているのだろうねぇ。」とツレと顔を見合せていたある日、定額給付金なるモノが家長であるツレの口座に振り込まれた。「銀行に振り込むのもナンだし、じゃぁ、これを直接届けて来ようか?」。給付金が12000円。ツレと二人の飛行機代がほぼ50000円。何のこっちゃぁ。

折角、東京へ行くのだからちょっと足を伸ばして、京都の祇園祭を見て来よう。段々と話が膨らんで、2週間の長い旅行と相成った。











1日目

取りあえず荷物を愚息宅へ置いて、立川で腹ごしらえ。一息ついた処で今人気の川越へ

09/07/12 川越の町並み

こんな街並みがいかにも川越!

川越の時の鐘

旧鏡山酒造・明治蔵

川越商工会議所

一昔前の風情の映画館

熊野神社・足ふみロード
NHK朝ドラ「つばさ」で、今旬の町。蔵造りの街並みに、江戸の文化と歴史を漂わせる城下町。「小江戸」と呼ばれる蔵造りの町並みは、江戸の町にタイムスリップしたような、のんびりしっとりとした雰囲気が漂う。

街を散策していたら熊野神社の前に出た。鳥居から続く細く綺麗な砂利道は、足ふみロード。とは言え、砂利の石は様々な大きさがあり、しっかりと固定されている。好奇心のままに靴を脱ぎ歩いてみた。「い、い、痛い~。」足裏に石のいぼいぼが食い込むようで、一歩歩くのも辛い。悲鳴をあげ、無意識のうちに痛みから逃れようと体をよじる。ここを歩いて足裏が痛い人は、内臓のどこかが悪いのだとか。私は足裏全面が痛いから内臓は全部悪いということかな?赤Tシャツを着て苦行?しているのは、愚息。この後、ツレと参拝をしようとしたら「俺は宗旨が違うから。」とベンチで休んでいた愚息。おい、おい、あんたの宗旨ってぇ、無神論ではなかったか?疲労困憊の愚息でした。

ふらふらと見物して歩いていたら、五時を知らせる曲が流れた。「良い子は、もう帰りましょうね。」という風に。何だか、ほのぼのと温かい。でも、折角なので川越で晩御飯を食べて行こうか?と話はまとまり、先ほど前を通った時に目星をつけておいた鰻屋さんの暖簾をくぐった。と書きたいところだが、すでに五時で閉店していた。では、あっちの天ぷら屋さんへ。と、そこもさっきは確かに開いていたのに、すでに店じまい。普通は、ランチタイムに店を開け、夕方一旦閉め、夜再び店を開けるのが一般的だろう。ここ川越では、五時すぎに開いている飲食店の少ないのにはびっくりさせられる。夜行性の人には向かない?いえいえ、私も夜行性の傾向はあるが、こんなしっとりとした町で暮らすなら、早寝早起きもやぶさかではない。

すっかり魅せられてしまったぁ。川越で暮らしてみたい♪

かくして、「今夜は食いっぱぐれか?」と思ったその時、細い路地の先に何とも風情たっぷりな店を見つけた。
09/07/12 和創菜と四季のすし・風凛

個室から眺める庭
煉瓦の塀、右側に砲弾の跡が。

鰹の押し寿司・鱧・梅肉のせ湯葉

道産帆立と有機野菜

刺身
(三崎の鮪・焼津のあおやぎ・豊後水道のイサキ)

うぅん、何だったかなぁ。

和歌山県産・鮎の塩焼き

湯葉の茶碗蒸し

天婦羅
(鱧・茄子・しし唐・ベビーコーン)

寿司(こはだ・うに・海老他)
すまし汁(豆腐&なめこ)

ほうじ茶のアイス
埼玉県川越市仲町6-4 建物は有形文化財

細い路地の先にあるこの店に巡り合ったのは、本当に偶然。まさに、「縁」に導かれたとしか言いようもない。趣のある古民家で、庭を眺めながらゆったりと明治の時に身をゆだねる。これぞ、至福。飛び込みで来店した私たちが個室へと誘われた。この部屋、一か月程前から予約が入っていたのが、ついさっきキャンセルになったのだとか。まるで、知らない処で私たちのために事が動いていたようで、びっくり。どうやら、今日の私たち一行はツイテいるようだ。最高の部屋でいただく料理は、また格別。

夜の料理は3900円・5000円・7000円のコース3種。もちろん、単品もあるようだが、今日は5000円のコースをオーダーした。

昨夏、食べる機会がなかった「鮎の塩焼き」。道産子の私が鮎を食べるチャンスはほとんどない。期せずして、幸運に巡り合えた気分。川魚特有の泥臭さが全くなく、あっさりとしてとても美味しい。潔いと言ってもいい爽やかさは涼感いっぱいで、まさに、夏からの贈り物♪

「湯葉の茶碗蒸し」も珍しい。興味津々で蓋をとると、透きとおった黄金色が目に鮮やか。固まり具合はお吸い物のように緩く、それが又何とも上品で涼やか。

この建物は、明治の頃、鉄砲店だったそうで、庭には砲弾の跡が今も生々しく残っている。食事の後、しばし庭に佇む。明治の薫りを胸一杯に吸い込んだ。





 ←川越の地ビール・COEDO
   
   瑠璃&伽羅
 



2日目

09/07/13 鳩対策Part.1
立川の更に先に住む息子宅へ行って、びっくり仰天。「おかんとおとんに見せてやろうとおもってさぁ。ベランダで鳩が卵を温めているので、そのままにして置いた。」「え~~~。」眩暈がしそうな私を尻目に、愚息はベランダを覗き込んだ。すると、母鳩が用心深くあたりの様子を探りながら卵を抱いていた。しかも、昨夜は一個だった卵が今日は二個に増えているそうな。ベランダの網戸には、産毛が付着しているし・・・・・・・。

翌朝、鳩の鳴き声で目が覚めた。「ホー、ホー。」って、偉そうに!!おまけに匂いまでもが鼻につく。愚息はゴのつく虫は敵だが、鳩にはすこぶる寛容。北海道にその虫はいないので、私には理解の外。数年前に鳩の産毛が肺に積もり、なのに原因不明で死亡した若者がいたそうだ。「うぅぅぅ、もう許さんぞ!」。愚息が出勤した間に、ツレと活動開始。まず、ベランダのヤツの糞をヘラ用のものでこそぎ取る。これが、かなり大変。というか、飽きる。マスクをして、作業に没頭。後は塵取りにすくい取り、丹念に雑巾で水拭き。水が流せないというのは、ほんと不便だ。と、ここまでで一日が暮れてしまった。帰宅した愚息の第一声。「あ、掃除してくれたの?一人ではやる気にもならなくってさぁ。卵は4回も捨てたった。食ってやろうかとも思ったけど。おとんとおかんで鳩退治のアルバイトが出来るんじゃぁ?」×××××・・・。



3日目

09/07/14 鳩対策Part.2
さて、ベランダの掃除も終え、いよいよ鳩対策。近所を見回せばベランダから網を垂らす方法と、ヤツは下から来るので植木鉢を並べる家庭が多いようだ。で、どうしよう?網を垂らすには天井のコンクリにフックを打ち込まなければならず、そんな道具がここにはない。ならば植木鉢を置く?うんにゃぁ、これも愚息がマメに鉢の手入れをするとは思えず、却下。後に残る手はただ一つ。以前、NHK「ご近所の底力」で見た糸をはる方法。北海道の我が家に、鳩害はない。むしろ、山裾なのでカラスの方が目の敵。テレビで見た時は「へぇ、鳩って大変だね。」と人ごととして見ていたのに、まさか、わが身に降りかかろうとは・・・。

ツレが近くの百均であれこれとグッズを買いそろえてきたが、それでも足りず電車に乗って近隣のホームセンターへ補足分を買いに行った。

釣り糸・ピアノ線いづれも入手出来ず、手に入ったのは設計用の糸。黄色くて鳩でなくともかなり目立つ。ベランダの両脇に木を建てて、そこから糸を張り巡らせた。要するに鳩がとまれる所に糸を張ってとまれなくすればいい。ふぅぅ、作業終了。以来、気になってちょくちょくとベランダを覗くが、来訪の様子がない。今のところ、作戦成功!!!

後日譚
鳩の帰巣本能にはつくづく脱帽。この1ヶ月後、鳩はまたまたやってきたそうだ。で、出入り口に糸をもう一本追加して張り巡らせたとのこと。しかし、それでも数日すると隙間をみつけてやってくる。ベランダの隣家との間を隣家側が塞いでいるので、そこに棒を立てて糸を張ることが出来ない。そのちょっとした空間をうまく見つけたようだ。ならば、愚息も次の策を敢行。2リットルのペットボトル数本に水を入れて、隙間を塞ぐという手。今のところ、これで成功しているが、さて、次はどんな手を発掘してくるのやら。いつまで続く愚息と鳩の攻防戦。(09/09/04)



4日目

09/07/15 横浜中華街

玄武門…この門を潜ると中華街

善隣門…隣は「横浜大飯店」

朝陽門

メインストリート
横浜市中区山下町

大小240店あまりの中華料理店がひしめく『横浜中華街』。広東、四川、上海、点心などの中国各地の美味しい料理店がいっぱい。中華食材・雑貨の店が連なり、散策するだけでも楽しい。

現在10基の門が建っているそうだが、では、ここで今回私が通りかかった門の説明を。
玄武門 子孫の繁栄をもたらす。守護神は玄武神。色は黒。
善隣門 横浜中華街のシンボル的存在のひとつ。初代は1955年に完成し、そのころは「牌楼門」と呼ばれて、この牌楼が建つまで「南京町」と呼ばれていたが、中央の看板に「中華街」と書かれたことによって、「中華街」と呼ばれるようになった。現在の姿にリニューアルしたのは1989年。看板に、隣国や隣家と仲良くするという「親仁善隣」という言葉を掲げ、名称も「善隣門」に改められた。
朝陽門 日の出を迎える門。朝日が街全体を覆い繁栄をもたらす。守護神は青龍神。色は青。
山下公園側にある。2003年2月1日に立派な牌楼が落成し、高さ13.5メートル、幅12メートルで中華街で最大の門となった。みなとみらい線へは、この牌楼を通って中華街へ入ることになる。
(原典:横濱中華街より)

玄武門に一歩足を踏み入れると、そこからはもう別天地のチャイナタウン。食べたり、買い物をしたりが楽しい街だというのに・・・。

私は、と言えば・・・立川の先にある息子宅を出て、関内駅前あたりへ辿り着いた時点で、暑さにやられた。どこかゆっくりと座って休みたい。調度、昼時。行きずりの店に飛び込んで昼食を摂ることにしたのだが、そこは今思っても白昼夢を見ているような不思議な空間だった。路地の奥にあるその店は、お年寄りの女性二人が切り盛りする飲食店。最初は老姉妹かと思いきや、言葉の端に主従関係が臭う。昭和初期の頃のラジオが置かれ、棚には数代前かと思われるセピア色のご先祖様の写真とお供え物。カウンターの後ろには、彼女たちのいずれかの持ちモノらしいハンドバッグが無造作に置かれていた。まさに、店内はレトロそのもの。昼時をちょっと過ぎていたせいか、客は私とツレのみ。味の方はなかなか美味しいのだが、間が持たない微妙な空気の中、お腹に定食を詰め込んで早々に店を出た。後でネットで調べてみると、ランチが安く評判は良いようだ。ちなみに、この店のキャッチフレーズは「関内一古い店」だそうな。

そんなこんなで、肝心の横浜中華街に着いた時には、お腹がいっぱい。食べて何ぼの街に満腹で来てしまったなんて・・・がっくり。それでも、チャイナタウンの街並みは、それだけで中国へ飛んで来た気分にさせてくれる。
         
歩いているうちに月餅の専門店・華正楼の前に出た。「では、お土産に!」と店内へ入ると、そこは当たり前ながらall月餅!ナッツが入っていたり木の実が入っていたり。餡にしても白餡・黒餡・生クリーム入りなど、こんなに色々な種類があるなんて・・・。お土産に買って帰りたいが、まだ旅は始まったばかりなので、それは断念し、今夜のお茶うけ用に今まで見た事もない巨大な核桃月餅@480円(消費税別)を買った。黒餡の中に混ぜ込まれた塩胡桃が香ばしく、塩味と濃厚な餡のバランスが絶妙。無論、一人では食べきれないので、包丁で切り分けて食べるのが正しい食べ方。うぅん、これは旨い♪ 


09/07/15 山下公園

白い柵の向こうは横浜港

豪華客船・氷川丸

港内観光船ターミナル
横浜市中区山下町

「おぉ~、これは・・・。」視界に飛び込んで来たのは、180度のワイド画面全開の横浜港。園内の随所に配されたベンチに腰かけて、行き交う船やベイブリッジなどを眺めていると、どこか遠い異国へ来たような気分になり、時の経つのも忘れてしまう。こんなに近くに港がある、この贅沢!

