TOP

2011年 沖縄

うちな~、めんそ~れ♪・・・平和の礎・なんみん祭・沖縄美ら海水族館



11/05/10~11/05/17  札幌⇔沖縄(大人2名)


日程   新千歳空港から羽田空港で乗り継ぎ  沖縄7泊(ツアー込みのホテル2泊&ゲストハウス5泊)
経費   大人2名
交通費 沖縄ツアー(航空券&ホテル2泊)=@39,800円2=79,600円
      「美ら海水族館と今帰仁城跡」観光バスツアー @5,400×2=10,800円
宿泊   パシフィックホテル沖縄
      ロハスヴィラ (ゲストハウス・個室) (@2,300円×5泊)2=23,000円
     
入場料  美ら海水族館  @1,620円×2=3,240円
      平和祈念館   @300×2=600円
      首里城      @800×2=1,600円
      玉陵        @300×2=600円

食事&食材費                                                            12,416円
交通費                                                                 7,240円
雑費                                                                    5,417円
                                                             〆て   144,513円


旅程
1日目 移動日 5日目 福州園  
2日目 雨でホテル滞在 波の上ビーチ
3日目 沖縄平和祈念公園 壺屋やちむん通り
平和の礎 6日目 なんみん祭
国立沖縄戦没者墓苑 7日目 万座毛
4日目 首里城公園 沖縄美ら海水族館
玉陵(たまうどぅん) 今帰仁城跡
首里金城町石畳の道 ナゴパイナップルパーク
 


食べたところ                                               泊まったところ                             
フードコート・アネックス(羽田空港) かけそば&Coffee パシフィックホテル沖縄
牧志公設市場 沖縄そば ロハスヴィラ
あやぐ食堂 ゴーヤチャンプル定食
だるまそば 宮古そば
チサンリゾート沖縄 美ら海 美ら海幕の内
どん亭 ミニ牛丼
太栄食堂 イナムドゥチ定食&日替り弁当 他










1日目   出発 編     ☂     今日の歩数=15,092歩
 

一度行ってみたいと思っていた沖縄。

旅行社・HISにジャストな企画を・・・発見!往復航空券&ホテル2泊つき。で、延泊もOK。
ただ、この時期の沖縄は、もしかすると梅雨に遭遇しちゃうかもしれない!ということで、offシーズン。
今年の梅雨は何日頃なのだろう?
って、んなこたぁ神のみぞ知る。取り敢えず、行って見っぺぇ~~~~。゚( ゚^∀^゚)゚。

新千歳空港から那覇空港までの直行便はないので、羽田で乗り換えることになる。
私が乗るのは、写真一番上のTOKYO・504便。
取り敢えず、東京は曇りかぁ。ま、雨じゃあないだけ幸先よし。


11/05/10 フードコート・アネックス(羽田空港)


かけそば@480円


Coffee@230円
新千歳空港から沖縄への直行便がないので、羽田で乗り換え。ちょうど、昼時分だったので羽田空港内のフードコートで軽く昼食をとっておくことにした。にしても、新千歳空港内の飲食店に比べると、お安い~~~。

しかも、この緑のスペースが何とも言えずゆったりとしていて、まるでオアシスのよう。安らぎの時間が静かに流れて行く。




~沖縄~



那覇空港・発着ロビー


ゆいレール・那覇空港駅


ゆいレール(2両の可愛らしいモノレール)


閑話
かりゆしウェア

空港レンタカーカウンターの職員
那覇空港に降り立って、那覇空港ロビーを歩く。どことなく漂うふんわりとした南国の空気が心地よい。
そして、目に飛び込んできたのが、このシャツ姿。

実はこれ、沖縄県で夏に着用されるアロハシャツに似た「かりゆしウェア」という名のクールビズ。
「かりゆし」(嘉例吉)とは、沖縄の方言で「めでたい」という意味なのだとか。

ゆいレール、市役所、ホテル、売店のお姉さんなどなど、企業などは制服として、一般人は日常着を兼ねたちょっとした仮正装(男性はワイシャツとネクタイの代用)として。何ともさりげなく着こなしている様が涼しそうでもあり粋でもある。!
ちなみに「かりゆしウェア」は、シャツの裾をズボンやスカートから出して着るのが正しい着方である。

「是非一枚ほすい~~」と思いつつ国際通りの店を覗き歩いたが、結局買いそびれてしまった。お値段が、ピンからキリまで。それだけに迷ってしまう。

次に訪沖する機会があったら・・・・・買うゾォwww


11/05/10 パシフィックホテル沖縄


ツインルーム


部屋からの眺め


ウェルカム・ドリンク
11階建て客室389室というジャンボなホテル。ちょうど沖縄観光オフシーズンながら、修学旅行生で賑やかだ。
ちなみに、真ん中の写真・手前の庭の隣に見えるのがプール。

さて、まずはウェルカム・ドリンクを楽しむとすっか。


朝食はビュッフェ


売店には「かりゆしウェア」


ホテルの庭
まずは一日目、おやすみぃ~。
って、実はじぇんじぇん眠れなかった私。隣の部屋の声がつつぬけなのだ。と言っても、中の1人の女性の声、「ギャー」とか「ワー」とかが、まるで目の前にいる様に大きく響いて聞こえてくるのだ。

朝、食事に降りたついでに、フロントで聞いてみた。「あのぉ、お隣の部屋の方、今日も泊まる様ですか?」。「ハイ、連泊のご予定です。どうかしましたか?」と言う返事。昨夜の仔細を伝えると、部屋を替えてもらえる事になった。

今度の部屋は、広くてゆったり。昨日の部屋よりも格段にグレードが高い。あぁ、なんていいんだぁ~~~。昨夜も、ここに泊まりたかったよぉw





2日目  台風1号に遭遇!ホテル待機 編   ☂    今日の歩数=12,069歩

ホテル周辺


街中にタッド(刺青)屋さん


HottoMotto
ゴーヤー弁当にチャンプルー弁当

沖縄といえばOrionBeer


海ぶどう
この歯ごたえが堪らない




近くのスーパーにて
さすが沖縄だなぁ~
一夜が明けてみれば、なんと何とナント猛烈なる暴風雨。「台風1号」が、私とツレを出迎えてくれたようだw
どうにも動きがとれないので、ホテル内にとどまり天気が落ち着くのを待つことにした。しかし、台風は一向におさまる素振りもなく居座り続ける。結局、終日ホテルでまったりのんびり過ごすことになった。

夕方、暇をもてあまして、台風の中ちょっこし街中を徘徊することに。しかし、ツレはホテルを出た途端に強風にあおられ、傘を壊されて「ぬれ鼠」になってしまった。

ホテル周辺は、刺青屋さんが普通に通りで店舗を構え、その隣の弁当屋さんのメニューはゴーヤー弁当やらチャンプルー弁当。そして、ビールはやっぱり沖縄・Orion。おつまみは、海ぶどうがええべさぁ。雨宿りを兼ねて飛びこんだスーパーの店頭には、でんと豚肉郷土料理が並んでいた。「あぁ、沖縄にいるんだ、あたし達。」と改めて実感。だって、まだ沖縄に着いたというだけで、一か所も沖縄観光をしてないんだもんね、私たちw




BACK TOP


3日目  沖縄平和祈念公園 編  ☁     今日の歩数=9,392歩


街で、こんなの発見!

閑話
ガジュマロ
沖縄の街の至る所で見かけるのが、この「ガジュマロ」の木。

幹が多数に別れて地面に向けて垂れ、その幹の先が次第に自分の幹に複雑に絡みついていく。さらに地面に達すると、すでに存在する幹と区別がつかない程の立派な幹となる。なんとも、不思議な木!

