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2012年 オロロンラインを北上し、日本最北端・宗谷岬へ


札幌発→オロロンライン→稚内→宗谷岬




12/07/04~12/07/06    マイカーでオロロンラインを北上。日本最北端の地・宗谷岬へ。宿はテント&車中泊、2泊3日のワイルドトラベルへいざ出発♪。



行程                                             

月日 訪問地 温泉 所在地
1日目 国稀酒造 増毛郡増毛町
増毛駅 増毛郡増毛町
小平(おびら)鰊番屋 道の駅 留萌郡小平町
とままえ温泉ふわっと 道の駅 併設 苫前郡苫前町
ほっと♡はぼろ 道の駅 併設 苫前郡羽幌町
  はぼろバラ園 苫前郡羽幌町
  北海道海鳥センター 苫前郡羽幌町
富士見 道の駅 道の駅から車で15分 天塩郡遠別町
てしお 道の駅 道の駅から車で5分 天塩郡天塩町
オトンルイ風力発電所 天塩郡幌延町
サロベツ湿原 天塩郡豊富町
  サロベツ原生花園 天塩郡豊富町
ノシャップ岬 稚内市
2日目 稚内駅 道の駅 道の駅から車で3分 稚内市
  KANEPOPPO(カネポッポ) 稚内市
稚内公園 稚内市
  稚内森林公園キャンプ場 稚内市
稚内港北防波堤ドーム 稚内市
宗谷岬 稚内市
  日本最北端の碑 稚内市
  間宮林蔵の像 稚内市
  流氷館 稚内市
宗谷岬公園 稚内市
  祈りの塔 稚内市
  宮澤賢治文学碑 稚内市
  宗谷岬公園から見た宗谷岬 稚内市
さるふつ公園 道の駅 併設 宗谷郡猿払村
クッチャロ湖 併設 枝幸郡浜頓別町
おといねっぷ(音威子府) 道の駅 道の駅から車で10分 中川郡音威子府村
天塩川温泉 中川郡音威子府村
  JR天塩川温泉駅 中川郡音威子府村
  天塩川温泉 温泉 中川郡音威子府村
  天塩川リバーサイドキャンプ場 中川郡音威子府村
3日目 びふか(美深) 道の駅 併設 中川郡美深町
朱鞠内湖 雨竜郡幌加内町
秩父別 道の駅 併設 雨竜郡秩父別町



月日 泊まったところ 所在地
1日目 稚内森林公園キャンプ場 稚内市
2日目 天塩川リバーサイドキャンプ場 中川郡音威子府村村



外食 所在地
道の駅・富士見 かけそば 天塩郡遠別町
音威子府そば かけそば 中川郡音威子府村
買い喰い 所在地
A.COOPとよとみ おやき 天塩郡豊富町





閑話
目の保養・サイドカー
長崎からのキャンパー
車中泊のノウハウ
チャリで台湾から来た青年
キタキツネ





覚書
走行距離              800km
ガソリン 40.2ℓ          5109円























ある日のこと、ツレが言った。「来年、念願の東海道五十三次を歩いてくるかぁ。」で、それのために登山用のテントを購入すると言う。東海道踏破は以前から私が勧めていた事でもあり、諸手を挙げて大賛成。んで、テントをゲット?じゃったら、この夏、テントのお試しをしてみるかぃ。ならばと、先般の四国旅行中でのレンタカー、そのナビの便利さにすっかり魅せられて即購入。

きっかけはささい。かくして、ここからワイルドな旅が始まった。








一日目      曇り



日本海オロロンラインとは、北海道の日本海側・札幌近郊の石狩市から天塩郡天塩町までの国道231号&国道232号の愛称。また、小樽市から稚内市までを指すという説もある。

豊富町より北の区間では、電柱が一本もない。どこまでも真っすぐに続く道は、道外のライダーやドライバーには垂涎なのだそうな。天気が良ければ、ほとんどの場所から日本海越しに利尻富士を臨むことが出来る、まさに夏の北海道を満喫する大人気のルートなのである。



12/07/04 国稀酒造


「酒酔蔵」いかにもな屏風


ちょっとお茶目な日本手拭いは
まるで暖簾のよう。


資料室
日本最北の酒蔵・国稀酒造。
北海道増毛郡増毛町で清酒製造を始めたのは、1882年(明治15年)のこと。鰊の豊漁による好景気で酒の需要が高まり、国稀酒造の基盤が築かれた。