ここは、超人気の横浜デートスポット。特に夜景がイチオシとのことだが、昼も親子連れやら熟年グループの散歩などで賑わっていた。観光客ではなく地元在住風の外人が、ゆったりと散歩している姿も多い。横浜は今年が開港150周年。歴史とそれがもたらす貫禄は、さすが横浜。それにしても、山下公園は関東大震災の瓦礫や焼土を埋め立てて造成された公園だと聞く。と言う事は、今、私が踏みしめている足の下は瓦礫ということになる。意味のない物片と化した瓦礫に「復興への希望」という調味料を振りかけて攪拌する。人が念じ、思い続ける意志の力の凄さをつくづくと思う。

ところで、「山下公園」と言えば「赤い靴をはいた女の子像」が有名。「どこだ、どこだ?」と思いつつ、見つけられずに通り過ぎてしまった。後で調べたら、港に向って右手の氷川丸の前あたりにあったらしい。氷川丸までは認識したのだけれど・・・残念。赤い靴の女の子には会えなかったが、サンディエゴ市から贈られた「水の守護神」、「かもめの水兵さんの歌碑」など、園内には多くの碑が建っている。一つづつ、その碑の成り立ちなどを辿ってみた。これも又、楽しい。


09/07/15 港の見える丘公園

フランス山の風車

フランス山・レンガ造り井戸

愛の母子像
横浜市中区山下町

「私の方向音痴もこれ程までか?」と我ながらあきれてしまった。「山下公園」から「港の見える丘公園」へと向かう。気がつけば、そこは「港の見える丘公園」。文字通り、港が見える丘の上の公園で、オフコースやB'Zの歌詞に出てくることでも知られるお洒落な公園だ。で、私の感覚地図によれば小さな山の裾にあるのが「山下公園」。その山の上の丘が「港の見える丘公園」という認識。本当の位置関係を知らないので、地図を頭に描けない悲しさ。調べてみると、二つの公園を「開港の道」という散策路が結んでいるらしい。どうやら、私はこの道を道なりに歩いて行ったら「港の見える丘公園」に着いちゃった!ということらしい。ために、無意識のうちに山の上下という位置把握をしてしまったようだ。実際には、道を挟んだあちらとこちら。・・・。

江戸時代末、横浜が開港した際に、イギリスとフランスが駐留。その後、アメリカ軍が接収したという歴史を持つだけに、山の随所に「フランス山の風車」や「レンガ造りの井戸」などイギリス・フランス・アメリカの跡が残る。展望台は「山下公園」同様カップルの人気スポット。反面、、さすがにこの辺りは人影もなくひっそりとしている。

又又道なりに下って行くと、「ローズガーデン」前の広場に出た。と、その時、父親と散歩に来た男の子が、慣れた様子で水飲み場へ駈け寄って水を飲んだ。そう言えば、横浜は日本で最初に水道が引かれた所。「ハ、そうだ。横浜で水を飲もう!」飲み口から飛び出る水を口を尖らせて吸い込む。生ぬるいのは、この気温の高さでは仕方がない。しかし、どことなく何となく円やかに感じられるのは、歴史ある水!との先入観のなせる業か!?これが、人々のライフラインを確保するインフラの始りと思うと、感慨深い。


09/07/15 横浜外人墓地

外人墓地正門
横浜市中区山手町96

「港の見える丘公園」から山の手を歩いて外人墓地の前に出た。この墓地は、1854(安政元)年ペリー提督とともに日本へ上陸したロバート・ウィリアムズという24歳の水兵が水死したのをきっかけとして作られたとか。以来、外国人やその子孫などが埋葬されている。

門に掲示されていたトーマス・グレーの詩は以下。
  美人の栄華・富豪の驕奢 いづれか無常の風に逢わざらん
  光栄の路、向ふところは墳墓のみ

  百二十五年を古る この墓に眠れるは
  かなたより東のはてなる国をおとのい
  こなた母なる大地に逝きし 四十一(よそひと)国の異邦の魂

  彼らははるかなる異邦より 豊かなる訪れをもちきたり
  東のはてに第二の母なる国を見出しけり
  現世(うつしよ)のはかなきを嘆く魂も 今は安らかにここに憩う
  彼らの願いはたまさかなる追憶ならんや

  世を去りし人々にこの地 静けき眠りを与えん
  明治始まりてより百年を数うるこの年 
  一九六八年にこの碑を建つる
  そは我らのささやかなる 礼を捧ぐものなり     トーマス・グレー

美人の栄華や富豪の驕奢にはとんと縁もなく、ましてや光栄の路など見た事もないこの私でも、結局は向かう所は彼らと同じ墳墓に違いない。あれれ、それ、不公平ではないか?何だかなぁ~。とは言え、人の命には限りがあるという理の前に、粛とした気分が湧きあがってきた。

門を入った右手に洒落た建物の資料館がある。無人なので、入館料@200円を指定の箱に投入してドアを開けた。中は狭いワンフロアーで、この墓地の歴史がパネルと写真で紹介されていた。

墓地の維持管理費のために、週末だけ募金を募り墓地の一部を公開しているらしい。しかし、今日は平日。墓地の中には入れない。傾斜地に立ち並ぶ西洋風の墓を上から見下ろしていたら、西洋式縦型の墓石の上で黒猫がぴくりともせずに爆睡していた。そんな狭い所で寝て、落ちたりしないのかな?


閑話
この辺りは「横浜山手町」。名前の通り小高い丘にある高級住宅街。横浜市内の住宅情報を覗いてみた。住所に山手とついただけで、土地の坪単価がぐんと跳ね上がると言われる一帯なのだそうで、土地だけでも一戸分での値段は億単位だとか。うぅん、ちょっと足りないなぁ~・・・???それにしても、日本全国に「やまのて」という地名の何と多いことか。「やまのて」という地名の陰に、「高級住宅街よ。」というサブタイトルが見え隠れする。ここ「横浜の山手」が、元祖なのかどうかは知らないが、セレブは山の上がお好き!のようだ。今踏みしめているこのわが足の分の土地位なら我が家の貯金で買えるかなぁ?桁が多すぎて計算する意欲すら喪失。まぁ、靴底に高級住宅街の土くれの一片なりともくっつけてくるかぁ。

道沿いには豪華な邸宅や瀟洒な洋館が、途切れることなく建ち並ぶ。多くは門が高くて敷地内を覗き見ることは出来ないが、さすが伝統ある高級住宅街は貫禄が違う。ただ、どの家も一様に「セコム」なのが、不思議と言えば不思議。韓国の高級住宅街・北村韓屋村でも、ほとんどの家が「セコム」だった。国が変わっても、金持ちはセコムがお好き!

 近くには、フェリス女学院や雙葉学園などお嬢様学校がある。横道から学校帰りの女子高生の一群が現れた。折からとても強い風が吹いていて、立っているのもやっとの状態。彼女たちは風の洗礼を受け、鞄で必死にスカートを押えるのだが、風といえどもなかなかに手ごわい。中の一人のスカートが一瞬舞い上がり、下着が丸見え状態になってしまった。マリリン・モンローが、風に吹きあげられてスカートを押える、まさにあんなシーンが目の前に展開した訳だ。本人の恥ずかしい気持ちは同性として手に取るように解る。それだけに、そっと視線をそらせた。彼女たちが通りすぎた後、傍らのツレに言った。「可愛そうだったね。」。「うん。」と素直にうなづくツレ。そして一言。「いい眺めだった。」○×▽□!!!!!





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5日目

東京から京都へと新幹線で移動。何十年ぶりだろう、新幹線。 
閑話・国際協力プラザ
普段から京都は外人観光客が多いのだが、今回は祇園祭ということで街中は一層国際色があふれていた。

京都へ着いて早々、プライベートな事情でメールチェックの必要に迫られていた。しかし、旅にパソコンを持参していない私。・・・どこへ行けばパソコンを使わせてもらえるのだろう?メールチェックだけで済むのだから「ネット・カフェ」に入るまでもないし。そこで、ツレが言った。「確か、京都駅に“国際なんとかセンター”とかいうのがあるらしいから、そこならパソコンあるかも?」

そこは、京都駅ビル9階 京都府国際センター。正式名は、(財)京都府国際センター。平成8年に設立した京都府民のための国際交流機関なのだとか。京都発の国際協力活動に対しての団体支援や活動紹介を行う所で、その一角に待望のプラザコーナーが・・・あった。

室内を見回せば、ほぼ90%は外人観光客で、それも、ほとんどがバックパッカー風。中央のカウンターでは、日本人担当者が押し寄せる外人観光客の相談をてきぱきとこなしている。「パソコン使用のシステムを聞いてみよう」と思いカウンターに近づいたが、前の相談者の懸案がなかなか終わらない。何でも母と二人で京都へきたので、今夜の宿を探したいのだとか。彼の希望額は、予算1泊1人3000円。「げ、そりゃぁ、安いわな。そんな額で泊まれるホテル、あるのけ?」と内心びっくり。今夜からの私とツレの宿も6泊というロングではあるが、日割にすれば彼の予算とどっこいどっこい。こりゃぁ、人の事は言えんわい。担当者は、慣れた手つきであれこれ資料をめくって数軒を見つけ出し、電話で空室確認をした。いや、その手際のいいこと。「あ、窓がない?角部屋?」と電話の言葉を日本語で反芻し、カウンター越しの外人青年に「○×△・・・・」とそれを英語で伝え、それでいいのかどうかと尋ねた。・・・たぶん。すると、彼はOKと大きく頷いた。これで、話は決まった。母親の名前を尋ねられ「キャサリン」と応え、予約の手配に入った。ふぅ~、それにしても、担当者は一見普通のおばちゃんにしか見えないのに(失敬)素晴らしい英語力!ほっとしつつも待ちくたびれて、その場を離れた。キャサリンママと楽しい旅を!

ちょうど、パソコンが一台空いたので、しめしめと腰をおろす。しかし、電源をONにしてみたが、立ちあがらない。どうも使いなれない他人のパソコンは勝手が悪いゾ。などと思いながら、パソコン周辺をながめていた。「あ~でもないし、こ~うでもないし。」とディスプレイを覗きこんでいたら、ちょうど隣にやってきた南方系の外人青年が、私の腕に軽く触れた。日本語なら「あの~。」韓国語なら「チョギ」という感じ。「なに?」と驚いていたら、彼は身振り手振りで、受付でパソコン使用の届けを出し使用許可の札をもらってくるのだと教えてくれた。なるほど。「サンキュー」といいつつ尚もきょろきょろとしている私を、彼は「あそこだから」と手でカウンターを示し、促した。そして、私がカウンターへ向かうのを心配そうに見守っていてくれた。有難う。ちなみに使用料は確か10分100円だったと思う。


それにしても、ここは日本。で、いうまでもなく、私は日本人。当然、言葉だって通じるのに、日本語の通じない外人に日本で親切にお世話をしてもらっちゃった。逆だろう、これは。


09/07/16 祇園祭・宵宮

長刀鉾


孟宗山

占出山

鯉山

黒主山
今更言うのも恥ずかしいが、山鉾が、山と鉾であることを京都へ来て初めて知った。

そもそも祇園祭の始まりは、千百余年、疫病が流行し、それが神の祟りであるとし、66本の鉾をたてて祭事を営み神輿を担いで祈祷によって祟りを払おうとしたことによる。

祭りは1カ月にも及ぶが、そのクライマックスが17日の山鉾巡行。そして、その前夜が宵宮である。夕方から各町で山鉾を飾り、鉾の前後に無数の提灯を駒形につるし「コンコンチキチン、コンンチキチン」という祇園囃子が流れる。まだ明るくて提灯に火がともる処は見られなかったが、お囃子が聞こえてくると、理屈抜きで心が踊る。

ちょうど見かけた鉾と山は
長刀鉾 巡行の順番は籤で毎年決めるのだが、この長刀鉾だけは籤とらずの鉾で、毎年巡行の先頭を行く。稚児が乗るのもこの鉾だけ。巡行当日は見せ場の一つ「しめ縄切り」を行う最も華やかな鉾。
孟宗山 呉の国の孟宗が、寒中に筍を欲しがる病の母のために雪の竹やぶで竹を掘り当てたとうい史話による。御神体は孟宗公。
占出山 神功皇后が、肥前国松浦川で鮎を釣って戦勝のしるしとしたという説話による。御神体は神功皇后。くじ順によるが巡行が早い年はお産が軽いと言われる。
鯉山 龍門の滝をのぼった鯉は龍になるといわれる処から勇ましく滝上りする鯉の姿を表す。水引・前掛・胴掛・見送は全てベルギー製のタペストリーで重要文化財に指定されている。
黒主山 謡曲「志賀」にちなみ、六歌仙の1人・大伴黒主が桜の花を眺めている姿。白髪の黒主像と見送の綴錦は寛政時代の作。

運良く、行者山護摩焚きに出くわした。

正式名は採燈護摩供(さいとうごまく)というそうだ。
この山は他と違い、八坂神社の神官による清払いを行わないので、その代わりに、17日に修験道本山・聖護院の山武士が参詣して採燈護摩供を行うのだそうだ。ということは、明日に先だって山のお祓いをするということだろうか。

弓矢や大きなマサカリを振り回し、読経の中で法螺貝が吹き鳴らされ、護摩木に火が付けられた。これが凄い煙で、火事かと見まごうほどに煙で何も見えず、目はシバシバする。ゴホゴホと罰当たりな私。


ここでの護摩焚きは、午後からとだけ知らされていたらしい。山伏たちはここへ来るまでにあちこちと山を経てくるのではっきりとした時間は誰も解らないのだそうな。見物の皆さんは、この時を何時間も待っていたようだ。ところが、儀式が始まるのを待っていたように、空からは雨が落ちてきた。何と意地悪な!ただでさえ暑いのに、火の前で雨に打たれながらの見物。押すな押すなの人垣で、多くの人が、右手に傘、左手に扇子という奇妙な見物スタイルを繰り広げていたのには、ちょっとびっくりだった。

それにしても、ぶらりと歩いて来て、こんな珍しい儀式に、よくぞ遭遇出来たものだ。感激。



09/07/16 ウィークリーマンションロイヤル京都駅前

玄関前の花は、スタッフの方のおかん作
京都市南区東九条南山王町10

「今年も、京都ではウィークリーマンションに泊まろう。」と昨年お世話になった所をネットで調べたら、何と閉鎖になっていた。「では、どこに?」とあれこれ調べてヒットしたのが、ここ。2名1室6泊7日で27600円。寝具が1人分ついているので、2名が泊まる場合は1名分追加でプラス@500×6泊=3000円。計30600円也。(1人1泊@2550円相当)これには光熱費などの一切合切が含まれているのが嬉しい。

京都の地下鉄は、東西線と烏丸線の2本。畢竟、観光が担うバスの比重は大きい。その証拠に、京都の観光ガイドを開けば、京都駅から○○行きバス○分というように、バスでの案内がほとんど。そして、そのバスは京都駅が始発なのである。そうとなれば、ネグラは京都駅から徒歩圏内がベスト。その点、ここは京都駅八条東口(新幹線側)より南へ徒歩5分と希望条件にぴったり合致する。

どきどきわくわくしながら部屋に入った。ベッドは、シングル1つと折りたたみ式のエキストラベッド。エキストラベッドを使ってのツレの感想は「全然、問題なし。快適に寝た。」。台所はIH。鍋や食器など、生活に必要なものは一通りそろっている。その上、室内に洗濯機が装備され、お風呂では洗濯物の乾燥が出来るので、とても便利。というか我が家に持ち帰りたいくらい。汗が流れる様な京都の夏、これは本当に重宝した。

スタッフのブログによると、お風呂は汚れを指で感じられる様にゴム手を使わず素手で掃除しているそうだ。風呂と言わず、部屋全体の掃除が行き届いていて気持ちがいい。 



6日目

09/07/17 祇園祭・山鉾巡行

メイン会場
ほとんどが貴賓席か有料桟敷席

綾傘鉾のパフォーマンス
祇園祭の山鉾巡行は「動く美術館」とも言われる。今年の山鉾は合わせて32基。中には重要文化財指定を纏うものもあり、それは本当に「動く時代絵巻」そのもの!