そんな姿が県民にこよなく愛されている「ガジュマロ」。街路樹や細工物に利用され、燃やした灰の灰汁は沖縄そばの麺の製造にも使われている。「ガジュマロ」が醸し出す南国情緒は、沖縄の街の風景そのものだ。

ちなみに、「ガジュマロ」という名の由来は幹が絡まる姿から「カラマル」が訛ったという説がある。しかし、垂れ下がった幹が地面に達していく過程で土台となる木は枯れて行くため、別名「絞め殺しの木」とも呼ばれるそうな。
ギジムナー

さて、ガジュマロの木に棲みついていると言われているのが「幸福をもたらすキジムナーという名の精霊(妖怪)」。願い事を叶えてくれると信じられているようだ。

「体が真っ赤な子供」とか「赤髪の子供」、「赤い顔の子供」として現れる、とも言われる。

沖縄では「キジムナーの足跡を見る」という遊びがあるようだ。静かで薄暗い場所に円を描いて、白い粉(小麦粉など)をまき、円の中央に火を灯した線香を立て、呪文を唱え20数えて戻ると、粉の上にキジムナーの足跡がついているのだと。

県民に愛されているキジムナーは、社会貢献でも活躍中。沖縄テレビ放送のマスコットキャラクターもつとめて、そして、写真の様に交通安全キャラも!。


本日の予定


那覇バスターミナルから糸満へ
糸満バスターミナルで乗り換え

平和祈念公園
沖縄での移動といえば、レンタカー。しかし、現地の公共交通機関に乗って土地の人やその暮らしぶりにふれてみたい私たち。今までも、旅の間は地下鉄やバスなどを利用してきた。今回もそのつもりで、まずは那覇バスターミナルから糸満バスターミナルへ。そこでバスを乗り換えて、平和祈念公園を目指す!予定だった。

午前9時、那覇バスターミナル発の「琉球バス」に乗り込んだ。首尾は上々♪
ほっとしてバス車内を見回せば、客はお年寄りばかり。路線バスなので、市民の足といったところだろうか。とその時、若い運転手さんが私たちに問うた。「どこまで行くの?」みたいな~。と言うのも、私たちには彼の言うことがさっぱり理解できないのだ。まず、言葉の尻尾に「サー」がつくのは解るけど、単語すらも聞き取れない。そうこうするうちにバスは出発し、走行中の合間をみつけては、糸満からのバス時間を調べてくれた。なんでも、糸満から平和祈念公園行きのバスは待ち時間が1時間55分もあるそうな。そこで運転手さんが言う。「タクシーで行けばいいサ~。」と、ここでツレと運転手さんとの会話に齟齬が発生。「糸満でタクシーを呼んでくれるってさ。」とツレ。「うん?糸満のバスターミナルで待てばいいの?」と私。

糸満バスターミナルで降車した私たち、さてと呼んでくれたタクシーはどれだっぺ。きょろきょろ見回していたら、さっきの運転手さんが大慌てでバスから降りてきて、そこに止まっていたタクシーに私たちを押しこみ、「平和公園まで連れてって。」みたいな事をタクシーの運転手さんに言った。まるで、子供を託すみたいに。帰りのバス時刻を調べてくれ、その上ここではちょっと書けないのだが、ひとかたならぬ心遣いを受けた。琉球バスの運転手さん、ほんとにほんとに有難う。感謝!!!


11/05/12

沖縄平和祈念公園

沖縄県平和祈念資料館


平和祈念堂


摩文仁の丘と海
平和祈念公園は本島南部の「沖縄終焉の地」。糸満市摩文仁の丘をのぞむ海の崖から多くの人々がその身を投げた。そんな悲しい歴史の記憶をも抱き込んで黙したまま、今はただ目の前に美しい海岸線がひろがっていた。今日はあいにくの曇り空。海も空も、今にも泣き出しそうだ。

①沖縄県平和祈念資料館
時間がない!大急ぎで進んだ最後の方の展示で・・・足が止まり声をのんだ。「ここにいたら、いつかは自分も人を殺すことになりそうだ。帰りたい。国へ帰りたい。」と言って、酔っぱらって道端に寝てしまう米兵。その慟哭が聞こえてくる。沖縄戦の被害者は沖縄の人々。けれど、加害者である米兵も戦争という狂気の前に心を病んでいったのかもしれない。その次の展示は、ベトナム戦争で米兵が首に片手だけがぶらぶらとついた地元の男の子の遺体を、笑顔でかざしていた。それを見た居合わせた男子修学旅行生が「うわぁ~、ひでぇ~。」と目をそむけた。この加害米兵は、すでに戦争の狂気に精神が麻痺していたのか、はたまた病んでいたのか。二枚の写真が戦争の実態を如実に語っていた。加害側だって、命を奪う戦場では平常の人間の心ではいられまい。それが、戦争。戦争は、自分たちに服従しない人々を武力でこの世から抹殺することなのだから。

展示は、「沖縄戦への道」「鉄の暴風」「地獄の戦場」「証言」「太平洋の要石」の五つの常設展示室からなる。日本で唯一戦場になったところ・沖縄。それが、どんなに悲惨なことであるか、改めて思う。


②平和祈念堂
真っ白な祈念堂は、空から見ると正七面体型。これは、「七つの海」と「合掌」の形を表わし、人類・国家・思想・宗教その他一切のものに囚われることなく、世界平和を訴える意味で作られたモニュメントなのだとか。

③摩文仁の丘と海
第二次世界大戦では、この海岸に米軍の戦艦が海上を埋め尽くして空襲や無差別艦砲射撃を繰り返し、阿鼻叫喚の地獄絵を繰り広げた。崖の下の海は遺体で真っ黒になったという。
平和の礎


平和の礎


平和の火
私たちがここへ来たいと思った目的は、「平和公園」内にある「平和の礎」にある。

海に対峙する平和広場の中心に「平和の火」が灯り、それを基点として円弧を描くように放射線状に「平和の礎」(刻銘碑)が整然と配置されている。まるで屏風を半開きにした様な刻銘碑には、国籍・職業・宗教など一切に関係なく23万人の名が刻まれていた。その中には沖縄地上戦で命を落とした罪もない沖縄県民・約10数万人が含まれて、今も毎年追加刻銘され続けている。

米軍も日本国軍人も一般人も、いわんや思想や宗教が違っていても、戦争によって一つしかない大事な命をとられた現実とその悲しみは、誰も彼も同じ。沖縄戦で亡くなった全ての人々の名前を刻んだ礎の前に立てば、その数の多さに足がすくむ。
国立沖縄戦没者墓苑


公園南口から東へ歩くと、霊域に出る。そこの緩やかな坂の両脇には各県の慰霊塔があった。どこの県も広い敷地に立派な慰霊塔が建っているのだが、北海道が・・・ないなぁ。と思いつつ登って行くと道沿いに花と線香を売っているおばちゃんがいた。「ここは国(厚生労働省)が建てた墓地だよ。戦没者全員が祀られているから、お参りしていって。」うん?戦没者全員?平和の礎は全員の名前が刻んであったけれど、ここにはご遺体が入っているのかな?おばちゃんの話によると、上の左の写真の献花台の奥に最初は遺体そのままを入れていたけれど、すぐに一杯になり、そのさらに奥に作った所へは火葬で入れているのだそうな。

そうと聞けば、お参りしない訳にはいかない。早速、お花と線香を買って合掌。おばちゃん情報によると県碑は魂のみが祀られているのだと。ちなみに、北海道は土地を買うのが遅かったので、ここはすでに完売。そのため、「ひめゆりの塔」の方に道碑を建てたということらしい。


閑話
路線バスの一期一会
帰りには「ひめゆりの塔」にも寄ってみたい。という心積もりだったが、広い「平和公園」内を歩き回っているうちに夕刻となってしまった。朝、往路のバス運転手さんが私たちをタクシーに押し込んでくれなければ、「平和公園」すらも全部は見きれなかっただろう。改めて、感謝!!!

復路、「平和祈念公園」のバス停で1時間ほど待って、糸満バスターミナル行きバスに乗った。車内は、通学の学生やら病院帰り風のお婆ちゃんやらがパラパラと乗っている程度でのんびりと時間が流れていた。と、そんな中、頭にねじり鉢巻き足元は雪駄の男性が乗り込んできて、ツレの横の通路をはさんだ席にデンと座った。以来、お話好きらしく沖縄の言葉でツレにひっきりなしに話しかけてくる。「どこから来たのか。」「平和公園からの帰りか?」から始まって「沖縄で集団自決がなかったなんて言うのはおかしい。本当のことなのに。」「基地はいらない。」「沖縄は物価が安いけど、俺ら魚を扱うものたちは安く買いたたかれている。」話題はあちこちへぶっとぶのだが、なかなかに博識だ。成程、魚関係の人だからねじり鉢巻きなのか。走行中にツレが両替のため立ち上がったら、「駄目だぁ。バスが止まってからじゃぁないと両替は。」ととっさに沖縄弁で制した。運転手さんは苦笑い。

その会話を聞いていたツレの前の席の男性が、話に割り込んできた。「実は沖縄に永住しようと思って大阪から来たけれど、部屋を借りるのに保証人がいなくて困っている。」と、こちらはかなり強烈な大阪弁。件の鉢巻き氏は、「おぉ、沖縄ええとこだ。こいやぁ。」って、まるで自分の家に招くみたいな調子で言う。近くにいた女子高生が、プっと吹いた。とはいえ、この沖縄人と大阪人と北海道人の三人の会話は全くかみ合わない。というか、言葉が微妙に通じていない。しかし、ざくっとした会話が実におもろい。