暑寒別岳からの良質な天然水に拘り、昔ながらの製法を守り続けているそうな。

また、高倉健主演の映画「駅STATION」のロケ地としても、有名。

蒸米
酒の仕込み米は炊くのではなく蒸す


上槽
発酵が終了した諸味をもろみを
圧搾機にかけ酒と粕に分離

試飲コーナー
駐車場の前にある「仕込み水」をペットボトルに汲み、表へまわってカメラをかまえていたら偶然にも開店時間になっていた。かくして、私が本日の観光客第1号。

と、熟年のご夫婦が私たちの後へつづき店の中に入ってきた。なんでも、京都から(たぶん舞鶴か)フェリーで道内入りをしたのだと。昨日は旭川に泊まり、今日から札幌2連泊の予定とのこと。「幼少期に札幌の知事公館のむかえに住んでいたことがあるのです。あそこは、昔 三井クラブと言ったのですよ。懐かしいなぁ。」と遠い目でご主人が言った。

札幌生まれの私だけれど、知事公館の前身が三井クラブだったなんて・・・初耳!で、ぐぐってみた。
桑畑だったその一帯を、開拓使の吏員の札幌農学校校長・森源三が買い、私邸を建設。森の死後、三井合弁会社が買い取る。当時の三井財閥は各地に集会所を所有し、迎賓館として使用。「三井クラブ」や「三井別邸」と呼ばれていた。しかし、利用できるのは関連企業の重役や皇族などで、実際に使われたのは年に数回のみ。そのために、常時10余名の職員が働いていたのだと。なんという贅沢な!

昭和17年、敷地内に新館が建設され、これが今の知事公館となる。

やがて、戦争の終結とともに米軍に接収され、昭和27年に接収解除。札幌市が三井から譲り受け、翌年 道と市との土地交換により、道の所有となる。かくして、現在は知事公館として解放され、市民の憩いの場所となっている。

財閥の栄華の残り香が、こんな身近にあったなんて・・・びっくり。

さて、件の京都のご夫婦は、BMWで颯爽と札幌へと旅立っていった。もしかして、ご幼少のみぎり、由緒正しき家のお坊ちゃまだったのかも~。


12/07/04 増毛駅

駅のホーム
歌詞の様に線路はどこまでも続かず、行き止まり。

駅舎

駅構内の立ち喰いそば「そば処増毛駅」
国稀酒造の斜め向え。ここも1981年公開の映画「駅STATION」で舞台の中心となった所。往時は、職員が多数詰める旅客・貨物の要所だったそうな。だが、ニシンの町として栄華を極めた増毛にも、やがてむかえたニシン漁の衰退期。町はさびれ、駅は無人駅となった。

1921年(大正10年)開業。1面1線のホームを持つ行き止まりの駅。この珍しさゆえに、マニアが絶えることのない人気駅でもある。「線路はつづく~よ。」と童謡の歌詞にもあるように、線路の先にはまだ見ぬ町がきっとある。子供の頃のわくわくした記憶が蘇る。しかし、増毛駅の線路はこの先がない。ばっさりと断ち切られた様な寂しい思いが、ふっと湧いてくる。

増毛の名前の由来は、アイヌ語で「マシ・ケ」(カモメのいる処)。北海道の地名は、読めないと言われるが、増毛もそのひとつ。どう見たって、ぞうもう。これにあやかって近隣の店で「増毛」の入場券が観光客向けに販売されている。そう言えば、先日訪れた留萌駅でも「増毛」の入場券が販売されていたような~。

実は、ここでの目当ては蕎麦。北海道は蕎麦の文化と言われる程に蕎麦処が多いのだが、中でも増毛駅舎内の蕎麦は、「暑寒(しょかん)そばの会」という有志が営業している手打ちの店。蕎麦に目がないツレが楽しみにしていたのだが・・・まだ、開店前w 諦めきれずに、隣の売店の売り子さんに尋ねてみた。「あぁ、何時に開くかなぁ。10時半だったり、11時だったり。気紛れだからぁ。」って・・・もしかして、仲悪いんかい?なんて、勘ぐってしまったw 食べ損ねて、残念!!!!