 中でも人気なのは「蟷螂山」。通称、かまきり山とも言う。このかまきりはカラクリが施され、動く。こんな仕掛けは蟷螂山だけで、子供や若い女の子は、歓声をあげて楽しんでいた。確かに、実に可愛い~。人気という点においては、山鉾の一番人気。

 さて、次に目を引いたのは「綾傘鉾」。子供一人に傘一本をかざす。やがて、赤熊をかぶり棒を持った人が、太鼓や笛に合わせて踊ってみせる「棒ふりばやし」を繰り広げる。ちょっと見、赤い髪は熊というより河童に見えなくもないが、ひょうきんで楽しい。

 ところで、この山鉾のもう一つの見せ場は、辻での方向転換「鉾まわし」。カジのない鉾の辻まわしは大変な作業。一方の車輪を縄で止めて、竹や板を敷き水をかけ、テコを使って車輪を滑らせるという、ただ山鉾を回すだけに、気の遠くなる行程が必要となる。それだけに、この山鉾巡行の醍醐味を見ようと集まった辻辻の人の波は、それは凄い!

 初めての私とツレ、一体どこで何を見ればいいのか、という全体像すら把握していないまま、取りあえず、朝、烏丸四条の交差点へと出向いた。想定通りの人出。
 山鉾の登場を待っていたら、少し後方の若い女性が「やっぱり、そうですよねぇ。」とデジカメを手にツレに恐縮したように言う。実はその後方にいた老夫婦が「見えないので、これに写していただけますか。」と、前に立っていた彼女に頼んだのだ。老夫婦の奥さまの方は車いす。聞けば長野から来たのだと。後ろで柔らかくほほ笑むご主人が印象的だ。で、手こずる彼女を見かねたツレの診断によれば、充電が切れたようだとのこと。そこで、件のツレへの言葉が聞こえてきたと言う顛末らしい。それを聞いて、「せっかく、長野から来たのに!」と、前にいたご婦人が、体をはすにして車椅子の奥さんを自分の前に入れた。すると、カメラ撮影を頼まれた彼女は、躊躇い迷いつつ汗を浮かせながら、車いすのご婦人のために席を開けてもらおうと、最前列にいた若い二人連れの女性の腕にそっと触れた。しかし、この女性たちは中国人。言葉が通じない。そうと知って、周りの人々が身振り手振りで事の顛末を伝えた。かくして、最前列の中国人女性たちは笑顔で場所を開けてくれ、無事、車椅子のご婦人は最前列で観られる事となった。写真が撮れなかったのは残念だけれど、このご夫婦にとって、いい思い出になっただろうか。

 言えば、私たちもそうなのだが、中国人の彼女たちにしても、二度と山鉾巡行を見る機会があるかどうかは解らない。それでも、あの時あそこにいた人々の思いは一つだった。世の中、捨てたもんでもないなぁ。と、ふと温かい思いが胸をかすめる。


09/07/17 あの世への入り口・六道珍皇寺


中央が小野篁、左が閻魔大王。


篁が夜ごとこの井戸を通ってあの世へ!

霊を現世に呼び戻す「迎鐘」
建仁寺への道すがら、不思議な寺に迷い込んだ。その名「六道珍皇寺」。地元の人は「六道さん」と呼ぶ。この辺りは、死人を野辺送りにする時に通る「死の空間」で「六道の辻」とも呼ばれている。つまりあの世とこの世の接点ということ。 六道とは「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人間」「天上」の6種の霊界のことなのだそうだ。

閻魔堂には篁と閻魔大王の像があるが、これも四方が壁に囲まれ隙間からのぞき見てその姿を拝む様になっている。上の写真は、隙間にカメラを差し入れて、やっとの思いで撮った苦肉のワンショット。

ここに祭られているのは、閻魔大王と平安初期の宮廷官人・小野篁(おののたかむら)。漢詩は「日本の白楽天」と呼ばれるほどの天才で、その上当代随一の学者でもある。さらに剣術・乗馬などの武芸に秀でた長身のイケメンだったとか。そうと聞けば、ちょっと、お会いしてみたい気もするが・・・。ちなみに、かの絶世の美女・小野小町は、篁の娘とも姪とも孫とも言われている。いずれであるかは別としても、とにもかくにも遠戚関係には違いなさそうだ。

昼は真面目な公務員の篁も、夜にはこの井戸を通じて冥界へ入り、閻魔王庁で裁判を手伝っていたとされている。となると、この井戸の出口はどこだ?文献によると嵯峨野の某寺の井戸だったが、今は廃寺となったのだと。と言う事は、嵯峨野まで地下道を掘ったのか?なんて、思ってしまうのは凡人の発想の貧困さ。とは言え、理解を超えるミステリアスな話にくらくらしてしまいそうだ。

境内には魂を迎えるための「迎え鐘」がある。四方に穴が開いた壁に囲まれ、その穴から鐘につながった綱を引くと鳴らすことができる。この鐘の音が、亡者の魂を呼び寄せるのだとか。試しに私も綱を引いてみる。力が足りないのか、引き方が悪いのか、鈍い音が響いた。これで、どこぞの亡者さんに聞こえただろうか?

六道珍皇寺の近くの店で「幽霊子育て飴」の看板が出ていた。「 昔、この近辺で夜な夜な飴を買いに来る女性がおり、調べると身重のまま死んだ女性が死後出産した子に食べさせる飴を幽霊の身になって買いにきた。」昔話・子育て幽霊の話の発祥は、このあたりだったのか。ここにも六道ミステリーの香りがプンプン。昔、「六道の辻よりも東はあの世」と言われていたそうだ。あの世とこの世の間に身を置くと、背筋を冷たい物がツゥーと走り降りたような気がする。ここ六道珍皇寺では、毎年8月初めに、先祖の霊を迎える「六道まいり」が営まれるそうだ。あの世とやらを、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ覗いてみたい。勿論、出口の井戸を用意してからネ。


09/07/17 たまゆら

前菜

サラダ

焼き

メイン

はも皮の炊き込みご飯

デザート
京都市中京区四条通り先斗町。

昨年、鴨川沿いを歩いていたら相棒がぽつんと言った。「一度、祇園か先斗町の店で食べてみたいなぁ。」それは、私も全く同感。しかし、どの店に入ればいいのか。どこも値が張りそうで、敷居が高い。

今回は昨年の経験を踏まえて、出発前に調べた目指す先斗町の店へ直行。その店は容易に見つけられたのだが、どうもイメージが違う。何だか入り難く、気分が乗らないのだ。で、そこをやり過ごして道沿いに立ち並ぶ店を覗き見していて足が止まったのが、ここ。実は、店先に出ていたランチメニュー情報に惹かれたのが真相ではある。

味覚ランチ(本来は土日メニュー。今日は祇園祭のため特別) @1575円。
前菜 ★汲み上げ湯葉の刺身
★はもの焼きしゃぶと赤ずいきのトマト風味
★伏見唐辛子のさっぱりマリネ(アンチョビソース)
サラダ 京水菜のはりはりサラダ
焼き 賀茂茄子のグラタン(味噌風味)
メイン ★貝柱の網焼き(京しば漬けソース)
★めひかりのフリット
ご飯 白飯(+315円で「はも皮の炊き込みご飯」へ変更可)
デザート キャラメルアイス

店の暖簾をくぐると、料理人との対面式カウンター10席。奥に小さな個室がある模様。

店名からして和食の店だろうと思いきや、「おや、これは何とお洒落なインテリアと雰囲気ではないの。もしかして、洋食屋さん?」カウンターの向こうで立ち働くのは、20代後半か30代に入ったかという年恰好のご夫婦。いや、確認はしていないけれどね。

「写真、撮っていいですか?」と聞くと「どうぞ、どうぞ。」と快諾してくれた。最近、思う。料理の写真を撮ることを断る店は、どういう理由なのだろう。食器・分量、その全てを写真はある意味現実よりもリアルに写しだす。それが同業者の目に触れると、自店の値段を下げたり、料理をまねたりという営業妨害になるという。店の経営なぞ経験のない私には何とも言えないのだが、客の立場で言えば、店側が写真に撮られてもいいというのは、自分が提供した料理に自信を持っているということで、「えい、どこからでも見てくれ。食べてみろ。」という料理人の心意気と潔さが伝わってきて、素敵だ。

私とツレが一番奥の席につくと、ぱらぱらと客が入り出し、奥から順に席を埋めていき、間もなく満席となった。こういう店の場合、手前にどかんと席を占められていると後から来た客は入りづらいのが常。誰に促された訳でもないのに、客の方もなかなかに小粋だ。とは言え、ランチの客なので、それぞれが一見さん!だと思うのだが。

料理は、勿論うまい♪加えて、皿や盛りつけなども洗練されている。この心落ち着く間は何だろう?
小股が切れあがって洗練されたスマートさは、通好みの店。機会があれば、夜も覗いてみたい。


09/07/17 建仁寺

本坊

○△□乃庭

方丈の庭(潮音庭)

方丈の石庭(大雄苑)

安国寺恵瓊の首塚

秀吉ゆかりの茶室「東陽坊」

風神雷神図

小泉淳氏作「双龍図」
京都市東山区小松町584 参拝料@500円。

ず~っと気になっていた。ここは、昨年泊まったウィークリーマンション・東山IVYのすぐ傍にある。その気になれば、いくらでも来る機会がありそうなものだが、近すぎて何故かご縁がなかったのだ。

祇園祭の山鉾巡行が午前で、その日夕方からは八坂神社前に神輿が集結する「神幸祭」があると言う。それなら、その間、あまり遠くへの観光は出来まい。という訳で、午後の観光は八坂神社からも近いこの寺へ決定。

本坊に入るとまず視界に飛び込んでくるのが、俵屋宗達の「風神雷神図」。(国宝)無論、レプリカで、原本は京都国立博物館にあるそうだ。ちょっとがっかり。

坊内は広い。○△□乃庭越しに潮音庭を見渡す。え~と、木の根元が○で、井戸が□。すると、△はどれ?目で探してみるが、解らない。何でも説明書きによると「単純な三つの図形は宇宙の根源的な形態を示し、密教の六大思想(地水火風空識)を地(□)、水(○)、火(△)で象徴したものといわれる。」のだとか。私も含めて、訪れる人の多くが目を泳がせて○△□をつい探してしまう。

潮音庭の縁側に腰をおろす。常時多くの人が、同じ様に座り込んで庭を眺めているのに、何故か人の気配を感じさせない。不思議な静寂が、ここにある。

平成14年(2002年)創建800年を記念して天井に描かれた「小泉淳作画伯」筆の双龍を見ようと法堂へと向かう。この先は、拝観料@500円。そのため、本坊から一旦外のロックされた木の柵を2箇所通過しなければならない。一つ目を通った。で、次の柵・・・どうすれば、入れるのだろう?うろうろして前の柵のあたりへ戻って、説明書きを今更ながら柵越しに覗きこむ。振り返れば、後続のおじさんも同じように私達と一緒になって右往左往。すると、大学生風の男性旅行者がやってきて、私達に気づいた。「あ、○○○○(数字数桁)を押せば開きますよ。」と男性。「え、どうして解るんですか?」と私。「あそこに書いてありました。」「・・・・」
反省:知らない所に来た時には、四方に目を配り説明板はしっかり読むべし!!!

冷汗をぬぐいながら歩いていたら、一本道なので双龍見学を終えた人々と遭遇。ツレとすれ違いざま、イケメン外国人が気軽な調子で声をかけてきた。しかし、何を言われたか解らず、きょとんとしているツレ。その言葉を頭の中で何度か繰り返していたら、はたと閃いた。今日のツレの装いは、胸に「風流」という文字と波しぶきと鳥が描かれたTシャツ。これが、外国人には格好よく見えたかな?そうとなれば、彼の言った言葉が「Nice Tシャツ。」だったような気がする。慌てて「サンキュー。」と返したら、にっこり笑顔が戻ってきた。それにしても、Tシャツって、英語だった?和製語じゃぁなかったかな?


09/07/17 祇園祭・神幸祭
午前中の山鉾巡行を見物し、夕方6時から八坂神社で営まれる「神幸祭」に出かけた。

祭神を奉じた3基の神輿が一旦八坂神社石段下に集結した後、氏子地域を練り歩き、四条御旅所へ向かうのだそうだ。ならば、見物のベスト・スポットは八坂神社前だろう。しかし、何と言う人の多さだろう。なぁんも見えやしない。カメラを持った手をめいっぱい持ち上げてシャッターを押すのが、やっと。聞きしに勝る人出だ。その上、折りからの雨で前の人たちが傘をさし始め、ますます見えなくなってしまった。

掛声とともに神輿が上下し、人垣の隙間から揺れる神輿がちらと見えた。これを「差し上げ」というようだ。この知識のネタ元は、その晩MNの部屋で見たテレビニュースから。山鉾巡行は、リアルタイムでテレビ放送していたし、神幸祭も最前列のさらに前に報道陣が入り込み、観客から「見えないぞ。邪魔だ。」などと罵声を浴びせられつつも、身を縮める様にしてカメラを回していた。仕事とは言え、大変だ。そんな訳で、現場で見るよりもテレビで見る方が、より詳細にかつ鮮明に見ることができる、ちょっと、歪んだ現象。

ちなみに、3基の神輿はこの後それぞれ祇園、三条通、寺町通、河原町通などを練り歩き、24日の還幸祭まで四条御旅所に鎮座するそうだ。

 
山鉾巡行で書き漏れたが、あの煌びやかな山や鉾はこの神幸祭で八坂神社に戻ることはない。山鉾は災いを払うためのものなので、災いを八坂神社に持ち込むことなく、巡行が終わった時点で解体されてしまったのだと。巡行見物の折り、隣で見物していた男性が詳しく説明してくれた。随分と物知りなので毎年見ているのかと思いきや、二度目だという。溢れる興味が知ろうとする意欲となり、彼を「生きる祇園祭り辞典」にしたのだろうか。

MNへの帰り道、京都でのラーメン初体験。
09/07/17 大王ラーメン
     京都市烏丸五条下る東側

神幸祭からの帰り道、ラーメン店の窓硝子越しに外人カップルがラーメンを食べている姿が見えた。ここは一昨年京都を訪れた時の宿「スーパーホテル京都烏丸五条」の真向かえ。部屋の窓から見える「大王ラーメン」の看板を眺めつつ「食べてみたいねぇ。」と相棒と言い合っていた所でもある。