そうこうしている間に糸満魚市場前に到着し、鉢巻き氏は降りて行った。乗りこんできた時は鉢巻き・雪駄くらいしか印象がなく、走行中はツレの陰で顔が見えず声だけを聞いていた私。こうしてよく見れば、歌手の吉幾三を若くしてインテリ風味で味付けしたような風貌。声やコーデと違って、なかなかイケメンじゃぁないの。鉢巻き氏が降車した後の車内は、火が消えたような静けさとなり、どことなく寂しくなった。


11/05/12 ロハスヴィラ

部屋のベランダから手を伸ばして撮影

横一線の灯りが国際通り
縦の灯りが沖映通り


変更前~天蓋つきベッド


変更後~二段ベッド
今夜から宿がえ。港近くのホテルをチェックアウトして、国際通りに接する沖映通りのゲストハウスへ。実はここ、アジアンをテーマとした部屋作りのゲストハウスなのだが、何と言っても国際通りから徒歩10秒、ゆいレールの駅からも徒歩圏内という立地が便利で嬉しい!

ドミトリーと個室のうち、私とツレは個室を予約。狭いのはエエとしても、最初に通されたのが「天蓋ベッド」の部屋で、思わずのけ反ってしまった。「一応セミダブル程度のベッドだけれど、2人ではちょっと狭いよねぇ。床に布団を敷いて、ベッドと布団とでそれぞれ寝てもいいけれど・・・。でも、たしかツインで予約したと思うんだけどなぁw 」という次第で、早速フロントに部屋がえを希望した。で、渡された鍵は二段ベッドの部屋。最初の部屋と狭さは変わらない様な気もするが、ベッドが二つあるのは勝手がいい。しかも、角部屋のお陰で窓はハメ殺しで開かないがベランダから明るい陽が入る。よし!これでよし!!ほっと一安心。

施設をちょっと紹介すると、各階に共同のシャワールームとトイレと洗面所があり、階段前フロアには有料の洗濯機が設置されている(洗剤は無料)。共同ってどうなの?混み合って自由に使えないのでは?という不安は杞憂だった。使用中の時には、他の階のを使えばいいので全く不便はなし。ちなみに、沖縄では風呂よりもシャワーを使うのが常だそうな。「風呂好きなツレが、風呂なしで大丈夫か?」とも思ったが、シャワーは、思いのほかいい♪しかも、各室パソコンがついている。私たちの部屋のは、32.4型テレビ・アクオスにつなぐタイプ。テレビの大画面でパソコンをした経験がなかった私、びっくらこいたぁ~。そうそう、DVDもフロントから借りて無料で観ることが出来る。

廊下に出たら、旅行バッグを押した若い女性が、さっき私が替えてもらった天蓋ベッドの部屋をあけて感歎した。「きゃぁ素敵!」「www」(私)なるほど!若い子には、こういうお姫様ベッドは人気なのだろうが、実用本位の中年夫婦には「猫に小判。豚に真珠」。

部屋も施設も随所に創意工夫がみられ、なかなかもって狭いながらも楽しい我家♪じゃぁなかった、楽しい仮の我家。
ただ、入居時の料金請求が5日間2人で28000円。1泊1人にすると@2800円ということ。それは繁忙期価格で今はオフシーズンなので@2500円のはずだ。さらにバーゲン期間中は@2300円と、メールで確認済み。それを指摘して、結局5日間2名で23000円となった。その点だけは、しっかりしてほしいなぁ。滞在中特にトラブルがなければ、後はフロントの黒い皿に部屋の鍵を置いて帰れば今回の契約はすべて完了。とっても、快適で楽!なのだから。


閑話
二千円札
国際通り近くの店で買い物をしたら、なんと二千円札でお釣りが・・・きた。久しぶりの再会なり。

2000円という単位の半端さやATM機対応の経費などが原因で、結局は不人気のまま今は日銀の金庫に大量に眠っているという。事実、当時は二千円札で買い物をして釣りを間違われたことがあり、何より自分が千円札と取り違えてしまう恐れがあったので、持っているだけで気になり早々に財布から追放する算段をしたものだ。

しかし、札の表面が守礼門という縁で、沖縄では今も使われていた。沖縄県人の郷土愛をみた思いがする。


11/05/12 牧志公設市場

牧志公設市場入口


さすが沖縄!肉屋の店先で店番するのは、この方!



魚屋さんは、熱帯魚みたいな色鮮やかな魚がw
今夜は、ここで夕食。って、エラク有名な場所!だったのね。宿から直近なので、何気に行ってみたのだけれど・・・。肉屋さんではグラサンの豚チャンがこっちをみてるし、魚屋さんでは熱帯魚としか思えない様な赤とか青の色鮮やかなお魚が刺身用って並んでるし、地味色のお魚しか食文化にない道産子のワタクシ的には「これは大いなる抵抗を感じざるを得ないw」。

軽~いカルチャーショックw
2F飲食街

  
豊年
沖縄そば(中)@400円   (大)450円 

これ、なんだか解る?
さてさて、いよいよ夕食。何を食べようかなぁ~。
実はこの市場、一階で買った魚を刺身にして二階の食堂に届けてもらうことも出来る。手数料は、三種まで@500円。

二階へ上がった途端に店の客引きが激しくて、どの店にするか迷いまくってしまった。ちょうど、修学旅行生で賑わっていた店に腰を下ろすことに決定。でもって、このシチュエーションで食べるなら本来は階下の魚屋さんで作ってもらう刺身!と言いたいところだが、金魚の様に色鮮やかな魚を見てひいてしまったワタクシ。取り敢えずは、地元の「沖縄そば」に決めた。私が(中)でツレが(大)。しかし、(中)は想定外に麺が少ないよぉ~。って、喰い意地の張った事を言ってはいけましぇんなぁw ワタクシ的感覚で言えば、これは「そば」というより「うどん」です。断じて、成分は蕎麦粉ではないもん。ちなみに沖縄では、これが「そば」で、いえ沖縄言葉では「すば」で、私が日常食べている「そば」は「日本そば」と言い分けているそうな。これって、澱粉が入ってるかなぁ?と、ふと思う。北海道は倶知安の名産・豪雪うどんに、食感がとても似てるんだけれど・・・。つゆは北海道の醤油味とは違って、あっさり塩味。

右の写真、何だか解る方・・・いるかしらん。ワタクシはさっぱり解らずw なのに、ツレは一発で当てて得意顔www 
答えは、腕相撲の台。えぇぇ、なして、市場の二階にこんなのがあるんだべぇ~www



BACK TOP


4日目  首里城→玉陵→石畳の道 編  ☁     今日の歩数=28,803歩

首里城まで、街並みを楽しみながら歩く。



民家の瓦屋根にはシーサーが!

  
石敢當(いしがんとう)


民家の庭にはたわわに実る島バナナが!
①シーサー
お馴染み・沖縄県の伝説の獣・シーサー。悪霊を追い払う魔除けとされていて、民家の瓦屋根に鎮座する。「シーサー」という名は、「獅子」を沖縄方言で発音したものだそうな。

②石敢當(いしがんとう)
沖縄県では、市中を徘徊する魔物は直進する特徴を持つとされ、そのため至る所にあるT字路や三叉路の塀や門に、今も「石敢當」が設けられている。直進してきた魔物が突き当たりにぶつかると「石敢當」に当たり砕け散って、魔をよけるとされる。

③島バナナ
民家の庭などに普通に植えられている沖縄の在来種。しかし、大変高価なモノでひと房@1万円ほどするものもあるようだ。そのため、本州にはほとんど出回ることがないらしい。サイズはモンキーバナナに近く、味は普通のバナナとは全く違うモチモチ感!で実に美味いのだと。先日「平和祈念公園」まで乗ったタクシーの運転手さんが言っていたが、沖縄ではそのへんに実っている果実を食べても誰も咎め立てたりしないのだと。こんな処にも、沖縄県人の大らかな気質が見え隠れする。食べてみたい気持ちはやまやまなれど、暦年齢ではお釣りが来る程「大人の部」に仕分けられるワタクシ。となれば、人様の庭のバナナを勝手に頂戴するなんて、さすがに気がひけて出来ましぇん。