12/07/04 道の駅・小平(おびら)鰊番屋


海を見下ろす2F食堂団体席

売店
道の駅・小平鰊番屋。
この隣に「旧花田家番屋」があったなんて、不覚にも気付かなかったw 現存する番屋の中では、一番大規模なものだとか。番屋って、何?って。北海道以外では馴染みのない言葉にちがいない。ほれ、随分前になるけれど、なかにし礼作詞・浜圭介作曲で北原ミレイが歌ってた「石狩挽歌」。

♪~海猫(ごめ)が鳴くからニシンが来ると、赤い筒袖(つっぽ)のヤン衆が騒ぐ。
雪に埋もれた 番屋の隅で わたしゃ夜通し飯を炊く
あれからニシンは どこへ行ったやら 破れた網は問い刺し網か
今じゃ浜辺で オンボロロ オンボロボロロー
沖を通るは 笠戸丸 わたしゃ涙で ニシン曇りの 空を見る~♪

番屋と言うのは、ニシン漁などの漁夫が泊まる簡易宿泊所みたいな所。ニシンが豊漁だった頃は、寝る間も無いほどに忙しく、握り飯を懐にし、三平汁をガバとかっこんで漁へ出て行ったのだと。豊漁で賑わう浜の様子とその後のニシン漁の衰退ぶりが目に浮かぶ。

この小平鰊番屋は、お隣の「旧花田家番屋」の建物に合わせて木造で番屋風に建てられている。廊下の艶といい、風格が漂う。ここで、食事も出来るのだが、増毛駅で食べそこなった蕎麦への思いが後をひき、食指が動かないw


12/07/04 道の駅・とままえ温泉ふわっと

苫前温泉ふわっと

館内のロビー

足湯
まだやってないw

展望台
(晴天なら天売島と焼尻島が見える)
晴れていれば、露天風呂から天売島・焼尻島が一望できると言うことだが、今日は生憎の曇天。展望台からは、島影すらも全く見えないw

♨苫前温泉・ふわっと
ここの温泉は塩泉で、体の芯から温まるのだそうな。まだ日が高い時間だと言うのに、すでに入浴客で賑やかだ。施設もとても奇麗だし、いつかゆっくりと入浴に来たいな。チェック♪


12/07/04 道の駅・ほっと♡はぼろ
メイン施設は、はぼろ温泉サンセットプラザ。って、それはどこ?ツレと二人できょろきょろと見回すのだが・・・。
後でよくよく考えてみれば、どうみてもホテルにしか見えなかった、あれが道の駅だったらしい。

♨はぼろ温泉サンセットプラザ
温泉大浴場・露天風呂・屋外プール・物産店などがあり、7階ラウンジからの眺めが最高!なんだって。
よし、次回は絶対に覗いてくるべぇ。
はぼろバラ園

チャペル
6月下旬から9月にかけて、北方系のバラを中心に約300種、2000株のバラが咲き誇る。他ではなかなか見ることが出来ない珍しい種類のバラも多く含まれている貴重なバラ園なのだそうな。一重の花びらを見て「え、これもバラの一種なのかい?」とびっくらした、花の知識に乏しい私。

園内には白いチャペルがあり、そこにあるのは「愛の鐘」。カップルが愛を誓い合う場として利用されているとのこと。なるほど、英国風でなかなかにお洒落。咲き誇るバラの花々も素敵!きっと、永遠の愛を手に入れることだろう。蛇足。
北海道海鳥センター

北海道海鳥センター

右の暖簾が「さえずり屋」

これがコウテイペンギンの体重
40kgは重くて持てなかったw
道の駅・ほっと♡はぼろ。その敷地内にあるのが、北海道海鳥センター。恥ずかしながら、トイレを求めて入ったのではあるけれど・・・。いや、その面白いったら!!!

北海道海鳥センターは、日本で唯一の海鳥専門施設。海鳥の実物大の模型や、断崖絶壁にある繁殖地のジオラマや、海鳥の種類や行動、その生息歴などなどが展示されている。

面白いのは、鳥の鳴き声を聞ける「さえずり屋」。暖簾をくぐり椅子に座って鳥のメニューを選ぶ。まるで、焼き鳥屋で注文をしている気分。

絶滅の危機に瀕しているオロロン鳥の別名は、ウミガラス。とはいえ、カラスの仲間ではない。羽幌町の天売島ではその鳴き声が「オロロン」と聞こえることからオロロン鳥と呼ばれてきた。1938年には4万羽が確認され、以来急激な減少をし、一昨年は13羽にまで減ってしまった。昨今は、天売島でオロロン鳥を見られるのは、よっぽど運がいい。とまで言われているそうだ。もう随分と以前に友達と天売島へ行った時、夥しい数のオロロン鳥が岩穴で子育てをしていた。飛んでいる姿とは裏腹に、その足はずんぐりと太くてたくましい。人間で言えば、大阪のおばちゃん風。しかも、表情は険しい。あの頃、すでに絶滅の危機と闘っていたのかも。消えゆく種を、守る方法はないのだろうか。