絵から抜け出た様な外人カップルに魅かれて、店内へと入った。中は、コの字型のカウンター2つのみ。かなり狭いが、客の回転が速いので左程気にはならない。

写真はラーメン並@580円。スープは鶏がらと豚骨。つゆの色は薄めで、少々豚骨の濁りあり。北海道仕込みの私には、麺が少し細く感じられる。北海道だって、函館とか旭川は細麺がウリだけれど、札幌ラーメンに慣れているもので・・・。味の方は、こってりそうに見えるが、意外にもさっぱり系。おいしゅうございました。

丼の底をつっつきながら目を上げれば、件の外人カップルはまだ一生懸命に麺を口へと運んでいた。「おっそ~い。」ま、箸の文化圏から来た風ではないから、時間がかかるのももっともだけれど。それにしても、これでは麺がのびちゃうでしょ!と余計な心配をしてしまった。

彼らは麺を1本箸にひっかけて持ち上げ、箸のあたりを口に入れ、その先に垂れている麺の先へと箸を迎えにやってやっと1本を口の中に収めるという行為を延々と繰り返していた。そのうち、まるでスパゲティーを食べる様にレンゲの上に麺を乗せて箸でくるくると巻き、それに胡椒を振りかけて口へと運ぶ。にしても、何か変だなぁ。で、ふと気がついた。日本人ならこんな時、無意識で麺をすすって食べる。しかし、外人である彼らには「すする」という習慣がないのだろう。

鼻の頭に汗を浮かせて、真剣な面持ちで麺と格闘中のカップルを後にして、お先に店を出た。いやはや、文化・習慣の違いというのは、大変な重労働だなぁ。



7日目

まずは、バスで阪急・嵐山駅に到着。そこからは、足のむくまま気のむくまま。
09/07/18 十三参りの寺・虚空蔵法輪寺

参道の階段


本堂


狛犬ならぬ狛牛


多宝塔


針供養塔
京都市西京区嵐山虚空蔵山町16 参拝は無料。

「嵯峨の虚空蔵さん」と親しまれている法輪寺は、ご本尊「虚空蔵菩薩」が智恵と福徳、技芸上達の菩薩様として古来より篤く信仰されてきた古寺。今昔物語や枕草子にも記述があり、「十三まいり」の寺として往古から有名なのだとか。ちなみに、[十三まいり」というのは、生まれた年の干支が初めてめぐってくる年に(数えの13歳)知恵を授けてもらうために親子でお参りするならわしのこと。始まりは、今から百年も前に遡る。

本堂前には、向かって右側に阿(あ)と口を開けた虎、左側に吽(うん)と口を一文字に閉じた牛の像があった。きちんと阿吽で一対にはなっているが、普通は同じ動物である場合が一般的。なんでも、ご本尊「虚空蔵菩薩」が丑寅年生まれの護り本尊なためというのが、牛虎の理由なのだそうだが。珍しついでに、もう一つ。神社に狛犬、いや狛虎牛なら解るが、ここは寺。どうして、寺に狛虎牛があるのだろう・・・?

さて、この寺でもう一つ有名なのが「針供養」。皇室で使用された針の供養を天皇の命によって始めたのが起源といわれている。今でも、毎年12月の針供養の際には、皇室から預かった針の供養が続けられているとのこと。

写真左奥の赤垣の向こうには「葛井(かづのい)」があった。この地域を葛野といい、そこにある井戸ということで葛井と言うそうだ。葛野は中国から渡来したといわれる工芸・技芸に秀でた秦氏一族が発展させた土地で、この寺発祥の場所でもある。赤い垣根ごしに覗き見れば、くもの巣がかかり、廃材・廃物がごろんと横たわる。あまりに荒れ果てた様子に、愕然としてしまった。

嵐山に位置し、天龍寺からも近い。しかも、これ程までの歴史を持つ寺である。なのに、今は観光客がほとんど寄りつかない。ツレがトイレの帰りにふらっと傍の路をのぼると見晴らし台の様な所へ出たという。そこは、嵐山が一望できる絶景ポイントだったと。この寺には、人気観光コース「嵐山・嵯峨野散策路」に組み込むためのウリにする材料は、あちこちに転がっているのに。勿体ない。


閑話・嵐電嵐山駅界隈

渡月橋

美空ひばり座

冷やっこい胡瓜@160円
嵐電・嵐山駅にさしかかると「おう、俺が御馳走してやる!」とツレが一目散に駈け出した。目指す先は、駅前で販売している「冷やっこい胡瓜」。胡瓜の塩漬けを一本まんま販売している。それも、氷でしっかりとひやして。こんな暑い日に食べるなら、冷たいソフトクリームよりもこっちの方が断然うれしい。

割りばしに刺した一本まんまの浅漬け胡瓜にかぶりついた。ひゃっこくて、うま~い。この暑さの中、ちょっと生き返った心地がする。ところで、ツレが何故にこれを知っていたのか?尋ねれば、以前テレビの旅行番組で見たので機会があれば食べてみたいと思っていた!そうな。いやぁ、3塁打位の大ヒット。

冷やっこい胡瓜売場のまん前にあるのが、美空ひばり座。ファンでもないし興味もないので、素通りするべく前を通ったら、入口にお茶のサービスがあった。写真では向かって中央よりやや左の白い部分。お茶好きのツレが立ち止まり、手を伸ばしてセルフでお茶を飲む。と、そこへそのお茶コーナー担当らしきおばちゃんがトイレでも行っていたのか、息を切らせて駆けてきた。お茶をすするツレを見て「え、あらぁ、まぁ。」と一瞬絶句。と、文字にすれば穏やかだが、その雰囲気たるや険悪そのもの。「何、この人。何て図々しい人なの。」と顔に書いてある。それで、やっと解った。実はそこはお茶サービスコーナーではなくて、お茶販売コーナーだったらしい。かのおばちゃんが通りかかった人に試飲を勧め、販売するためのお茶セットということか。ツレの名誉のために一言添えておくと、この時期の京都の観光地では、飲み物無料サービスコーナーと言うのがままあるのだ。その上、ここには販売する商品の陳列もない。とは言え、おばちゃんはさすが商売人。気まづい空気の後、渋面を引っ込めて引きつった笑顔を貼り付けた顔を向け、取ってつけたような愛想を振りまいた。旅の途中でもあり、気分次第ではここで土産にお茶を買っても一向に構いはしない。が、軽蔑の顔を向けられた後では、こちらとて興ざめ。今更、愛想よくお茶を勧められても、もうその気にはなれない。意地でも買うか!


09/07/18 天龍寺


総門




特別拝観「雲龍図」加山又造画伯

放生池の蓮

庫裡

前管長・平田精耕筆の達磨図

大方丈から曹源池庭園

曹源池庭園

龍の襖絵

渡り廊下

大方丈

多宝殿の天皇像

瓦も「天龍寺」

硯石

勅使門
20代の初め、昼休みに友達と職場で弁当を広げていた。と、その時、その友達がつと箸を止めて「あ~、京都でも行きたいなぁ~。」と呟いた。その一言が、全ての事始め。「じゃぁ、行こうよ。」と私。当時、弟が京都の大学に在学中。そんな事情が京都を私の身近に手繰り寄せたのかもしれない。残りの昼休み時間に旅行プランを練り上げ、午後の始業と同時に彼女と私のそれぞれの上司に休暇願を提出。翌日、朝早い電車に飛び乗った。

何故、陸路を選んだのか、今となっては定かではない。京都のどこに泊まったのかも、記憶の外。ただ、その時、この天龍寺に行ったことだけは鮮明に覚えている。池にいた鯉がとても大きかったことと、近くの店で番傘を買って帰ったこと。それにしても、「明日から旅行をしてきます。」と私に言われた時の上司の驚愕の表情が、今も思い出されてならない。ただ、自己弁護をする訳ではないが、仕事面では一段落ついていたので職場に迷惑をかける心配はなかったのだが。若い時のやんちゃと無謀を思い出すと顔から火が出る思いだ。

以来の再訪。参拝料・本堂と庭で@600円。

天龍寺は、吉野で崩御した後醍醐天皇の霊を慰めるために、足利尊氏が高僧夢窓国師を開山として、亀山離宮を禅寺にあらためたのが始まりという。禅寺夢窓国師による庭園(曹源池庭園)が、国史跡・特別名勝第一号で世界遺産に登録されている。格式高く、建造物や庭園など見所が多い。まさに、京都でも指折りの寺院である。本堂&庭の拝観料@600円。

あの時と同じように池には鯉がいた。しかし、その他は全く記憶の中のイメージとは違っていて別の寺に来たような気がする。記憶と言うのは、実に曖昧だ。

総門をくぐってすぐの放生池では蓮の花が満開。清楚なピンク色の花びらの中には黄色い花芯が覗く。刃物ですぱっと切ったような平らな表面には沢山の穴があり、それはあたかもジョウロの口のようだ。こんなに近くで見たのは初めて♪
ハスはスイレン科ハス属で古い時代に中国から渡来した多年生の水草。紫色かかったピンクのつぼみをつけ、開花後数日で紅色→桃色→白色と変化し花びらはす ぐに落下します。花開くとその真ん中に1センチほどのきれいな黄色の花床(蓮台)ができています。数日で直径3センチほどの緑色に変化し、やがて茶色い大 きな花床に成長し落下します。ハチの巣に似ているので蜂巣(はちす)ともいわれ、果実は楕円形で固い表皮に覆われて何百年も生き続けます。(京都民報より)
なるほど~。

天龍寺の建立費用をまかなうため、 「天龍寺船」を元の国に派遣し、その貿易の利益で造営が進められたことでもその名が知られているのだとか。この広大な境内を見れば、その貿易が順調でいかに潤沢な財源を創出したかが一目瞭然。しかし、度重なる火災により再建時の建物のほとんどは消失し、今、残っているのは、その後に建てたもの。中で唯一当時のままに残るのは、禅寺夢窓国師による庭園(曹源池庭園)。650年前もここにこうしてあり、人の目を楽しませていたかと思うと厳粛な気分になった。

多くの人々が大方丈の縁側に座り、庭園を見つめる。私とツレもならって腰をおろした。と、目の前に女性3人が現れて庭園をバックに写真撮影を始めた。モデルは若い女性2人。「はい、写しますよ。笑ってぇ。」と、撮影者の中年女性が言うと、写される2人組の1人が「大丈夫、美人は美人なりに。」と呟いた。それが聞こえてしまった私とツレは、思わずぷっと噴き出してしまった。失敬。いや、彼女たちが美人ではないという意味ではない。可愛いよ。ただねぇ、言葉が途中で切れているのがミソ。美人が美人なりに写るなら、ブスはブスなりに写るということになる。彼女が美人で止めたのは、私たちは美人に写るハズという明るいユーモア。「あ、笑われちゃったよ~。」と、私たちの爆笑に彼女たちも大笑い。「いや、そうじゃぁなくて、美人だよ~。」と訂正に大慌てな私。4人で腹を抱えて笑ってしまった。ちなみにカメラマンはこの場で撮影を頼まれた一見さんだった。庭園拝観料は@500円。


嵯峨野百景

竹林

竹林から仰ぎ見る空

トロッコ嵐山駅

トロッコ列車

駅の売店
天龍寺を出たあたりから竹林に出た。竹が作り出す日蔭は、何よりの涼。

ちょうど、そこへ観光用人力車が通った。客は若い女性二人連れ。男前の車夫氏は一生懸命に観光案内中。もれ聞こえてきたのが、こんな会話。「この竹がここまで大きくなるのに、どの位かかるか解りますか?」首をかしげ、迷った挙句に客の二人が言った。「・・・30年位?」すると、得意げに車夫氏が答える。「いえ、1年なんですよ。」「ええええええええ。」はい、私も知らなんだ。感心していたら、隣でツレが「俺、知ってたもんね。」と得意顔。竹の成長は非常に早く、それだけに手入れが大変なんだと。それにしても、ツレはどこで仕入れたのだ、その話。


鉄道大好きなツレが、トロッコ嵐山駅からトロッコ列車に乗ってみたいと言う。が・・・チケットはすでに売り切れ。評判通りの大人気ぶりだ。乗るとすれば、次の便まで約1時間程待つしかないので、今回はトロッコ列車を断念。そうとなれば時間はたっぷりとある訳で、売店を覗き見る。

取りあえずは、腹ごしらえ。売店できつねうどん@350円。竹林とトロッコ列車を眺めながら箸を動かすと、どこから来るのか解らない解放感がある。お味は薄味。この値段なので、小腹がすいた時には一押し。

箸を置いて、売店を見回す。あらあら、不思議なもの、発見!帽子兼扇子。竹のような素材で、って、その場では気付かなかったが、ここは竹の宝庫なのだから、あれはやっぱり竹だった可能性が大なのだ。畳んである竹の束を広げると扇子になり、その端同士をくっつけると帽子になる。うぅん、発想が面白い。心魅かれ迷った末に購入を断念。日常使いには、少々ごっつい気がする。たぶん、家に帰ったら使わないだろうなぁ。でも、心が残る。


たま~にしか車が来ない道

落柿舎

周辺風景

西行井戸百人一首碑

ニ尊院
竹林を抜けると、静かな田園風景が広がっていた。道端の木には、かまきりがしがみついている。私は札幌生まれで田舎というものを持たないが、想像するに故郷とか田舎というのはこんな景色ではないかと思う。田園の間を観光用の人力車が時折通る。ますます、のどか。

程なく、落柿舎についた。が、今日は工事中で閉館。
ここは芭蕉十哲・向井去来の住まい跡。当時、庭にあった40本の柿の実が一夜にして落ちつくし、買約済みだった商人を気の毒に思い、代金を返してやったのがその名の由来という。芭蕉が訪れたことでも知られているようだ。もう随分前に、訪れたことがある。今にも壊れそうな小屋とその傍にあった細い1本の柿の木。「こんな小さな木になる実の数など、たかが知れているだろう。商人が予約する程の実がなるなんて、眉に唾ものか?」と思った。ま、当時は40本あったなら、今とは余程に様子が違うのだろうが。と、何気なくネット検索してみたら、な、な、なんと立派な柿の木の写真が載っているではないの。しかも、どうやら中には庵が幾つかあるらしい。今にも壊れそうな小屋って、おい、こら。するってぇと、私の過去の記憶は・・・。狐につままれたような気分。