閑話
沖縄にはカラスがいない!?
国際通りを首里へ向けて歩くと、やがて店屋街が切れて一戸建てやらマンションが立ち並ぶ住宅街へと風景が変わって行った。

途端に、ふと疑問が頭をもたげた。
この日、ちょうどこのあたりの「ゴミ出し日」らしく、各家々の玄関前に、まるで買い物の後に置き忘れたかの如くポツネンとビニール袋が置かれているのだ。

私の居住する札幌市の場合は、各所にゴミステーションを設けてそこへゴミを捨てている。「自分の家の前に置いたゴミを回収してくれる。」などという親切なシステムにはなっていない。何故か?その一番の理由は、カラス。たとえば、無造作に生ごみ入りの袋を置けば、たちどころに彼らに食い散らかされてしまうから。

我家は円山という山の麓にある。実はここ、カラスのネグラでもある。彼らは、この山から毎朝ガァガァと一族郎党ひきつれて歓楽街・薄野へと出勤し、夕方には朝来た経路を逆に辿って、皆でネグラの山へ帰還する。いや、その騒々しいったらぁ。ま、それは別の話だが、問題はゴミ出し。毎日薄野の美食を食んでいる彼らには、粗食な我家の生ゴミなどお口に合わないだろうと思うのだが。

かくして、その対策として我町内では、板を数枚とじ合わせたものをゴミの日にサークル状にひろげ、そこへゴミを入れる。その上からネットをかけ、さらにビニールシートをかぶせ・・・いや、まだまだ!これだけでは終わらない。そのうえに、スノコの様な板を「重し」代わりに乗せる。いやはや、ゴミを捨てるのも重労働。

そもそもの最初は、ネットをかけるだけだったのだ。しかし、慣れてくると一羽がネットを持ちあげ、その隙間からもう一羽がゴミを引っ張り出すという共同作戦をひねり出した。では、サークルにすればいいのでは?という案が出た。が、これも軽い板なので、ひょいと嘴でついて動かせば下の隙間からゴミを取り出せると学習してしまった。住民が新たな対策を施すと、カラスはいつの間にかそれをスルッとクリアーする名案を見つけ出してしまう。なんだか、その度にあちらの頭がグングンよくなってきた様な気がしてならない。それに引き替え、こちらは全く変わらずw

なので、こんな呑気なゴミ出し風景は、信じられないほどの衝撃なのだ。
そう言えば、那覇に来てから一度もカラスをみかけていない。ググッてみたら、沖縄の北部にはいるらしいが、南部にはいないようだ。暑さが苦手なのだろうか?私がカラスなら、寒い北海道より暖かい沖縄が断然いいけどなぁ。何にせよ、羨ましい!!!


11/05/13 首里城公園

守礼門
2000年、「琉球王国のグスク及び関連遺産群が世界遺産に登録された。詳細は以下。

琉球王国のグスク及び関連遺産群
1、首里城跡 2、園比屋武御嶽石門 3、玉陵 4、識名園
5、今帰仁城跡 6、勝連城跡 7、座喜味城跡 8、中城城跡
9、斎場御嶽 首里城公園
ちなみに、9つの中で城は全て「跡」である。
今日これから訪れるのは、1と2と3。実は4まで行きたいのだが、たぶん時間がなさそうだなぁ。5については、数日後に訪れる予定。そして、6以降は那覇から遠いので、今回は断念することになりそうだ。

琉球の歴史
琉球王国は今を去ること570年前に建国し、450年間にわたり日本の南に存在した王国である。

琉球の島々には約32000年前から人類が住んでいたが、自然淘汰され1429年に尚巴志(しょうはし)が統一。かくして、琉球王国が出来た。その後、中国・日本・朝鮮・東南アジアとの外交や貿易が進み海洋王国へと発展していった。首里城は、政治・経済・文化などの中心的かつ象徴的役割を果たした城である。

琉球王国の唯一の政権交代は、統一王朝が成立した40年後。伊是名島(いぜなじま)の農夫出身。金丸(かなまる)がクーデターにより政権を奪取し、新王朝を開いた。しかし、中国皇帝との関係を鑑み、尚王家を継承し尚円王(しょうえんおう)と名乗った。ために、この政権交代以前の王朝を「第一尚氏王統」、それ以後を「第二尚氏王統」と呼ぶ。

第二尚氏王統は約400年間続く。しかし、1609年、薩摩藩が武力侵攻で首里城を占拠したため、以後270年にわたり、表向きは中国の支配下でありながら、実は薩摩と徳川幕府の属国支配を受け続け、やがて明治維新をむかえた日本政府により琉球王国を廃止して「琉球藩」を設置する「琉球処分」を受け、琉球王国は滅亡した。
正殿への道

歓会門
首里城の正門
中国皇帝の使者・冊封使など
訪れる人を歓迎する門


 
阿吽

瑞泉門
瑞泉は「立派なめでたい泉」という意味
門の脇の龍桶にちなみ命名

龍桶
瑞泉門の手前にある湧き水。
国王一族の大切な飲料水。
冊封使が訪れた時は宿へ届けられた

漏刻門
櫓の中の水時計で
時刻を計ったことで名付けられた。
身分の高い役人も国王に敬意を表して
ここで籠をおりた。

日陰台(日時計)
1739年~1879年廃藩置県まで
国王の時を刻んだ。

万国津簗の鐘
海洋貿易・琉球王国の
気概を書いた銘文が有名。
(レプリカなのが残念)

広福門
東側は戸籍を管理をする「大与座」
西側は寺・神社を管理する「寺社座」
現在は券売所。

首里森御嶽
城内の礼拝所の一つ。
神話によれば「神が作られた聖地」

奉神門
御庭に続く最後の門。
中央の門は
国王や身分の高い人だけが通れる。

沖縄独自のすらりと長い龍

淑順門
国王やその家族が使う門

右掖門
国王の親族や女官が使う門

久慶門
歓会門が正門ならここは通用門
首里城跡(復元)有料ゾーン・入場料@800円
首里城跡
正殿

王の居住する所
首里城跡

北殿

政務の中枢。
中国からの使者の接待所。

現在は展示場・映像コーナー・売店。
北殿は中国接待用
御庭(ウナー)

40m×44mの広場
赤と白の敷き瓦を敷き詰めた
式典の会場。

縞模様の敷き瓦は
儀式の際、役人が位の順に
並ぶ目印の役割。


正殿(朱塗り)    南殿(奥の二階建)・番所(手前の平屋)

番所は登城者の休み所。現在、見学入口として使われている。
南殿は、催時や薩摩藩の接待所。

南殿と正殿は渡り廊下で往来。
南殿は日本接待用
正殿

一階・御差床(うさすか)
儀式や政治の時に王が座る玉座
正面の階段から二階へ

二階・御差床(うさすか)
二階には黄金の装飾が施された椅子が!
中央には琉球様式の首の長い龍!

玉座の「葡萄とリス」の装飾
「葡萄とリス」は当時の琉球には存在しないモノ
なのに、何故?
今日も修学旅行生と一緒になった。
彼らは、実に滞在時間が短い。かく言う私も、振り返れば修学旅行での定番観光地などは、さして興味もなくスルッと通り過ごしてきたような。今思うと、何と惜しいことを!と思うが、欲も得もない若い時は、どなたも多少身に覚えがあるのでは。

さて、北殿の庭園に面した廊下に差し掛かった時のこと。中学生の女の子が呟いた。「あ、この廊下スズメ張りじゃねぇ~。」。確かに、ウグイスと言うには姦しい音だから、スズメの方が命名としてはぴったりかも。思わず吹きそうになるのを、ぐっとこらえた。その時、そばにいた同じ学校の男子生徒が正した。「ウグイス張りだべぇ。」。そんな会話を残して、彼らは一陣の風のように消え去った。
琉球舞踊


四つ竹


ぜい


むんじゅる


浜千鳥
「まもなく、城近くの広場で琉球舞踊が始まります。」とのアナウンスに、観覧もそこそこに駆け付けた。無料。

琉球舞踊は、王朝時代に中国から訪れる冊封使を もてなすためにつくりだされた「古典舞踊」と、廃藩置県以後に作られた庶民の生活や心情を描いた「雑踊り」とに大別されるのだとか。

「四つ竹」は煌びやかな衣装に身を包み、四つ竹というカスタネットに似た楽器を手に打ち鳴らし踊る。その様は金襴の衣装が眩しく派出やか。こちらは、典型的な古典舞踊である。
かたや「浜千鳥」。これは、帯をしないで着る琉球独特の着物が、庶民の生活から出た「雑踊り」らしい。
いづれも、琉球らしさが漂ってまるで異国へ来たような気分。楽しい。