12/07/04 道の駅・富士見

レストランとんがりかん

直売所と食堂

かけそば@450円
日本海オロロンラインの中継点。レストランとんがりかんが道の駅となっている。しかし、増毛駅で食べそこなった蕎麦、リベンジという訳でもないが、同じ敷地に立つ「そば」の文字に引きつけられる様にして食堂に入った。つゆは北海道特有の濃口醤油色。が、決してしょっぱくはない。うんうん、うまい!念願の蕎麦を食べて、なんだかほっと一息。と、安心してしまって、うっかり忘れていた。ここの名物が、鶏の唐揚げであることをwww

♨旭温泉
源泉は食塩泉。飲むとガス入りのミネラルウォーターの味がするのだと!晴れた日には、利尻富士が見えるそうな。って、今日は無理だなぁw


12/07/04 道の駅・てしお

道の駅・てしお

売店
手塩温泉から約3kmの所にある、道の駅。訪問時の時間は午後3時。食事をするには半端な時間だと言うのに、売店横の食堂は客で満席だった。人気の秘密は何だろう?店の前ではためいていた幟の「ホッキカレー」かしらん?興味津々。

♨てしお温泉/夕映え&林業研修センター富士見荘
泉質は美肌、マッサージ効果が抜群なのだと。加えて、利尻富士と日本海に沈む夕日がウリ。


12/07/04 オトンルイ風力発電所
広大なサロベツ原野に突如現れた、巨大な風車群。オロロンライン沿い3.1kmにわたって一直線に並ぶ風車は、28基。1基あたり750kw。総出力2100kwで、これは一般家庭が1年間に消費する電力の1万世帯分に相当するそうな。その名、オトンルイ風力発電所。オトンルイとはアイヌ語で「浜にある道」という意味だとか。

無論、全基が稼働している。この迫力!この壮観!!!
ずらりと並ぶその風車群を見ていたら、昨今の電力不足騒動なぞ、何てこともない様に思えてくる。気がつけば、「浜にある風車の道」のその雄大さに、しばし絶句していた。

北海道ならではの壮大なるスケールに、ただただ感動の3.1km!一度見てみんしゃい。


12/07/04 サロベツ湿原

サロベツ原生花園

サロベツ湿原センター

浚渫船
「サロベツ」はアイヌ語で「サルオベツ」(葦の生える川)という意味。

サロベツ湿原は、海岸の砂丘とその後ろにある宗谷丘陵に挟まれ、泥炭による長い堆積作用によって形成された潟湖である。あまりに広大な泥炭地は、酪農業にとっては厄介もの。各地で大規模な農地開発が行われるに従って、泥炭地の排水やサロベツ川のショートカットなどにより湿原の水位が次第に低下している。そのため、浚渫船などによる自然再生事業も盛んに取り組まれているが、泥炭の形成は1年間に1mm。湿原の再生には、気の遠くなる様な時間が必要なのだと。
サロベツ原生花園

エゾカンゾウ

カキツバタ
どこまでも伸びる木道。その道々には水芭蕉やハマナスなど可憐なサロベツ原生花が咲く。その数、100種以上。花園に足を踏み入れると、果てしもなく広がる台地。今まで身に纏わりついていた巷の喧噪が一気にそぎ落とされたような。そこは、もう野鳥がさえずる別天地。

この日遭遇できたのは、エゾカンゾウとカキツバタ。すでに花の盛りを過ぎたのか、心なしか花びらに元気がない。と思ったら、エゾカンゾウは1年のうち2日しか咲かないのだと。それを知って、今日私のために咲いてくれているこの花が、抱きしめたい程に愛おしい。ちょっと、いや、かなりの感動!!!
閑話
目の保養・サイドカー
こちら、駐車場。一際目をひく2台のサイドカーに、ドライバーたちの目は釘付け。

腕組みをしたバスの運転手さんが、遠くから歩み寄って言った。「これ、いくら位すんのかな?300万円?400万円?」って、聞かれてもなぁ、私買ったことないし・・・。どっちもいいけど、私だったら側車に幌が掛かった方がいいなぁ。個室みたいで快適そうだもん。気分は、すっかりサイドカー・オーナー。