09/07/18 祇王寺


庭と庵

双葉葵

祇王・祇女・母(刀自)の墓&清盛公供養塔

京都市右京区嵯峨鳥居本小坂町32  参拝料@300円

「あれ、この窓、見たことある。」と思った方も多いはず。実は、これ、祇王寺の庵にある吉野窓。光の入り方によって影が虹色に映るという不思議な窓である。ネスカフェの香味焙煎のCMでお馴染みの窓と言った方が解りいいかも。広い座敷に静寂を纏って凛と鎮座する窓かと思いきや、小さな小さな一間っきりの庵の中にひっそりとあった。格子の竹の影が虹色に染まっている。障子ごしのやんわりとした色合いが、何物にもおかしがたい品格を醸し出す。紅葉の頃の美しさは、推して知るべし。と言う事か。庵内は、撮影不可なため、左の写真は祇王寺のHPから拝借した。

祇王寺は、平家物語ゆかりの庵である。
白拍子・祇王が時の権力者・平清盛の寵愛を一身に受けて3年。ある日、仏御前という白拍子が清盛の心を奪い、祇王は邸を追われてしまった。その後、「仏御膳を慰めよ。」と清盛に呼び出される。清盛の心ない仕打ちに傷ついた祇王は、同じく白拍子の妹・祇女と母・刀自の3人で尼となり、嵯峨の山奥に庵を結び、静かに余生を送っていた。ある秋の夜、祇王の現在が明日の我姿である事を悟った仏御膳が尼姿で庵を訪れ、以来4人が共に住まい、一心に往生を願って念仏を唱えたという。庵の仏壇には、本尊大日如来像が祀られ、その両脇に清盛、祇王、刀自、仏御膳の木造が安置されていた。ちょっと、待てよ!そもそもの始まりは、清盛が祇王から仏御膳へと心変わりをしたこと。いわば諸悪の根源は清盛にある。であるのに、偉そうな顔で彼女たちと共に仏壇に納まっているなんて、厚かましい。・・・あぁ、そうだった、そうだった。清盛は、「平家物語」でも明らかなように驕れる平家だったわさ。

お寺というには、あまりに質素な草ぶきの庵。そこには、広くはないが見事な苔が生える庭が広がっていた。その中に、双葉葵を発見!「この紋所が目に入らぬか。」の徳川家の紋所は三葉葵だが、双葉葵の葉を3枚組み合わせたものだとか。そう言えば、昨年訪れた下賀茂神社の葵は、間が悪かったのか、すっかり枯れていた。「ほぉ、これが葵か。」妙に感動した。ここでお目にかかれるとは、嬉しいサプライズ。にしても、こう言っては何だが、ドクダミの葉にそっくりなのねぇ。。




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8日目

本日の行き先は「醍醐寺」。アクセス・ルートは色々あるようだが、今日はJR山科駅から徒歩で。

駅に繋がるショッピングセンター
アルプラザから地上へ這い上がる

新築の家が建ち並ぶ

ここは伏見区

醍醐寺は西国11番札所

醍醐寺の外塀


09/07/19 醍醐寺

仁王門

仁王門をくぐると

金堂

五重塔

真如三昧耶堂の涅槃像


祖師堂
弘法大師と理源大師

屋根の鬼瓦

弁天堂

鉄の扉の向こうが上醍醐
一度通ると戻れないそうな
京都市伏見区醍醐   秀吉の醍醐の花見で有名なお寺。
三宝院・伽藍(金堂・五重塔)・霊宝館のうちいずれか2館の拝観が@1000円。

醍醐寺は、醍醐山の上から麓までの広大な土地を持ち、弁天堂のあたりから上が上醍醐、下を下醍醐と言う。私とツレが訪れたのは下醍醐で、山裾の方。鉄の扉の向こうでは、登山風のいでたちの人々が歩いていた。昨年の鞍馬山程度を想定していたので、今日の装備では少々不安になってきた。残念だが上醍醐の方は今回は断念することに。何と言っても、一度通ったら二度とは戻れないという鉄の扉に気持がひいてしまった事は否めない。後で調べたら、おそるる程でもなさそうな~。あのまま行っても大丈夫だったかも?思えば、少々悔いが残る。

歴史を紐解けば、中世から日本仏教史上中枢的位置を占めてきた醍醐寺ではあったが、幾多の戦火を潜りぬけるうちに壊滅状態に陥った。それを復興したのが、秀吉である。

秀吉が世を去る数か月前、「この地で花見がしたい。」と言いだしたために、大慌てで約700本の桜を移植して花見の会場を急ごしらえしたのが、醍醐寺が桜の名所となったそも初めと言われている。秀吉の気まぐれの産物と言うことか。

醍醐寺上醍醐准胝堂の本尊・准胝観音は、別名・准胝さんと呼ばれているそうな。ところが、昨年、落雷により准胝堂が焼失したために、代りに女人堂の観音像を下醍醐・金堂に移したそうだ。ツレと二人、人の後について金堂内正面の大きな祭壇の前に進みいくばくかの賽銭を投入、手を合わせて参拝をすませた。で、外へ出て、ひらひらとたなびく「准胝さん」の赤い幟を目にしたツレが呟いた。「准胝さんって、どこにあるのだ?」。「え~~、今、祭壇の前にちんまりと鎮座してたでしょぉ。見なかったの?」と聞くと、「え?どこで???」。せっかく、ここまで来たのだし、という事で再び金堂へと取って返した。准胝さんは高さ約31センチの木造。とっても小さい。ツレが見逃したのも、無理はない。(写真は醍醐寺に貼られていたポスターから)

三宝院
醍醐寺の本坊にあたるのが、「三宝院」。建物のほとんどが重文指定されている。庭園を見渡せる表書院は寝殿造りで桃山時代の代表的建造物としてこれもまた国宝指定。・・・に、しても、この物々しさは何?建物のあちこちで目を光らせて監視する中年女性たち(以後、Ms.A=ミズ・エー)は、ボランティアだろうか?大学生風の男性が、カメラで庭園を写した。途端に、飛んできて厳しいお言葉。件の男性は仕方なく、小さな紙を取り出してスケッチを始めた。高台寺にも同じ様な監視があったが、庭の撮影は自由だった。建物ではないのだし、庭の花や木を写す位はお目こぼしがあってもいいのでは?と言う訳で、ここでの写真は一枚もない。まぁ、目に焼き付けておくか、ときょろきょろと見回す。その拍子にMs.Aと目が合った。「きまりなので、どうしようもないんですよ。」と申し訳なさそうに私に弁解をした。それを言うなら件の若者に言うべきで私にではないのだが。ま、彼女の立場では致し方ないのだろうが。それを、きっかけにぽつぽつと会話を交わした。私達が表書院の襖絵に見入っていると「これは、本物なんですよ。」とMs.Aが声をおとして、私の耳元へささやいた。今時、本物を展示するなど珍しい。どこへ行っても大抵はレプリカが当たり前。しかも、特別に本物であるという説明文も何もないので、誰もが知らずにさらっと通り過ぎる。「勿体ない。せっかく本物を公開しているのだから、本物です。と書いておくといいのに。」と私が言うと、Ms.Aは顔をしかめ首を横にふった。「とんでもない。そんなことをしたら、悪戯されてしまいます。」「・・・。だそうなので、他言無用と言うことで!????」

今度は、表書院から庭に目を転じる。この庭は秀吉自らの設計だそうな。「凄いですねぇ。秀吉が人生をかけて手に入れた地位と財力を駆使して作り上げた庭だけに、さぞかし満足な思いで眺めていたのでしょうね。」というとMs.Aは眉を曇らせて言った。「ここが出来たころは、もうボケてましたからねぇ。もしかすると、一度も見ていないかも・・・」そうだった、そうだった。秀吉の晩年は痴呆気味とも言われているし、何より醍醐寺を復興させた時は秀吉の命の終焉に近い。庭を楽しむ暇があったかどうかは、微妙ではある。ま、その代りと言ってはなんだが、後世人々の目を楽しませているのだから。

しばし、庭の木々をぼんやりと眺めていた。桜も綺麗だろうが、この木々の紅葉はさぞかし見事なことだろう。傍らのMs.Aは、右奥の二本の木に視線を送り、深く頷いた。「この二本の紅葉、一本は古木でもう一本は若木なんです。どちらも、それは見事に紅葉するんですけれどね。ただ、古木の方はすぐに葉が落ちてしまうんです。それに比べて、若木の葉は落ちずに長く木にとどまっています。若い方は、元気ですね。・・・何だか、身につまされて。」むぅぅ、私も見につまされます。

こんな話の後は、秀吉の辞世の句が一層身に染みる。
露と落ち 露と消えにしわが身かな 浪速のことは夢のまた夢      秀吉


外へ出ると、雨。そろそろ昼時でもあり、どこかで雨宿りがてらの昼食を!と目に飛び込んできたのが中華料理チェーン店「餃子の王将」の赤い看板。実は、この看板に見覚えがある。祇園祭りの夜、八坂神社下の「王将」も四条通り「王将」もいずれの店の前も長蛇の列が出来ていた。凄い人気だ!興味は津々。しかし、この店は並ばずに入れそう。

餃子の王将

餃子の王将・醍醐店

焼き飯@367円

餃子@210円

生ビール(中)@399円
「あれまぁ、何と言う安さでしょう!!!」まるで、韓国で食事をしているようなお値段。

お笑いタレント「雨上がり決死隊」の二人が「餃子の王将」の大ファンであることがラジオの電波に乗り、各種メディアに取り上げられたのを機に、昨年から大ブレイクし、只今ブームを巻き起こしている「餃子の王将」だそうな。本社は京都・山科って、え、この辺り?

関西圏にお住まいの方に、「何を今さら。」と、言われそうだが、「餃子の王将」は今現在、北海道には未上陸。なので、この店の存在もブームも全く知らなかった。

中華料理店の価格破壊!?フランス料理程ではないものの、中華料理もちょっと気取って食べに行けば結構な散財となる。まして、家族で出かければ出所の財布は一つ!これは、痛い。しかし、ここまで単価が安いと、いくら食べても支払額は知れたもの。という安心感は最大の魅力かも。お味?高くて美味しいものなら数々あれど、安くて旨いB級グルメとしては合格点。顧みれば、一昔前には寿しも高価な料理の代名詞みたいなものだった。北海道で手軽な値段で寿しが食べられるようになったのは、「とんでん」という寿司チェーンが出来てからのこと。以来、寿司の世界は、高級握り鮨の店と回転寿司の店とに、つまり高級店と大衆店との二分化を遂げた。中華もしかり。大枚をほろっても本物のフカヒレを食べたいと思えばそれなりの店へ行けばいいし、安く手軽な餃子が食べたければ王将へ行けばいい。お客にとっては、その日の懐具合と腹具合で選べる店の選択肢が多いほど有難いということだろう。価格MINの店の出現は、大いに歓迎。


09/07/19 隨心院

総門



小野小町歌碑

小町化粧井戸

本堂から見る庭園

廊下天井には籠を収納!

表書院の襖絵
(江戸初期~中期、狩野派)
京都市山科区小野御霊町35

隨心院は平安時代の歌人・小野小町の邸宅跡と言われている。数日前に訪れた六道珍皇寺で、その井戸からあの世とこの世を行き来していたと言われている小野篁が、この寺のHPによれば小町の祖父なのだとか。当時、このあたり一帯に住んでいたとされる小野一族の栄華は、今も「小野」という苗字が地名となって残っていることを見ても想像に難くない。

門をくぐると右手に梅園が広がっていた。春には、この寺の梅の特徴であるふっくりした厚みのある花びらが、境内をはねず(薄紅色)に染める。ここは京でも指折りの梅の名所だそうな。

随心院は、深草少将が小野小町を慕い、99日通い詰めた伝説の地としても知られている。小野小町あてへの手紙が千束収められていると伝えられる文塚、小野小町が化粧に使用したと伝えられる化粧の井戸など、小町ゆかりのものが今に残る。千通の恋文とは、さすが絶世の美女はスケールが違う。

ここへ来る前に訪れた醍醐寺の厳重さがまだ意識の中に残っているせいか、ここのまったりとした静けさは心が癒される思いがする。この時期、当然ながら梅は咲いていないが、その代わりの様に、苔が見事だ。本堂・庇から落ちる雨だれが苔をたたき、等間隔で点々と穴があいているように見える。ありのままの自然を諾と受け止めている、その懐の深さが心地良い。

午後3時45分。本堂から庭を眺めていた私達と若い女性の二人連れに、ちょうど部屋に入ってきた2名の僧侶が言った。「これからお務めを始めますが、良かったらご一緒にどうぞ。」これも何かの縁かも?軽い気持ちで、私たちは僧侶の後ろに神妙な面持ちで正座した。ところが、お経は40分も続くわ、足は痺れるわ、睡魔に見舞われるわ。雨もいよいよ本降りになってきたし。ちょっぴり、後悔の思いが頭をもたげる。その時、睡魔を蹴散らすような「じゃら~ん」という大音響が本堂に響き渡った。若い方の僧侶がシンバル様の物を打ち鳴らした音だ。それにしても、びっくりした~。これを機にしゃきっと目が覚めたと思ったら、まもなく読経は終了。後を片付けながら、若い僧が言った。「お経の間に音をならすのは、亡くなった方にお知らせするためなんですよ。皆さんもお家の仏壇でりんをならしますでしょ?あれも同じ意味なんですよ。」な~るほど。寝ないで、ちゃんとお経を聞けよ!という意味ではないのね。


閑話・ペイフォワード
外は、バケツをひっくり返した様な雨。いや、ほとんどスコール状態と言ってもいい。あっと言う間に、全身ぬれ鼠になってしまった。やっとの思いで地下鉄東西線・小野駅にもぐりこみ路線図を見上げていると、傍にいた30代程の旅行者風の男性が1枚のカードを差し出した。「これ、良かったらどうぞ。」カードに目を落とせば「地下鉄1day」の文字が。それで、状況を理解した。その男性、地下鉄1日券を購入したが、今日の移動はこの駅で終わりにするので、私達にこの券を譲ってくれると言うのだ。有難く頂戴した。「地下鉄1dayカード」は、地下鉄が1日乗り放題で@600円。たとえば、この小野駅から京都駅までの普通料金が@310円なので往復料金だけでも計620円がかかる計算になる。ならば、1dayカードの方が安い。傍にいた地元の方らしき女性が「良かったわね、一人分だけで済んで。」と片目をつぶって、にんまり。はい、その通り。当方はツレと2人なので、件の男性のご厚意に甘えて1人がカードを使わせてもらい、残りの1人分のチケットを購入して無事京都駅まで帰りついた。

正直言ってカードを買ったのは私ではないので、どことなく後ろめたさが残る。京都地下鉄のサイトで「地下鉄1dayカード」について調べてみたが、購入本人に限るという事項はなかった。たとえ、あったとしても、「乗降は自動改札で。」という一項が明示されているので、購入者本人かどうかの確認ができようはずもないのだが。とにかく、カードを所持している人が1日自由に乗り降りができるということだ。私が得をしたのは、金額にすれば京都駅までの@310円なのだが、金額以上のちっちゃな幸運に出会ったようなほのぼの気分。見知らぬ人から受けたこんなささやかなサプライズが、とっても嬉しい。そこで以前みた映画「ペイフォワード」を思い出した。「Pay Forward」とは、「次に渡そう」という意味。 人から受けた厚意や親切を、その相手に返す事はペイバックで、 受けた相手ではない違う人に返すことをペイフォワードというそうな。

投宿中のホテルの最寄駅・京都駅に到着。改札口で財布を握りしめて料金表を見上げていた若いカップルに近づいて、そのカードを手渡した。男性はかたまっていたが、女性の方は「え?え、え、え・・・・」驚きの「え」が、最後の「え」では満面の笑みに代わった。このサプライズのそも初めが小野駅の男性であることを、この女性は無論知らない。2人の今日という日が、良い日になりますように。



9日目

今日はただランチを食べるためだけに当てた一日。
09/07/20 ビストロ希味

店の名前が出ていない!
ほんと、ここでいいのか?