無料ゾーン内で開催されているので、誰でも観ることができるのも、なかなかに良心的だ。
公園内


園比屋武御嶽石門


龍潭


弁財天堂


円覚寺跡


入口兼出口


閑話
北殿の展示場のとある所で「おぉ~~」と感歎の声が上がった。
声の主は、成人男性陣。しかも、複数。


写真は、当時の首里城に勤める官吏の一日。
この表によれば、午前9時から10時に出勤し、午後2時から3時ころ帰宅。
えぇぇ~、じゃぁ例えば10時~2時とすれば、勤務時間はなんとたったの4時間ではないのぉ。これは、世のサラリーマン氏が羨望の声をあげるのも当然だ。
それにしても、なんて優雅なのぉ!
ならば、現代の様な9時から5時、あるいは8時半から6時という勤務時間は、一体いつ頃からなのだろうか。

今の日本人は、働きすぎだなぁ~。


閑話
龍の爪
中国 皇帝は5本。
台湾 皇族は5本爪、お寺は4本爪、民間・ 一般は3本爪。
琉球・韓国・ベトナム 4本
日本 3本

中国では「五爪の龍」は天子の象徴。中国皇帝だけが、使用できたのだとか。そのため、属国であった琉球では「四爪の龍」しか許されなかったと言われている。許す云々よりも、中国への遠慮からという説もある。とにもかくにも、琉球は「四爪の龍」。

日本の有名画家が描いてきた龍の図は、ほとんどが「三爪」。では、何故に日本は「三爪の龍」なのか?中国からみると、隆盛を極めていた琉球よりも日本は一段下に格付けされていたからというのが有力説だが、しかし、建長寺の雲龍図は「五爪の龍」。こうなると、真相がますます解らなくなってくる。まぁ、中国との関係上、中国から強いられたか否かは別としても、大国・中国皇帝への配慮!(気がね)が無かったとは言い難い。


閑話
沖縄県立芸術大学
さて、そろそろ時計も正午を回った事だし、観光はここで中断して昼食モードへ!

昼食場所への道々、おりゃぁ、こんな素敵な建物があったよ。
こちらは、沖縄県立芸術大学。
興味津々なれど、「関係者以外の学内への立ち入り禁止」の立札がw
出来れば、いつものように「エセ女子大生」として学食体験をしてみたかったのだが、それは叶わなかった。

この建物どこかで見たと思ったら、そうそう、最初に泊まったホテルの窓から見えた「図書館」にそっくり。これが、沖縄独自の建築技法なのだろうか?ならば、一層興味は募る。

中へ入ってみたかったなぁ。


11/05/13 あやぐ食堂


メニュー


店内


ゴーヤチャンプル定食@600円


豆腐チャンプル定食@570円
ゆいレール首里駅から徒歩3分。

いつも旅の準備に「地球の歩き方」を買ってあれこれと思案するのだが、今回は国内。 言葉だって通じるのだし・・・。という訳で、気をぬいてガイド本は図書館から借りてすませた。そこに載っていた食べ物屋さんの、何と素朴で美味しそうなことか!これをみたら、とにかくそこへ行ってみるべぇ~!ということになった。に、しても、その本が出版されてほぼ10年以上。果たして今も営業しているのかどうか、微妙 www

おぉ、ここだぁ~!
昭和の頃、どこにでもあった様な外装の大衆食堂。今はとんと見かけないなぁ~、こう言う雰囲気の食堂ってw 早速、中へ入ってみた。昼時分をとうに過ぎているのに、客が切れることがない。成程、今も噂にたがわぬ人気店なのだなぁ。しかも、定食でなくてもご飯と汁ものがつく。つまり、単品メニューはない。ちなみに、私達がオーダーしたメニューには刺身までもが付いていた。かつ、ご飯の盛りが太っ腹!かなりのお値ごろだぁ!勿論、メインのチャンプルは美味しかったサー。語尾にサーをつけて、俄か沖縄県人気分♪


11/05/13 玉陵(たまうどぅん)

玉陵


雌獅子


玉陵碑
玉陵と書いて、たまうどぅん。観覧料金@300円。

玉陵は、1501年に尚真王が父・尚円王の遺骨を改葬するために建造。以来 第二尚氏王統の陵墓となった。現存のものは、沖縄戦で破壊された後に修復されたもの。墓室は三つに分かれている。中室は洗骨前の遺体を安置する部屋。東室は洗骨後の王と王妃。西室には、玉陵碑に名を刻まれている王一族。

三室は三人の王の墓だとばかり思っていたので、びっくり。

さて、「洗骨」とは何ぞや。遺体を骨になるまで放置し、数年後に骨を取り出して海水や酒で洗い、再度埋葬する葬制のこと。かつての沖縄でよくみられ、琉球王国の王室も、戦前まで洗骨を経て埋葬されていたそうな。「洗骨」による第二の葬式をすることで、子孫に豊穣や幸福をもたらすと考えられていたのだと。

ちなみに、玉陵碑には玉陵に葬られるべき尚真王外8名の王の名が刻まれている。「この書きつけに背くならば、天に仰ぎ、地に伏して祟るべし。」との一文もそえて。しかし、尚真王が存命中こそは守られていたものの、子の尚清王が即位すると廃嫡された兄・尚維衝を玉陵に移葬。その後も、王子たちの子孫は各家ごとに作った墓所に埋葬され、碑文は事実上反古となっていった。果たして、どんな祟りが・・・あったのかなかったのかw


11/05/13 首里金城町石畳の道

石畳の道


NHK「ちゅらさん」でお馴染みの民家


金城村屋(現在は無料休憩所)


金城大桶川
「日本の道・百選」のひとつ。
首里城の南にある金城町は、王朝に勤務する者たちが済む城下町であった。

石垣の道
1522年頃、尚真王の時代に琉球石灰岩で造られた石畳の道。現存する道は、わずか300m。道の両側に立ち並ぶ沖縄独特の赤煉瓦家屋が沖縄の雰囲気を醸し出し、なんだかホッとする。

NHK「ちゅらさん」の舞台
劇中「古波蔵家」として撮影に使われた民家。今も、一般の方がお住まいだそうで、「敷地内に立ち入らないように!」という看板があった。

金城村屋

石畳の道を進むと程なく目の前に現れたのが、金城村屋。現在は無料休憩所として開放されているので、自由にトイレの利用が出来る貴重な場所。この日、建物の中では学校帰りの小学生たちがコミック本を広げて、我家のように寛いでいた。微笑ましい♪

金城大桶川
金城村屋の裏というか横にあったのが、金城大桶川(かなぐすくうふふぃーじゃー)。平たく言えば、金城村の共同井戸。岩盤・奥の水脈からの湧き水を石垣で囲んだ井戸で貯めて、利用していたものだそうな。 


今日は足が減る程歩いたので、宿へ帰ってのんびりと夕飯。


うちな~弁当


地元の焼酎
ちかれた~~~。早く宿に帰ってゆっくりしたい!
という次第で、夕飯用にコンビニで買って来たのは、「うちな~弁当」とカップの地元焼酎。
ちなみに、「うちな~」は沖縄という意味。これには「パパイヤ惣菜弁当」という副題がついていたけれど、どれがパパイヤなのか解らない。だってぇ、パパイヤって果物としてしか食べた事ないもの。もしかして、切干大根みたいな煮つけのことか?w

さてと、沖縄の酒と言えば泡盛でしょう。と思うモノの、ツレは下戸。私1人で沖縄を離れるまでに呑み干せる量って・・・?検討がつかないので、ささやかにカップの地焼酎を買ってみた。個人的な主観で申せば、「久米仙」が美味しかったぁ。


閑話
何故に沖縄にはセブンイレブンがないの?
こうして数日間、しかも宿を他地域へ移動して沖縄滞在を続けているうちに、不思議に思ったことがある。あの最大手のコンビニチェーン・セブンイレブンに未だ一か店も遭遇していないのだ。何故だろう。

宿へ帰ってググッてみた処によると、セブンイレブンは、グループのドミナント戦略(その地域に集中して出店することで、その地域を支配する戦術)をとっており、物流面でもバラバラに出店するよりも効率的に展開するということらしい。

ちなみに、ローソンは47都道府県すべてに出店し、同地域に数多くは出店しないのがファミリーマートなのだとか。沖縄ではファミマの出店が多く、ローソンもパラパラ程度にはあるが、セブンイレブンはない。そう言えば、ソウルはセブンイレブンが多く、台北はファミマ一色だった。コンビニ業界の裏側は深いw



BACK TOP




5日目  福州園→波の上ビーチ→壺屋通り 編  ☁     今日の歩数=19,495歩

11/05/14 福州園

大門




照壁

タイサンボク


「照壁」を背にした風景
手前が欧治池

左海三山廊


宝光塔(白塔)


保聖塔(鳥塔)


東治堂の龍の柱


李白




「春迎」の門


キリン


鳳凰


欧治池と照壁(奥)
福州園は、中国・福州との友好事業の一環として建てられた中国式庭園。面積・8,500㎡。入園料は無料。

園内は、明・穏・華の三部による空間構成がされ、四季の景観を演出している。さらに、三山(千山、鳥山、屏山)・二塔(白塔・鳥塔)・一流((ミン江)といわれる福州の代表的な風景や建築物を再現し、中国の風景や文化を展開。福州の職人と材料により造り上げた、まさに「那覇のミニ中国」。

大門
福州園の入口。入園料は無料なので、氏名と住所を記帳して入園する。

照壁
大門から足を踏み入れると、正面にあるのがこの照壁。この壁の裏側に観覧台があり、目の前の欧治池周辺の景色が一望できる。

泰山木(タイサンボク)
アメリカ原産の常緑樹。春から初夏にかけ直径15cm程の真っ白くて大きな花を咲かせる。ちょうど、運よく花の盛りだった。

左海三山廊
大門を入ると、まず左右それぞれに同じ形の門と廊下がある。これは、大門を背に左側の門「海左」。

宝光塔(白塔)
保聖塔とで一対をなす。保聖塔に見られる仏像も彫りモノもない簡素な塔。

保聖塔(鳥塔)
彫りモノが施され、随所に仏像が配されるなどの装飾がなされている。

東治堂の龍の柱
東治堂の中には、大きな壺や中国船の模型などが展示されている。柱に絡みつく龍は4匹。それぞれに異なった龍が彫られている。

李白
飲酒台に立ち、杯を空に向けてかざす中国の詩人・李白。

春迎の門
門を潜ると、想像上の動物・キリンと鳳凰の石像が。

池には鯉やら亀が生息し、人の足音を聞きつけると傍までやってくる。奥の東屋で「鯉の餌の自動販売機」を発見。今日は入園者もあまりいないし、「どれ、鯉に少しご馳走でもしてやるべぇか。」と優しい気持ちになったのが、そもそもの失敗。一粒池に放り投げたら、どうやって察知したのか遥か遠くからもの凄いスピードで鯉の大群がこちらへやってくる。ノロマなはずの亀だって、いやいやなかなかどうして早っ。見る間に、弱肉強食の激しいバトルが展開してしまった。しかも、私は鯉に餌をやろうとしたのに、鯉がこちらへたどり着くより早くいずこからともなく鳩の群れがやってきて、私と相棒の周辺を取り囲み、池に餌を撒くどころの騒ぎではなくなってしまった。ヒッチコックの「鳥」を彷彿とさせる風景に、顔面蒼白の私。怖い~~~。残りの餌をツレに押しつけて、逃げ出したw

さて、入口の大門から進むと最後の方に「春迎」の門があるのだが、園の方のお話では、作る時には「春」から入って順に四季を楽しむという設計だったのだとか。なので、最初はそちらに入口があったのだが、隣家との敷地の関係で入口を現在の所へ変えたのだそうな。すると、さっき入った大門が冬を表現した所?

のんびりゆったりと、園内を徘徊することたっぷり二時間。いやぁ、都会のオアシスですなぁ♪


11/05/14 波の上ビーチ

波の上ビーチ


砂浜と観覧席




なみのうえ商店


紫外線情報の掲示
「波の上ビーチ」は、那覇市唯一の海水浴場。人工ビーチである。

「透き通るような青い海。波が白いサンゴ礁を静かにあらう。はるか先にみえる水平線は、まるで空までも包み込むようにゆったりと遠い。南の海辺は、時計の針が止まった様にまったりとした時間の中。」・・・と、思うじゃぁないの。だって、ここは沖縄の海なんだモン。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。こ、こ、これがビーチ?」絶句w
砂浜は300m程度。目の前には巨大な高架道路がビーチに並行して走り、車が頻繁に走行する。しかも、見れば肝心のビーチというのは、高架道路の手前に四角く張った青いロープの範囲内。まるで、プールではないか。これが、有名な「波の上ビーチ」なのかw


さて、その夜、宿でたまたまスモーキング・タイムでベランダへやって来た隣人と相棒が立ち話。なんでも大阪のご夫婦で、3週間程滞在しているのだそうな。その間に旦那はこちらでチャリを購入し、連日市内を走り回っているのだと。いわく「沖縄の青年が荒れる理由が解った。東シナ海側の海は、みんな米軍にとられている。」


11/05/14 だるまそば


フーチーバーそば(葱の代わりによもぎを乗せたもの)
宮古そば(大@530円、中@480円)
「あやぐ食堂」に続く「レトロ食堂」めぐり第二弾。
「だるまそば」は、宮古そばの店として地元でも人気の食堂とのこと。

古いガイド本によれば「泊大橋入口の波之上付近でひときわ目立つ黄色の建物。」。その一行をたよりに歩いたら、なんと先日泊まっていた「パシフィックホテル沖縄」前に出た。なぁんだぁ、ホテル滞在時なら徒歩でも数分でここへ来ることが出来たのかぁ。土地勘のない悲しさw

店内は、昔なつかしい食堂といった雰囲気。昼時分にはまだ少し間があるのに、すでに大賑わいだ。

一般的に「宮古そば」は、麺の中に具が隠れているのが特徴だそうだが、ここの店の「宮古そば」は麺の上に具が乗っている。ちなみに、具は豚三枚肉&かまぼこ&葱。かまぼこは、宮古からの取りよせだとか。さて、ここで古いガイド本から仕入れた情報を稼働。実は、頼めば「宮古そば」の葱をどっさりのよもぎに代えてもらえるらしい。その名「フーチーバーそば」。

先日の「沖縄そば」は比較的太い麺だったが、「宮古そば」の麺は細め。つゆは、透き通る様な色の塩味で、三枚肉とかまぼこから出た旨味とよもぎの香りが何とも言えず美味~!♪地図を片手に探し当てただけの甲斐は、あったなぁ。


目当ての食堂で、目当ての蕎麦にもありつけたし~♪
さて、次の訪問予定は壺屋通り。実はここ、我らのネグラのごくごく近く。ならば、ちょっこしMy Roomに立ち寄って、珈琲でも飲んで一休みしてから出かけるっぺ。という次第で、2時間ほどまったりと休憩。旅の間だけの束の間の自室とは言え、やっぱり自分の棲家は落ち着くなぁ♪



11/05/14 壺屋やちむん通り

国際通りの平和通り商店街


壺屋陶芸センター・トイレの手洗い
この洗面台、陶芸家の作品

骨壷専門店


人間国宝・金城次郎氏の作品店


陶器を取り込んで作られた塀


陶製のシーサー
「壺屋やちむん通り」とは、国際通りの平和通り商店街から「ひめゆり通り」(国道330号)へ抜けるまでの道。

300年前 琉球府が、那覇周辺に散らばっていた陶工を集めここに集約して作った陶器の街である。ちなみに「やむちん」とは、焼き物と言う意味。

平和通り商店街を抜けると、目に飛び込んでくるのが「壺屋陶芸センター」。そこのトイレをちょこっと拝借したら、手洗いの部分は名前は忘失したが陶芸家の作品だった。さすが!

石畳の道の両側には、陶器の店が立ち並ぶ。こんなに同業者が集まっていて、経営は大丈夫か?と余計な心配をしてしまった。商品の中心は、勿論シーサー。そして、びっくりしたのは陶器の骨壷専門店。沖縄ならではの商品に、思わず見いってしまった。

裏小路には、有名な「新垣家」とその工房がある。ここは、重要文化財にも指定された「記念撮影の人気スポット」とのこと。ちょうど家から人が出てきたので、写真を撮りそこなった。なんと言っても、個人のお住まいですもの。失礼のないように、そっと見せていただかにゃぁ。



BACK TOP




6日目  おひとり様DAY・ 国際通り周辺徘徊 編  ☁/☂      今日の歩数=15,372歩

11/05/15 なんみん祭

こども獅子舞


神輿


沖縄伝統の着物姿の子たち
さて、旅の間にはツレと私の別行動の日をつくるのが、いつからか恒例となった「おひとり様DAY」。いわば、今日は休息日。のんびり、まったり出来ればいい。というスタンスで、まずは国際通りをぶらぶらと歩く。

と、県庁前で珍しいモノに遭遇した。「なんみん祭」の子供獅子舞。
なんみん?難民?NO~!
「なんみん」とは、近くにある「波上宮」のことを言う。先日訪れた「波の上ビーチ」のそばにある神社である。ちょうど、この日は「波上宮」のお祭り。伝統芸能を通じて地域活性化を図る目的で、周辺自治会により行われる。奉納神事、子供獅子舞、ビーチ綱引き大会、のど自慢大会、演舞大会など内容は多彩。幸運にも、街へ練り出して来た神輿にばったり出会ったようだ。

こども獅子舞がサービス満点で、キュート~~。


不思議発見!