で、営業時間になると、こんな感じ。

店内カウンターはこんな感じ
京都市下京区 地下鉄烏丸線四条駅徒歩   仏光寺そば

こうして我がHPを顧みれば、何とB級&C級グルメの多い事か。たまには、汚名挽回、違うって汚名は返上だわぁ。ま、それはともかくとしても、時にはちゃんとしたものを食べなくちゃぁねぇ。と言う訳で、今日はネットで見つけたお店「ビストロ希味」を予約した。ランチ@3150円。ちゃんとと言うには、安すぎないかぁ~。とは思うものの・・・。まぁ、当たって砕けろ!?

こう料理が次々と現れると、前菜も盆栽もあったものではない。材料を聞いても覚えきれやしない。ただただ食うだけ。
一階はカウンター席のみで、二階に座敷があるらしいが、シェフは冷蔵庫からあらかじめ仕込んでいた料理を入れた保存パックを取り出し、皿に盛り付ける。勿論、カウンターの私たち客からは丸見え。その上、二階の客の手当もここでするらしく、盛りつけた料理を奥に渡し、奥の人が二階にお運び。という状態なので、とにかく忙しく慌ただしい。

味はと言えば・・・美味しいのだ。が、こんな状態なので客の食べるペースに合わせて料理を運ぶ、なんて~ことはあり得ない。そんなこたぁしったこっちゃぁない!と言わんばかりに、厨房の都合でどんどんと料理たちが目の前に並び、追い立てられているような気分にもなってしまった。料理は、雰囲気も食べているのだとつくづく思う。創作料理と銘打っているから、先付けだのお造りだのとはっきりせい!とは言わないし思わないが、メインの料理を軸にメニューを構築するというのでは、さらさらない。これもあるし、これもある。と冷蔵庫の在庫を洗いざらい出している感じが否めないのだ。勿論、それはそれで嬉しいのだが、これ程の料理を、個室とまでは言わないが、ちょびっと仕切りなんかで小部屋風に拵えたスペースでゆっくり食べられたなら、そりゃぁ、格段に美味いに違いない。そう思うと勿体ない様な気がしてならない。

11時半に予約して最初の客として入店したのだが、12時には1階のカウンター席は満席となり、程なく2階の座敷も埋まってしまった。勿論、全て予約客で、それも早めの予約が必要。たまたま隣に座ったのは、芦屋から来たと言うご夫婦。シェフとの会話で漏れ聞こえてきた処によれば、以前、来店したことがあるようだ。が、シェフは覚えているのかいないのか、ちょっと素っ気ない。会話の終わり頃に、「芦屋なら美味しい店が沢山あるでしょう。」とシェフが言った。そりゃぁそうに違いない。兵庫県の高級住宅街ならば、美味しいものに事欠く事はあるまい。まして、ここは至ってリーズナブルな店。わざわざ京都まで食べにくるまでもないだろう。・・・少々、場違いな空気が漂っているような~。

ここに料理の写真を並べて見ると、皿数の多さに圧倒される。それだけではなく、それぞれに美味しい料理たち。後は、客が何を求めるか?味なのか?雰囲気なのか?しかし、ここに来ている人々は、そんな事は百も承知。どんな喧騒の中でもしっかり味わいますわよ!という逞しさが見える。

まぁ、一度食べてみんシャイ♪


市中町並み

くみひも屋さん

荷札屋さん

ビルの玄関前は・・・

銭湯
定休日のこの夜、脱衣所で落語会があるそうな


09/07/20 誓願寺

本堂

扇塚
京都市中京区

誓願寺は、浄土宗西山深草派の総本山。同派のリーダーを育てる西山専門学校(僧侶育成の専門学校)は、戦後に京都西山短期大学と名称が変わり、今日に至る。どうやら、その筋では格式の高い寺だったようだ。ふらり訪れた門外漢の私は、びっくり。

ここは、和泉式部ゆかりの寺でもある。説教から発達した講談落語漫才などの芸の成就を祈願する寺として有名で、落語発祥の寺とも言われている。世阿弥の作と伝えられる謡曲「誓願寺」は、和泉式部と一遍上人が主役となって誓願寺の縁起と霊験を物語る。この中で、和泉式部が歌舞の菩薩となって現れることから、芸人の間で和泉式部信仰がうまれ、 誓願寺の「扇塚」に芸道上達を祈願して「扇子」を奉納するようになったのだとか。

この寺では今も芸人たちが練習会を開いたりしているとのこと。本堂・祭壇の前には、若い男性が正座した足をもじもじとさせながら、長い時間座りこんでいた。芸人の卵かな?



10日目

09/07/21 京都御所

紫宸殿

御車寄

諸大夫の間

日華門

清涼殿

小御所

御三間

御池庭

蹴鞠の庭
京都市上京区京都御苑3

今回の旅行を決めて、まず最初にした事が、京都御所の参観申込み。仙洞御所・桂離宮・修学院離宮など宮内庁管理の建物は事前予約が必要で、しかも3か月前に予約受付開始をするとすぐに定員が埋まってしまう。この機会に他の3か所も予約を試みたがあっさり却下されてしまった。京都御所だけが予約できたのは、何故?

初めにあるのが「御車寄」。親王などの正式な参内の場合にのみ使用する。そこから左へ進むと「諸大夫の間」。ここは正式の用で参内した者の控えの間。身分相応に桜の間・鶴の間・虎の間の三つの部屋があり、それぞれの間には部屋の名のままに桜や鶴や虎が襖に描かれている。さらに進むと建礼門、承明門などがある。この建礼門が正門で、葵祭の出発地点となるそうだ。
 
さて、京都御所の一番の見どころが御所の正殿と言われる「紫宸殿」。即位などが行われる公式な場なのだが、総桧造りでひっそりと清楚。ここから天皇の生活スペース兼執務所でもあった「清涼殿」へと向かう。建物は、紫宸殿によく似ている。以前は天皇の京都の宿として使われていたので、「夜御殿」(寝室)、「御手水の間」(トイレ)、御湯殿(風呂)などがあるそうだ。それは是非見てみたい。と思ったが、無論そこまでは見せてもらえなかった。ちなみに、今は天皇の宿泊所は御常御殿に移ったのだとか。

参観は1日に4回行われ、私が予約したのは、朝イチで9時からの回。地下鉄を降りて御所の入口を見つけ、さてそれから集合場所までの何と遠いことか。時計を睨みながら、ツレとはしる、走る。やっと辿り着いた時には、すっかり息があがっていた。こんなに広い御所内を天皇はどうやって移動しているのだろう。徒歩?まさか、ねぇ。

さて、お昼。
09/07/21 とようけ茶屋

豆腐屋さんの店先

箸袋はこんな感じ

お通し?おぼろ豆腐。・・・多分。

奴膳@1150円

湯豆腐膳@1150円
京都市上京区今出川通御前西入紙屋川町822

北野天満宮の門前にある有名老舗豆腐店。美味い!リーズナブル!で、昼時には行列が出来るために整理券が配られ「1時間待ち位で食べられたらラッキー。」との情報をネットで仕入れていった。私たちが店の前に到着したのは、開店早々。・・・誰も並んでいないし、整理券もなし。混雑を覚悟して行っただけに、少々拍子抜けしてしまった。

ここは元々豆腐を製造・販売する豆腐屋さん。やがて「美味しい。」と大評判になり「作りたてをここで食べられないか。」という客の希望に突き上げあられ、小さな豆腐料理店を店の3階に「昼のみの営業」という条件付きで始めたのだとか。当時は「とようけ丼」一品のみの提供だったようだが、これが大人気を呼び、今日に至ったようだ。

今は2階と3階が使われていて、私とツレが通されたのは、3階。テーブル席が4席位。うぅん、狭い。しかし、聞いていたのとは違い天満宮の参詣帰りと思しき家族連れが2組ほど入ってきただけで、ゆったりとしている。折からの豪雨のせいだろうか?

階下で作ったばかりの豆腐で作った豆腐料理が食べられるのだから、生湯葉も食べたいし、生麩も捨てがたい。と言う訳で、少量づつでも色々食べられる膳モノを注文することにした。一皿づつは少量なので物足りなくもないが、他の豆腐専門店でこれだけの皿数が並べば野口英世が何人手を繋いで去っていくことか・・・。確かに安い。

若い女子店員が、料理を運んでくる度にテープを再生するように料理の説明をして行ったが、早口でさっぱり聞き取れなかったwww。さて、味の方は全体的にしっかりと濃いめの味付け。豆腐の素の美味しさを引き立たせるためだろうか。・・・確かに!うまい♪

気軽で安く本格的豆腐料理を楽しみたい時は、ここがイチオシ。

朝、地下鉄の1dayカードを購入しておいた。しかし、御所を回って昼食を摂った時点で、すでに半日は終わってしまっている。では、これからどこに行こう?京都の地下鉄は、「烏丸線」と「東西線」の2本があり、「烏丸御池」で交差する。それならば、いずれかの線の端っこの駅とその又反対の端っこの駅へ行ってみようかということになった。後は2択。今まで比較的縁の薄かった「烏丸線」をチョイスすることにした。


≪国際会館≫

ここが地球温暖化の京都議定書が採択された会議場と言えば、誰もが頷くだろう。日本初の国立の会議場である。

建物は合掌造りをモチーフにしたそうだが、非常に出入りの多い外観で幾何学的。どちらかと言うと、合掌造りというよりもハイテクな未来を連想させ、重量感がある。隣に配置された池と庭園、さらには背後の広大な宝ヶ池公園が会館を包み込み、自然と調和して、なかなかの絶景を醸し出していた。隠れた観光スポットとしてイチオシ。

新幹線の京都駅が在来線と併合しているのは、ここへのアクセスを良くするためだったとか。在来線・京都駅から新幹線に乗れるのは当たり前のことと思っていたが、当時、市や財界からの強い働きかけがなければ、今頃は新幹線を乗る時には離れた新幹線・京都駅まで出向くということになっていたかも。思いがけないところに原因と結果が潜んでいるものだと、改めて感心させられた。


≪竹田≫

城南宮

鳥居

本殿

祈祷中

菊水・若水(飲むと病が治る)

源氏物語の庭
「烏丸線」のもう一方の最終駅「竹田」。駅を降り立ってみれば・・・「な~んも、ない。」駅と言っても小さいし、駅前だって商店街がある訳でもない。どこが、ここの見どころなんだか・・・?その時、ひょいと目に入ったのが「「安産祈願は城南宮で」という立て看板。サラ金の広告と同列に並んでいるし、「む、む、何だか儲け主義の神社じゃぁないの?」と私。でも、まぁ、他にめぼしい所も見当たらないので、ぶらっと行って見るかぁ。

矢印のままに歩いていく。駅からさほど遠くまで来てはいないのに、住宅が1軒建つか建たないか程度の道路脇の空き地に稲が植えられていた。それも数か所で。この程度の土地の広さならいくらも収穫はないだろうに。何か、理由があるのかも?と思いつつ歩を進めれば、ラブホが点々と見えてきた。・・・。神社としての環境は良ろしくないなぁ。とは言え、先に住みついたのは神社の方だろうから、後から近所に出来る建物にモノ申す訳にもいかんだろうな。

「つ、ついた~。」見れば、袴姿の職員が6・7人、神社の境内を箒で掃き清めていた。まもなく、閉館時間。とりあえず、境内だけでもと中へ入った。「いいですよ。どうぞ、どうぞ。」と、とても感じの良い職員の皆さん。

なんでも、この神社の創立年代は不詳で、平安遷都の際に、城(平安京)の南にあることから「城南神」と称され、代々の天皇、上皇がしばしば行幸したそうだ。京都御所の裏鬼門を守る神とされたことから、方除け、厄除けの神として信仰された模様。応仁の乱などの戦乱で荒廃したが、江戸時代に復興され、幕末には鳥羽伏見の戦いの戦場となったと。げ、凄い歴史のある神社。誰だい、商業主義と言った罰当たりな輩は。はい、私です。失敬。

庭園はとても広い。こちらも開園時間が過ぎていて、入ることが出来なかったのだが。中でも「源氏物語の庭」では、物語に出てくる草花が見られるのだとか。興味がそそられる。




11日目

09/07/22 閑話・築地で日食を見る
新幹線に飛び乗って、京都駅から東京駅を目指す。

徒歩で、有楽町から銀座を通り築地で信号待ちをしていたら、あたりの人々が空を見上げていた。隣で携帯を空に向かって構えていた中年女性が嬉しそうにひとりごちた。「とれた。」・・・何が?お、そうか。そう言えば、ここ数日テレビは日食が日本で見られるという話で持ちきりだった。何でも、日食が見られると思われる地へ向けての日食ツアーまであるのだとか。とは言え、肉眼では見てはいけないらしいので、旅行中の私達には縁のない話と斜めに聞いていた。親切な件の女性に教えてもらったあたりを恐る恐る仰ぎ見るが、雲の間に掻き消えて見えやしない。諦めて、歩きだした。