国際通りの「竹製品店」の前で・・・吹いて演奏しているのは、竹ぼうきですわよぉppp


閑話
「沖縄のてんぷら」は、衣が厚い!
さて、ツレは「一日ゆいレール乗り放題してきた。」と夕方、早めにネグラへ戻ってきた。手には、袋包みが!なんでも、商店街の惣菜屋さんの前を通ったらてんぷらを揚げていたので買って来たのだそうな。まだ、湯気がでているほっかほか。「これで、100円だってさぁ。」とツレ、ご満悦。

早速 袋を開けてみる。「これ、てんぷらかい?やけに衣が厚くて、見た目フリッターだべさぁ。」と絶句する私。食べてみると、うっすら醤油味がついていた。我が人生で食べてきた天婦羅とは、似て非なるもの。食感は、衣が厚いだけにおやつっぽい。「沖縄のてんぷら」は、例えるならばドーナツのように、おやつや間食という位置づけらしい。そうと知れば、これはこれで美味い!

それで、思い出したことがある。
以前 京都で食べた「天婦羅定食」。衣がどえらい厚い天婦羅で、「まるで、下手な家庭料理だ。」と思った私。あれって、もしかして「沖縄流のてんぷら」だったのでは?今思うと、とても似ているのだ。人は自分の成育歴の中で食べた味を基準に、美味しいか否かを判断する。我が人生の中での天婦羅は「衣は薄く、からっと揚げるのがよし」と、されてきた。けれど、料理にはその土地土地での歴史があり、文化がある。自分の物差しで「まずい!」と判断した、あの京都のお店に申し訳なかったなぁ。せめて、「天婦羅」という名ではなくて他の名がついていれば、全く未知なる料理として認知出来たものをw トホホ。





7日目  万座毛→沖縄美ら海水族館→今帰仁城→ナゴパイナップルパーク 編  ☂    今日の歩数=12,228歩


「沖縄では、公共交通機関を利用しての観光は難しい!なぜなら、沖縄は電車がなくてバス。しかも、その便数が非常に少ない。」と。平和祈念公園を訪れた時のバス運転手さんの心配りに触れて、さすがの私たちも多少は学習した。ゆえに、今日は沖縄バスの定期観光バスツアーに乗っかる事に決めた。今帰仁城跡の入場料、昼食つきで@5400円。ただし、水族館の入館料は含まれない。

11/05/16 万座毛

これは、何ちゅう木だべぇ?
万座毛とは、琉球王国の王・尚敬王が「万毛」(毛は原っぱの意味)と評したことに由来すると言われる。つまり、「一万人が座れる広い原っぱ」と言う意味らしい。

沖縄県国頭郡恩納村にある海岸国定公園。東シナ海に面した絶壁は、象の鼻の形の岩が特徴的な景勝地である。

あぁ、それなのに何と言うことだ!朝から、どしゃ降りの雨が降り続いているなんてw 沖縄の美しい海や珊瑚礁が見られるはずだったのに・・・。強風で壊されそうな傘ごしに周囲を垣間みれば、珍しき植物の数々。沖縄でもここでしか見られない特殊な植物が生育している場所だそうな。万座毛石灰岩植物群落と呼ばれ、天然記念物に指定されているのだとか。


11/05/16 チサンリゾート沖縄 美ら海

オーシャンカフェ

美ら海幕の内
「チサンリゾート沖縄 美ら海」は、人気の「美ら海水族館」へ徒歩で行ける立地の良さが人気のホテル。

雨に濡れた体をオーシャンカフェに置けば、目の前に壮大な海がひろがっていた。ホッと一息。人心地ついてみれば、降り続く雨が一層恨めしい。晴れていれば、この景色、息をのむほどに素晴らしいだろうにw

さて、昼食は旅行社手配の幕の内。ゴーヤチャンプルやらジーマミ豆腐など、沖縄料理が満載。ツアーについた昼食なので全く期待していなかっただけに、ちょっと嬉しい誤算♪


11/05/16 沖縄美ら海水族館

海人門(ウミンチュゲート)


「黒潮の海」大水槽
「おきなわ・ちゅらうみ水族館」。ここの一番人気は、まるで大画面スクリーンの前に立ってでもいる様な「黒潮の海」大水槽。
きゃぁ、サメやマンタが私に突進してきた。「逃げなきゃぁ。」と、思わずのけぞってしまう。水槽のこちら側の私なのに、いつの間にか水槽内の魚の気分になっていた。入館料@1800円。

間もなく、ジンベエザメの一頭が仲間のジンベエザメに攻撃をしかけ、相手の腕の付け根あたりを咥えて離さない。必死で逃げる被害サメ。一方、加害サメの方は何があろうと放すものかという勢い。その体勢のまま、水槽内の隅々まで泳ぎ続ける二頭。「あぁ、誰か助けてやって。死んじゃうよぉ。」心配で、目が離せない。とその時、後ろの観客から声があがった。「本気じゃぁないな。その気なら、もうとっくに噛み殺してるだろう。甘噛みじゃぁないかなぁ。」って、そうかなぁ?だったらいいのだけれど、20分近くもの長く激しいバトルなんだけどw

水族館の中とは言え、自然界で繰り広げられる力関係は厳しそうだなぁ。

触る!体験

熱帯魚の海


ジンベエザメ




巨大エイ・マンタ
ひらひらと白い体を揺らめかせる巨大エイ・マンタの群れは、圧巻!目の前で見ると、その大きさったら!!!

ところで、ジンベエザメ。
ガタイが大きいので複数飼育が難しいとされてきたそうだが、この大水槽で可能となったのだそうな。飼育員さんいわく「サメは魚の中では珍しく、交尾するんですよ。鮫って、魚編に交わるって書くでしょ。で、その時、メスを逃がさない様にするためと交尾中に体がずれない様にするために、オスがメスに噛みつくのです。」えぇぇ、するとさっき見た光景はそれだったの?イジメかと思って、心配してしまった私。


11/05/16 今帰仁城跡

平郎門(本門)

志慶真乙樽(側室)の碑

曲線が美しい城壁
「なきじんじょうせき」と読む。世界遺産(琉球王国のグスク及び関連遺産群)。

一層激しさを増す雨。「この先は結構歩く事になるので、足に自信のない方はバスで待機していただいても宜しいですよ。」とガイドさん。しかし、今帰仁城跡は今日のコースのハイライトのひとつだけに、誰1人バス待機志願者はいなかった。

王朝成立以前の琉球は、北山(ほくざん)・中山(ちゅうざん)・南山(なんざん)の三つの小国が並立した三山時代だった。中でも、今帰仁城(グスク)を拠点とした北山はその武力を周辺の按司(あじ)から大変恐れられ、彼らは中山王(首里城主)へ進言し連合軍を結集して今帰仁グスクは攻落され北山は滅びた。その後、今帰仁グスクは中山王の親族が北山監守として派遣され、のちには人々の信仰の場となった。

今帰仁城跡は、屏風を半開きにしたような曲線が続く石垣をみているだけで、難攻不落の城であった往時が蘇ってくる。


ところで、亡き筑紫哲也氏が言ったそうな。「視界に入る海との取り合わせ、心の洗われるような静けさが何とも言えない。」

・・・・今、聞こえるのは、傘を打つ雨の音ばかり。同じ場所に立ちながら、筑紫氏とは全く違う景色を見ている私。悔しい。次回又ここを訪れる機会があったなら、その時こそは筑紫氏の感動を共有したい。


11/05/16 ナゴパイナップルパーク

サンゴパイン

姫パイン
ツアーの最後は、お馴染みの「ナゴパイナップルパーク」。

雨から避難するように、パイナップル園を大急ぎで通り抜けて建物の中へと逃げ込んだ。

まずは、ワイン館でパイナップルで作られたワインの試飲。初めて飲んだけれど、くどさがなくて飲みやすい。それにしても、種類が多い。つぎは、スイーツ。ワインケーキやら紅いもタルトやら。これは、もう甘党のツレが満面の笑み。

しかし、何と言っても圧巻はパイナップルの食べ放題。オードブルでも盛り合わせる様な大きな数枚の皿に、一口大に切ったパイナップルが惜しみなく盛られている。さすがに、専門店だけに美味い!テーブルを囲んだ観光客がもりもり食べ尽くすので、皿はあっという間にカラになるのだが、それを待たずにすぐ次の皿に代えられる。なんとも、太っ腹な接待でびっくり。

レジと宅急便の手続きコーナーは、ひきもきらない盛況ぶりだ。さもありなん。お値段が、思いのほかお値ごろだ。しかし、待てよ。考えてみれば、私たちはツアー料金に込みだったが、ここの入園料は@600円。まぁ、普通の人は600円分もパイナップルは食べられないし、そのうえ美味しいと実感すればお土産にごっそり買って行ってくれるのだから、経営側にも美味しい!?

パイナップル Pineapple・・・apple?りんご?ちょっとググッてみた。パイナップルはブラジル原産で、コロンブスの西インド諸島探検で発見され、世界に広まったようだ。名前の由来は、松かさ(パイン)に似た形と、林檎のような味からだと。パイナップルに林檎がひそんでいたなんて、今まで気付かなかったぁ。


11/05/16 どん亭

ミニ牛丼@270円
雨は夜になっても止む気配すらない。夕食は、どこかへ繰り出すのも面倒なので、ネグラのビルの1階「どん亭」へ。

メニューには沖縄そばもあったが、そろそろ沖縄そばにも飽きてきたので、普通のものが食べたい。しかも、お腹はパイナップルでいっぱい。という次第で、私はミニ牛丼。ツレは、カレーライス330円。

ビルの出入りの度に、必ず目にしていた店。しかも、24時間営業なので、いつもなんとなく客がいる。ここへ来てから、ずっと気になっていたのだ。ミニは、牛肉の量も遜色なし。味も不満なし。値段、スキ。

こういう店が階下にあるというのは、なかなか便利♪



8日目  帰宅 編  ☂    今日の歩数=15,287歩

11/05/17 太栄食堂
さて、いよいよ沖縄を離れる日。国際通りをぶらぶらと徘徊し、ずっと気になっていた食堂で昼食と決めた。

場所は、国際通り・牧志公設市場の近く。創業53年という店の構えを一見しただけで、ここが地元民の店であることは一目瞭然。店内に入ると、活きの良いおばちゃま達がくるくると働いていた。客のほとんどが通い慣れた常連さん風で、観光客の姿はない。ちょうど開店直後の入店で客もまばらだったが、あっという間に席は埋まってしまった。その間にも、「今日の日替り定食」の内容を問う電話が、ひっきりなし。店内の客の対応をしながら、電話で注文を受けた「日替り定食」を弁当に詰めていた。どうやら、配達も受けているらしい。

日替り定食@650円

イナムドゥチ定食@750円

テビチ@450円

食後のぜんざい@200円
「さて、何を注文しようかなぁ。」壁にびっしりと貼られたメニューを見ながら、迷う。取り敢えず、ここでしか食べられない物を!という訳で、私は「イナムドゥチ定食」。って、舌をかみそうな料理名。ツレは「日替り定食」。

日替り定食・・・・・・・・雑穀米・おでん・揚げもの・南瓜のサラダ・わかめの味噌汁
イナムドゥチ定食・・・イナムドゥチ(白みそ仕立ての汁・・高野豆腐・椎茸・小さい細長に切った豚肉)・雑穀米・天婦羅(衣の薄い)・もずく
テビチ・・・・・・・・・・・・豚足の煮つけ。
ぜんざい・・・・・・・・・・話には聞いていたが、沖縄では「ぜんざい」というと「かき氷」が出てくるそうな。ほんとだぁ~~w

沖縄庶民の味を堪能し、幸せな気分。私の店選びの嗅覚は、まんざらでもなかったようなぁ~。機会があったなら、是非また食べに来ようっと。


閑話
沖縄の墓
沖縄を歩くと、住宅の敷地内に大きな墓が見られることがしばしば。これは、かつては、沖縄の風習や墓の形態などのために、住宅のすぐ隣にお墓を建てたという。

亀甲墓
沖縄の代表的な墓は、形が亀の甲羅に似ているところから「亀甲墓」と呼ばれるもの。小さなものでも、墓内部は6~8帖もあるそうな。実はこれ、女性の子宮を表わしていて、墓の入り口を産道に見立てて、「人は母の胎内から生まれ死ぬと又帰って行く。」という母体回帰の考え方。

門中墓
こちらは門中(一族)で所有する墓。
沖縄の風習では、死去するとまず仮墓に葬られ、3年後に洗骨をして墓に安置された。80歳以上の者や門中に功労した者は、直接墓に葬られる名誉に浴したそうな。また、自殺者や7歳未満の者は一門の不幸として別扱いされたのだと。
かつては、墓の大小によって家の格が決まり、自分の墓より大きな墓の家からは嫁を貰えなかったと。

来世の幸せのために、現世で住んでいる家よりも立派な墓を建てるのが、この地の風習。人が住めそうな程大きくて奇麗な墓には、ただただ驚きだ!


閑話
あいういう

さんぴん茶(ジャスミン茶)
昨日のバスツアー時、ガイドさんから教えていただいた話。

「沖縄の発音には“え”と“お”がないんですよ。」
つまり、“あいうえお”は“あいういう”となるそうな。
心(こころ)→kokoro→kukuru→くくる
門(もん)→mon→mun→むん・・・などなど、母音のeとoがiとuに変化するというのだ。

他にも沖縄には独特な古語がある。
とんぼ→あけず
うそ→よこし→ゆくし(現在の言い方)

音訓入り混じりの沖縄流の重箱読み
国場(こくば)→こく(音読み)ば(訓読み)

さて、ここからは県外の我々には、まるで謎々の世界w
南風原(はえばる)→南原(ばる)が首里城の南にあるという意味
豊見城(とみぐすく)→豊見(とみ)で城(ぐすく)
西表(いりおもて)→太陽は東からあがり西へ入るので西(いり)
東江(あがりえ)→太陽が東からあがるから東(あがり)

さらに、沖縄民謡にはドレミファソラシドの“レ”と“ラ”がないのだと。成程、あの琉球独自の旋律はそのせいだったのか。


雑感
国内旅行でこんなにも風習や習慣の違う土地は、初めて。北海道人の私と沖縄では同じ日本とは言え北の端と南の端。違って当たり前なのだが、それにつけても、びっくりする事ばかりだった。

まずは、言葉が・・・解りそうで解らない。いや、標準語に近い言葉を話す地元の方もいるにはいるのだが、まずは単語の読みが違ったりするので音にして発すると聞き取れないのだ。そのうえ、語尾が「・・・サー。」と、しり上がりすることが多く、私の感覚から言えば、語尾が上がるのは疑問文。なので、「私に質問してる?」と次の言葉を待つことになる。

ただ、言葉の疎通は怪しいながら、沖縄の人々は親切。きょろきょろとあたりを見回していようものなら、すっと傍へ来て道を教えてくれる。数日前の夕方、信号待ちでチャリに2人乗りの女の子が、連れていた犬の綱がタイヤに巻きついてしまった。すると、どこからともなく人が湧いてきた。仕事中らしき背広の若者がワイシャツの袖をまくって綱をほどこうとし、買い物帰りの主婦が買い物袋を舗道に投げ出して真剣な面持ちでチャリを支える。動かないようにと犬を抱きかかえる女子高生。ふと見れば、チャリの女の子2人は傍でおろおろとそれを見守る。まさに、主客転倒。気候のせいだろうか?沖縄の人々は、ほんと気がいい。

ちょうど、おひとり様Dayの15日は、沖縄返還39周年。ネグラの窓からは、国際通りを行進するデモ隊が手に取る様にみえた。猫の額ほどの「波の上ビーチ」。逆に、ゆうゆう広がる米兵用高級住宅街。終戦直前、糸満へ上陸した米兵は、鼻歌交じりでガムを噛みながらのいとも易い占領だったという。地元民の懐っこい笑顔のその裏に、基地問題を抱えて生活している苦汁を改めて思う。
















BACK TOP