次の交差点まで来ると、ここでもランチタイムのサラリーマンやOLが申し合わせた様に空を仰いでいた。どれどれ、と私も再び見上げる。とその時、雲の間から太陽が顔を出した。大急ぎでデジカメのシャッターを押す。曇り空が幸いして、肉眼でも見ることが出来た。しかし、雲の間から顔を出したり隠れたり。隣の若いサラリーマン氏も携帯での撮影に成功した模様。興奮の面持ちで面識のない私に話しかけてきた。「いや~、一瞬。一瞬でしたねぇ~。」

次に見られるのは48年後とか。これが、生涯最後になるかも?と思えば、彼の興奮もご最も。


09/07/22 うなぎ 都川
東京都中央区勝鬨1-7-1

晴海の宿に荷物を置いて、身軽になったところで、さてそろそろ遅い昼ごはんを。勝鬨まで来た時にひょいと目に入ったのが、この店。うなぎ、ウナギ、鰻。そう言えば、スーパーで買ったものを除けば久しくご無沙汰しているような。そう思うと足はひとりでに店の暖簾へと向かう。

店は年季の入ったご夫婦が二人で切り盛りしていて、店内は狭いながらも70年の歴史が偲ばれる風情がある。店内カウンターの一番奥に陣取って、早速にうな重・丸特(きもすい&浅漬けつき)@2000円を注文した。「う、う、うま~い。」さすが、老舗の鰻屋のうな重はうまさの深みが違う。鰻は毎朝築地市場で仕入れてくるそうだから、うまくて当然と言えばその通りなのだが、タレがさすが!なのだ。この味でこの値段は安いと思う。が、欲をいえば、いえ、ホント欲なのだが、重箱に後数センチ多くご飯を入れてもらえれば最高。だってぇ、ご飯が足りなくなって濃い目のタレつきの鰻だけを口に入れるのは、ちょっと味のバランスが崩れるもの。ご飯と鰻を一緒に味わうからこそ、うな重は旨い。おっと勝手な蘊蓄を垂れてしまった。失敬。

ところで、この店の暖簾をくぐって最初に目に入ったのがカウンターの一番手前、入口から一番近い所に座ってマンガを読みふけっていた背広姿の30代位の男性。一瞬「む、満員か?」とひいてしまった。昼の繁忙時を終えた店内は、この客1人だけ。一瞬たじろいだ私は、店の奥を覗き空席を確認して、店の敷居をまたいだのだった。

私とツレの注文を聞いて手を動かし始めた大将が、おもむろに口を開いた。「ちょっと!漫画読むんだったら入口じゃぁなくって後ろで読んでくれないかな。」私?いや、私は漫画読んでないし。と思わず大将の顔を見上げると、かなり不機嫌そう。言われた件の漫画の君は、カウンター席の後ろにあったテーブル席へ移って、又続きを読み始めた。どうやら、言葉の裏と場を、読むことができないらしい。それからしばらくして、読書に一区切りついたのか、彼は出て行った。

「ったく、まいっちゃうよ。○○円の丼を注文して2時間も入口で漫画を読んでるんだから。お客さんが、入りづらくて皆けえっちまうんだ。」とベランメイ口調で言いながら、大将は苦い顔をこちらへ向けた。だよねぇ~。現に私も彼の姿が視界に入った時は、満員かと思ってしまったもの。この程度の規模の店では、昼時や夕時の稼ぎ時に客の回転が悪ければ致命傷にもなりかねない。ファミレスならいざ知らず、客にもマナーというものが必要だろう。


09/07/22 東京晴海海員会館
東京都中央区晴海3-16-4

実は初期のスケジュールでは、再度、愚息宅へ身を寄せる予定だった。が・・・いかんせん、彼のネグラは観光するには都心から遠い~。で、急きょ思い立ってここへ予約を入れた。もう随分以前から、ひょんなきっかけで東京の宿はここにする事が多い。有楽町マリオン前からバスに乗れば、銀座→築地→勝鬨橋→晴海。バスを厭わなければ、至って至便である。朝、逆のコースをたどれば、居酒屋か寿司屋の仕入れかと思われる買い物篭を手にした人が築地市場あたりからひょいと乗り込んできたりして、その気軽さがいかにも!銀座までも徒歩圏内という抜群の足周りと、このシチュエーションを、私はいたく気に入っている。

ここは船乗りが航海の途上で東京へ寄港した折りに、家族を呼んで久しぶりの再会を果たすために建てられた会館。勿論、一般にも開放されている。リーズナブルで和室。加えて連泊しても職員が部屋へ介入することは基本的になく、昼間も掃除のために部屋を出されることもない。建物の上の方は公団になっていて、皆さん普通に暮らしている。20年程前には、毎朝、魚や野菜などを販売するトラックが来て、新鮮な食料が容易に手に入ったりもした。つい昨日のことのような気がしてならない。

ところが、数年前に大江戸線が開通してから状況は一変した。それまでは、銀座から徒歩圏内にありながら、うち忘れられた様なローカルな香りが漂って「穴場」の雰囲気むんむんだったのだが、近くに大江戸線「勝どき駅」が出来てからは、もう日進月歩,、いや秒進の変貌を遂げている。今回久しぶりに訪れてみれば、周辺にオフィースビルが建ち、朝夕はビジネスマンとウーマンが地下鉄出口から吐き出されてくる。写真は海員会館の部屋からの夜景。正面が前回訪れた時にはなかった54階建てのマンションである。ちなみに写真手前が隅田川。光っているのが、そこを走行する遊覧船。

慣れ親しんだ場所、ゆっくりほっこりと夜の帳はおりていった。と書けばメデタシで一件落着なのだが、布団に顔をうずめうらうらと睡魔に誘なわれたその頃、廊下に反響するどやどやという騒音に、現実へと引き戻されてしまった。ここは宿泊料が安いということもあり、近年は大会出場のために上京した高校生軍団やら学生のサークルなどの客層がかなり増えたようだ。騒音の元は、どうやらこの時間にチェックインしたグループのもののよう。で、そのまま静かに部屋に納まってくれればいいものを、彼らは仲間の部屋への頻繁なる訪問を始めた。まぁ、それはいいとしても、問題は部屋のドアが鉄の重い扉である点にある。開けたてする度に発生する「ど~ん」という音が頭にずしんと響き渡るのだ。私は・・・すっかり目が醒めてしまったwww

次の日、前日の寝不足をひきづって「よし、今夜は何が何でも寝る!ゾ。」とツレに覚悟宣言する私。導眠剤など飲んだ事もないので持ち合わせもない。大丈夫かなぁ~。と弱気な気分で掛け布団をズズと肩まで引き上げた。・・・気がつけば朝。な~んだ、熟睡したんじゃぁないの。というか、爆睡しちまった。何ともたわいのない私。よって、昨夜も鉄の扉の音が響き渡ったのか否かは不明。

東京晴海海員会館は、只今すぐそばに新築中。これで、鉄の扉の睡眠妨害も消えるだろうなぁ。ちょっと、寂しい気もするが。


09/07/22 築地本願寺
東京都中央区築地三丁目15番1号    浄土真宗本願寺派 本願寺築地別院というのが正式名。

築地場外市場の近くにあり、東京人ではない私でも名前だけは良く知っているお寺。財界人・芸能人などの葬儀が行われることが多く、知らず知らずにその名が耳に残る。

建物は、お寺というよりもモスク!?という一種アジアンティックなイメージ。古代インド様式なのだとか。大理石彫刻が随所にちりばめられ重厚にして荘厳だ。

訪れたのは夕方。ぽつりぽつりと人々がやってきては、本堂の椅子に腰を下ろし静かに本尊と向き合っていた。街の人が、ふらりとやってきて静かに思いにふける。まさに開かれた寺院という感じ。

不思議なものを本堂内に発見。なんと、立派なパイプオルガンが、本堂にでんと据えられていたのだ。ただ置いてある訳ではなく、定期的にここでランチコンサートを無料で開催しているのだとか。お寺にパイプオルガンという組み合わせは一見ミスマッチのようでもあるが、インド様式の建物にはぴったりで、どことなく無国籍的な小洒落た雰囲気が漂っていた。

と、ここでまた又いつもの事ながら、ツレが「ちょっとトイレ」。トイレを探して、一緒に地下まで降りてみた。むせかえる線香のにおいに咳込みつつ重い扉を押しあけると、長い廊下の先に納骨堂が見えた。ついで、お坊さんの姿もちらちらと。ならば、恐らくここは部外者立ち入り禁止区域だろう。いけん。私は部外者だ。トイレへ駆け込んだツレを残して、私は慌てて1階まで駆け戻った。

本堂には、先ほどと全く同じく静かでゆったりとした時間が流れていた。人が死んだ後に行くのが、あの世なのかどの世なのかは知らない。しかし、生きている人間から見た、死んだ人間の末路が納骨堂であることは確かだ。人間の人生を起承転結で言えば、本堂に集う人々は人生の転の部分を生きる人々で、納骨堂に納まった人々はそれらをすべて終えてしまった結の人々。本堂のゆるい空気の中に戻ると、その転と結を期せずして覗いてしまったような妙に切ない気分になった。



12日目
09/07/23 海鮮屋たねいち
築地場外市場内

朝、すきっぱらを抱えて銀座方面へ歩く。今朝は途中にある築地場外市場内で朝食を摂る予定。居並ぶ飲食店は、そば、ラーメン、焼き鳥などなどバリエーションに富み、どれもこれも垂涎。朝だと言うのに、ほとんどの店の前が客でにぎわっていた。

さて、どこで何を食べようかな?ツレは、特に希望はないと言う。ならば、選択権は我が掌中にあり。となれば、更に迷う。しかし、頭とは裏腹に、私の足は海鮮丼店の前でぴたっと止まった。築地の海鮮丼は、十二分に魅惑的。

この場外に海鮮丼の店は多々あるのだが、こうして立ち止まったのも何かの縁。という訳で、この店に決めた。見回せば、隣もその又隣も「海鮮屋たねいち」。あらら、同じ店が隣同士で営業しているのかぁ?

オーダーしたのは、勿論、海鮮丼@1000円。香り高い岩海苔の味噌汁つき。
メインの海鮮丼は、具だくさんでご飯が見えない。しかも、生うにまであがっているという太っ腹。ここは、千円札の価値が違う。思わず、うなってしまった。これが築地の底力なのかも?と感激しつつ、朝から運を引き当てた嬉しい気分が湧きあがってきた。人間、美味しい食べ物にありついた時は間違いなく幸せな気分になれるものだなぁと、つくづく思う。

こんな店を我が家の近所に「お持ち帰り」・・・したい!


09/07/23 台東区立下町風俗資料館

台東区立下町風俗資料館
ポストも懐かし~


シンプルだけど面白い

風呂屋の番台で照れるツレ


昭和レトロの部屋
東京都台東区上野公園2−1   入館料@300円。

風俗・・・一定の社会集団に広く行われている生活上の様々なならわし。容姿と身のこなし。みなり。(広辞苑)

ここは、正真正銘正しい意味での風俗資料館。思えば、どうしていかがわしい営業を風俗と言うようになったのか・・・?怪しい方の風俗が、一般人の生活上のならわしになっている。なんてぇ事は、断じてないのに。

台東区立下町風俗資料館は、上野公園の中にひっそりと建つ。一階では、大正・昭和の家屋が再現されており、実際に家の中に入って家具などに触れると、当時の時間空間に迷い込んだ様な不思議な気がしてならない。二階ではお手玉、ブンブン駒、国旗合わせ等の昔のおもちゃが並べられ、自由に遊ぶことが出来る。ふと気がつけば、ツレと二人、時間を忘れて夢中になっていた。遠くから見守る職員が、さり気なくアドバイスをしてくれるのも、いかにも下町らしく、どこか温かい。

ほどなく、後期高齢者の集団がやってきて、中の一人が五右衛門風呂の前で職員を相手に蘊蓄を披露し始めた。「昔の家は、みんなこれだったよ。こうやって、火をつけて・・・。」通りかかったウチのツレも加わって、三人で風呂談義に花が咲く。ツレは田舎育ちなので、子供の頃に五右衛門風呂に入ったことがあるそうだ。親、祖父母、曾祖父母と代々続いて来た日本という国での生活体験を裏打ちとして、今ここで会ったばかりの人とでも、大正・昭和ノスタルジーを肴に、楽しい時を共有できる。そう思うと、見知らぬ人が急に身近に思えてきた。


13日目
09/07/24 恵比寿ウェスティンホテル


二階の手すり越しに見える一階


トイレの手洗い
東京都目黒区三田

今日は関東圏在住の友達と数年ぶりで会う約束の日なので、ツレとは別行動。

待ち合せ場所は「恵比寿ウェスティンホテル」。JR恵比寿駅を降り立った時から、昨日の下町とはうってかわって漂うハイソな雰囲気に目が覚める思い。駅直結の「恵比寿スカイウォーク」を行くと「恵比寿ガーデンプレイス」に着いた。しかし、目的地はここではない。さて、これからどう行けばいいのかな?何せ、駅からは一度も地上に出ていない訳で、方向がさっぱり解らない。その時「恵比寿ガーデンプレイス」のホテルのように立派なロビーで、スターバックスを発見。走り寄って行って、ホテルの道順を訪ねた。男前のお兄ちゃんは、首を傾げるばかり。バイトでたまたまここでちょっと働いていただけだったのかな?そんな二人のやりとりを小耳にはさんだビジネスマン風の男性が、親切に私の質問を引き受けてくれた。そこから一旦外へ出て・・・おぉ、ホテルの建物が見えた。こんなに目と鼻の先だったなんて・・・。感謝。

ホテルの公式ページを紐解けば「豊かな時間」と「豊かな空間」をテーマとしているのだとか。まさに、そんな落ち着いた豪華さが満ち満ちている。まずはトイレを済ませておこう。おぅ、ここもさすが!トイレだからと言って、手抜きはない。目が釘付けになったのが、手洗いの横にきっちりと畳んで置かれた、紙ではなくタオル地のハンドタオル。手を拭いたら、手洗い台の下に投入する様になっている。やっぱり、紙とは拭き心地が違う~。

そうこうするうちに友達が到着したので、二階の中国広東料理「龍天門」へ。開店と同時の入店だったのだが、あっという間に満席となってしまった。
さて、今日のお目当ては「ウィークディランチ」@2080円。
①杞子炒蝦仁(クコの実入り芝海老の炒め)
②XO醤鱔魚(鰻のXOソース炒め)
③糖酷炸肉丸(肉団子の甘酢ソース)以上3点の中から1点をチョイス。
 
 小菜(小鉢)
 白飯・搾菜(ごはん、ザーサイ)
 即日時令湯(スープ)
 杏仁豆腐

ちょうど友達二人と私の計三人なので、主菜はそれぞれ別のものを頼んで、分けあって三種類を楽しむことにした。

中国料理店だというのに、蝶ネクタイで盛装したウェーター氏が、料理を運ぶ度に三人の皿に取り分けてくれる。さらに、食事も終盤に差し掛かった頃、この後出てくる料理の展望を伝え、終りが近づいた事をさり気なく知らせていった。こうして、最後に確かコーヒーが出てエンド。満ち足りたランチが全て終了し、のんびりと友達との会話を楽しんでいると、我がテーブル担当のウェーター氏が傍へ来て「今日の料理はいかがでしたでしょうか?ご満足いただけましたでしょうか?」とにこやかに問いかけてきた。こんなところにも高級感が漂う。いかがもご満足も何も、十分、充分。サービスランチでなければ、相当にお高そう~。料理はもちろん美味しかったが、同時にリッチな雰囲気もたっぷりと味わってきた。満足、満足♪


09/07/24 恵比寿麦酒記念館

生ビール飲み比べセット
東京都渋谷区恵比寿4-20-1  恵比寿ガーデンプレイス内  入館無料

せっかく、恵比寿へきたのだもの、ここは恵比寿に行かずして帰れんだろう!?

1887年(明治20年)に東京・目黒区三田に工場を設けた日本麦酒醸造会社が「恵比寿ビール」の製造を始め、以来「恵比寿」の名は駅や地名となって親しまれてきた。ちなみに、ここは札幌ビールの恵比寿麦酒記念館。北海道開拓使が作った日本初の官営ビール工場を祖とする北海道の札幌ビールが民間への払い下げ後、東京・恵比寿で操業していた日本麦酒醸造会社と合併したのだそうだ。今は東京・恵比寿が札幌ビール本社となっている。

館内にはビール史やビール探究など興味深い展示が多く、見ごたえがあってなかなかに楽しい。さてさて、お楽しみは一番奥にあるテイスティングラウンジ。ここでは、出来たてのビールの試飲が有料で出来る。エビスなどが300mlの試飲グラス・クラッカー付き@300円。飲み比べたいなら4種類のビールを味わえる飲み比べセット@500円が用意されている。
~生ビール飲み比べセット~@500円
メジャーヴァイス ドイツ・ヴァイルン地方では古くから“ヴァイス”(ドイツ語で「白い」の意)の愛称で親しまれています。ヴァイスは小麦をふんだんに使用した麦芽100%の上面発酵ビールで苦みが少なくマイルドな味わいが特徴です。
プレミアムエビス 麦芽100%、長期熟成、ていねいな造りから「エビスビール」が生まれます。ドイツ・バイエルン産のアロマホップをふんだんに使った歴史と伝統の日本を代表するプレミアムビールです。
エビス(ザ・ブラック) じっくりローストした黒麦芽とキャラメル麦芽が醸し出す、香ばしい香りとまろやかな味わい。ドイツ・バイエルン産のアロマホップをふんだんに使った、ビールを知る人の麦芽100%のプレミアム黒ビールです。
メジャーエール マイルドタイプ エールは数あるビールのタイプの一つです。特にイギリスで人気があります。この特別醸造のエールは、麦芽100%、フルーティーな香りと、微かに色の濃いのが特徴の上面発酵ビールです。
飲み比べセット説明書より (写真左上から時計回り)

うぅ、五臓六腑に沁み渡る。にしても、昼のアルコールはきく~。


09/07/24 歌舞伎座
東京都中央区銀座4丁目

友達との楽しい時間を過ごした後、銀座から徒歩でぶらぶらと晴海の宿へ向かった。途中、歌舞伎座の前を通りかかると今日も入場を待つ長蛇の列が!数日前にも、やはりこんな光景が繰り広げられていたのだが。実は、この歌舞伎座、来年には建て直しの工事に入るので、只今さよなら公演中。と言う訳で、とにかく凄い込み具合。

歌舞伎を観たいと思ったにしても、席の値段が高くて、少々敷居が高い。そこで、誰もが気軽に足を運べるようにということで、最上階に「幕見席」が用意されていることを、知る人は少ないようだ。数年前までは、一幕入れ替えで@1000円だったのだが・・・いつの間にか@1500円になっていたwww。(演目によって値段が違うらしい。)

次の公演までの待ち時間は1時間。これも、以前はこんなに並んだことはない。が、先日は二時間待ちと言っていた。もう二度とこの建物で観ることは出来ない。これはチャンス。一時間なら、じっと我慢して待とうか!

・・・長い。まだか?それにしても、ただ待つのは長い。隣の「歌舞伎そば」から漂う鰹節の香りが、空腹を呼び起こすし・・・。入場15分位前に、座の職員が行列を回って入場料を徴収し始めた。その時、一言。「立ち席になると思います。ご了承ください。」って、「え~~~。これだけ待って、さらに立ち見?」でも、まぁ、ここまで来たら成り行きにまかせるしかないだろうと自分に言い聞かせる。いよいよ、入場開始。最上階目指して、走る、はしる。ふぅ~、もう息切れだ~。やっと、辿り着いて入口で切符を渡し、さらに客席へ突進する。と、なんと、空席を発見!!!座れたヨ。ほっと安心して見回せば、私の次に並んでいた人までが席をゲットしていた。最高に運が良かったようだ。

歌舞伎観賞は、何年ぶりだろう。とっても懐かしい。ここの客席は、最上階からでも前の人が邪魔になって見づらいということがない。つまり、この席からだと、舞台は見下ろす様な位置関係。思いのほか、すっきりと見やすい。気がつけば、いつの間にか身を乗り出して舞台に引き込まれていた。

話が佳境に入った頃、ふと思った。違う。何かが違う。何だろう?そうそう、クライマックスにかかる掛声がない。「よう、成駒屋」とかお気に入りの役者が登場した時に「待ってました。」と発する、あれ。誰が掛声をかけるのかと言うと、大向こうという常連さん。声の抑揚やタイミングなど難しい理があり、掛けるタイミングをはずしてしまえば場を壊しかねないので、一般人はほとんど声を掛ける人はいない。と言うか、無理。まさに職人芸なのだ。掛声によって役者と観客との間に得も言われぬ一体感が生まれるのだが、今日は一度も掛声がない。演目によっては、掛声なしのこともあるとは聞いていたが、今日は若手人気役者勢ぞろい。玉三郎・勘九郎・海老蔵・獅童などなど。ファンには垂涎ものだろうに。寂しい~~~。

ところで、新しい歌舞伎座に幕見席はあるのだろうか?気にかかるwww


14日目

09/07/25 NHKスタジオパーク
渋谷のNHK放送センター内 入場料@200円。

番組作りの舞台裏や過去のNHK番組の歴史などを見ることができる。が、何と言っても人気なのは、NHK昼の番組「スタジオパーク」の公開録画の観覧。この番組用のスタジオは、テレビ画面から受ける印象とは全く違って、意外な程に狭い。番組開始までは少々時間があったのと、スタジオ観覧の抽選を待つ人々の長蛇の列に圧倒されて、ここは素通り。

次なる部屋では、生放送の疑似体験が出来るとか。小さなスタジオはまるで本物そっくりだ。今回のアナウンサー希望者を客席の中から一人選ぶ。子供達が数人手を挙げた中から選ばれたのは、小学校高学年位の男の子。読み上げるニュース原稿を渡されて、緊張で顔がこわばっている。ぶっつけ本番で、カメラに向かって原稿を読み上げた。淀みなくとは言わないが、いやぁ、なかなかの名アナウンサーぶりにスタジオのあちこちから拍手が湧いた。何が凄いと言って、そのカメラ目線。カメラをしっかりと見つめて、まるで暗記しているようにニュースを口にする。実は、これには仕掛けがあった。カメラを見ると、そこに原稿が映し出される様になっているのだそうだ。道理で、最近のアナウンサーは放送中に机の原稿に目線を落とすことがなくなったのは、そういう事だったのか。いたく感心。

出口近くの売店あたりをふらふらしていたら、数人の大学生アルバイト風の人につかまった。アンケートに答えて欲しいと言う。時間を急ぐ訳でもなし。快く応じた。「試してガッテン」の調査で、10月に放送予定の「タオル」についてだった。「タオルの臭いが気になった事はありませんか。」「タオルは何日に一度位の頻度で洗濯をしますか?」などなど。こんな形で、多少かかわりを持ったというだけなのに、放送日がやけに待ち遠しい。


09/07/25 リンガーハット
リンガーハット浜松町店  東京都港区浜松町1-27-14

いよいよ、今夜の最終便で帰道の予定。少々早めではあるが、羽田へ向かうとするか。しかし、モノレール・浜松町駅に到着してみれば、何ぼ何でも早すぎる。で、ここで腹ごしらえをする事にした。

何を食べようか~。通りに面した店先を覗いて歩いても、これと言って食指が動くものには巡り合えない。時間もあるし、もう少し道をそれてみようかなぁと思ったその時、目の前に現れたのがリンガーハット。この時まで、私はこの店の存在を知らなかった。何でも関東以西での出店展開をしているそうで、北海道にはまだない。という訳で、関東・関西の方には何を今さら!と言われそうだが、初体験の私には限りなく新鮮。

折りよく創業祭ということで、長崎ちゃんぽん@390円。実は私、高校の修学旅行で長崎を訪れた時に、駅前で本場の「長崎ちゃんぽん」なるモノを食べた事がある。その時の最悪な味の記憶が、今日でも脳裏に焼き付いて離れない。そのため、18歳の砌から、長崎ちゃんぽんを口にした事がない。「あんなにまずいものを食べる位なら普通のラーメンの方がよっぽどマシ。」常々、そう思っていたのだが、この@390円という安さの前では、長年の思いなどいとも簡単に崩折れてしまった。

目の前に登場した「長崎ちゃんぽん」は、豚骨のような汁の色をしていた。恐る恐る箸を差し入れる。む、何?どうしたの?ウマイじゃぁないの。いや、本当に。あれからの長い日々、私は何と言う誤解をしてキライ続けてきたのか・・・。酷く損をして生きてきたような気がする。気がつけば、汁まで残らず完食していた。お、嫌いじゃぁなかったのか?私。


09/07/25 羽田空港

搭乗カウンター

屋上
「飛行機のチケットは安いに越した事はない。」と思っていた。その結果、この旅は往路が始発便で復路が最終便。要は目的地に無事到着すれば何の問題もない。朝、多少早く家を出て、帰りが夜遅くに帰宅するだけの話。と、この時まで呑気に構えていた。しかし・・・。

あろうことか、よりによってこの日、新千歳空港は風が強くて着陸出来るかどうか解らないと言う。その時の新千歳空港上空の状況によって、羽田空港へ引き返す事もあると!言わば条件付きでの離陸。万一、再び羽田へ戻る事になれば、すでに深夜。都心への公共の足は、すでにない。ま、現実には空港ロビーで仮眠という事になるだろう。それにしても、後がない最終便のリスクをこんな処で知らされようとは・・・。

「戻るかもしれないので、ご了承願います。」とくどい程に言われて、どきどきはらはら。ただ、それ以前の問題として、一つ前の便が同じ理由で欠航してしまっているので、戻るうんぬんよりも、まず「飛ぶのか?」という心配が先にたつ。

不安一杯のずしりと重い心を抱き、たっぷりある待ち時間を持て余して、空港内をぶらぶらしていた。土産物店も見尽くしたし、喫茶でコーヒーも飲んだ。もう、することが・・・ない。あてもなく、螺旋のエスカレーターを道なりに上ってみた。辿り着いたのは、屋上。重い藍色に染まった空が視界に飛び込んできて、見知らぬ別空間に迷い込んだような不思議な解放感が湧いて来た。

空の向こうでは、隅田川花火大会の花火が、小さくくっきりと現れては消えていた。今までいた搭乗ロビーの喧騒が遠い世界の出来事だったような気がする。広い屋上には、軽飲食が摂れる建物もあるし、屋外での休憩ブースも用意されていた。端っこの方では、手をつないだカップルが数組、飛行機が飛び立つまでの束の間のデートを楽しんでいた。さながら、穴場デートスポットといった処。多くの人々が日々羽田空港を利用するが、屋上へ上る人は極めて少ない。デートの方もそうでない方にも、お勧め♪
まとめ
春から私事多忙が続き、この旅行記を書きあげるのに3か月もかかってしまった。京都のウィークリーマンションで、汗でぐっしょり濡れたGパンを脱いだ時の安堵感が今も蘇るのだが、一昨日には雪が降った。季節の変遷は、ほんと早い。

そもそも、この旅の始まりは愚息宅を急襲すること。「せっかく行くのだから、久しぶりに新幹線に乗って祇園祭をみよう。」「ついでだから、東京も少し・・・」「めったにない機会だから、関東圏の友達にも会って来たい。」せっかくとついでが膨らんで、2週間の長旅となってしまった。

これで、3年続けて京都を訪れている。いつもながら、京都は町全体が良い意味で観光地で、一歩外へ出れば、そこはもう何かしら歴史ある地。だから、何度訪れても新鮮なのだろう。今回は、ひょんなきっかけから京都の地下鉄「1dayカード」を使ってみた。京都の地下鉄は、意外な事に「烏丸線」と「東西線」の2路線のみというシンプルさ。京都駅前バスターミナルから各観光地へのバス路線が網羅されているので、観光はバスが主流なのだ。しかし、バスを使って観光していると、頭に京都の地図が描けない。最初の観光地を訪れて、さて、次の観光地へ行くにはどうすればいいのか?答えは3つ。①地図を頼りに、ひたすら歩く。②タクシーに乗る。③京都駅に戻り、そこから次に行きたい観光地へのバスに乗る。つまり、観光地から観光地へと結ぶバスがなく、観光地は点として存在しているのだ。これは土地勘のない観光客にはとても不便。そこへいくと、地下鉄は大ざっぱにではあるが、要所を線としてつないでいるので、位置関係が理解しやすい。京都も、今少し地下鉄が発達してくれたら有難いのだが。とは言え、京都のどこを掘っても遺跡だらけだろうから、それは無理なお願いなのかもなぁ~。














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