12/07/04 A・COOPとよとみ
今夜はテント泊の予定。については、食料を買っておくべぇかぁ~。と立ち寄ったのが、ここ。入口のたい焼コーナーで足踏みするおじ様。いわく「お姉ちゃんはどこ行ったんだべぇ。俺はここの回し者ではないんだけど、旨いんだわぁ。」。ほんと、どこ行ったんだべぇ~お姉ちゃん。

んで、買い物帰りに覗いたら、すでにおじ様は居なくて、しかも店を仕切っていたのは、うら若き男性。ありゃぁ、ちょっこし情報が違ってるなぁ~と思いつつ、甘いモンに目のないツレのために「おやき」を購入@110円。形が北海道。これ、面白い♪


12/07/04 ノシャップ岬
ノシャップ岬は、アイヌ語でノッ・シャム(岬が顎のように突き出た所or波の砕ける場所)という意味。

東に宗谷岬、北にサハリン、西に礼文島、南西に利尻島を望むことができる。ここから見える夕陽の美しさは、定評があるそうな。しかし・・・日没時間を見計らって行ってはみたものの、どんなに目を凝らしても島影も夕陽もガスってなんも見えないwww

そばには、天体観測や南極観測の資料展示をしている青少年科学館や幻の魚・イトウはじめ北方系の魚が大回遊水槽で群れをなすノシャップ寒流水族館などがあり、観光スポットに事欠くことがない。そのせいか、岬の駐車場にはキャンピングカーやら車中泊の車が何台も停車していた。すぐ近くに清潔なトイレがあり、しかも運が良ければ居ながらにして人気の夕陽が拝めるかもしれない抜群の立地。これは、もしかして隠れた車中泊の穴場!?


12/07/04 稚内公園

氷雪の門


九人の乙女の像
ピンクの花はアルメリア(浜簪)

開基100年記念塔



稚内公園から望む稚内港全景
稚内市西側の高台にある公園。シンボルは北端にある「氷雪の門」。かつて、日本領だった樺太で亡くなった人々の慰霊碑である。

「氷雪の門」は、両側に高さ8mの望郷の門、その中央に2.4mの女性像がある。その顔は敗戦の苦しみを表現し、開いた掌は全てを失った悲しみを、そしてそこからの新しい出発を表していると言う。像の足の先から頭の先まで、強い意志がほとばしる。

かたや「九人の乙女の像」は、1945年 樺太真岡へのソ連軍侵攻の折り、真岡郵便電信局で連絡業務に携わっていた電話交換手が青酸カリを用い12人中9人が自決した、その慰霊碑である。「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら。」最後の言葉とされる碑文が、痛々しい。終戦のわずか五日後のことであった。

稚内森林公園キャンプ場
稚内の町中からほど近い丘陵地帯に位置する、稚内公園。その一角に設けられているのが、稚内森林公園キャンンプ場。使用料は無料。

森林公園という名の通り、キャンプ場は木々が生い茂り、市街地から近いという事を忘れてしまいそうな静けさ。バーベキュー炉や椅子とテーブルセットなども設置され、なかなかに使い勝手がよい。

さてと、まずは今回の旅のきっかけともなったテントを張ってみる。いやぁ、今のテントは軽量で、しかも張るのも楽~♪寝袋に潜り込んだ途端に、意識不明の爆睡状態に!朝方の「ほ~、ほけきょ」と鶯の声に起こされるまで、快適な眠りに落ちていた。なんの問題もなし。かいてき、快適♪
閑話
長崎からのキャンパー
旅の途中は、何故か人恋しい思いが心の片隅に芽生え、出会ったばかりの人々でもいつの間にか旧知の間柄の様な気分になる。それが又、テントや車中泊で過ごすワイルド・トラベルの醍醐味の一つ。

このキャンプ場で出会ったのは、長崎から来ている家族づれ。北海道上陸後、すでに1か月が過ぎ、さらにこの先2か月程を北海道で過ごす予定なのだと。先週は、他のキャンプ場で知り合ったキャンパーに「場所取りしておくから、祭の日に戻っておいで!」と勧められ「枝幸の蟹祭り」へ行ってきたそうな。楽しかったぁ~♪と満ち足りた表情を浮かべた。長崎の家を出発した時には、みんなに「1か月で飽きて帰ってくるわ。」と言われたけれど、まだ全然帰りたくない!とのこと。話を聞いているだけで、彼女の楽しさが伝染してきた。





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ニ日目       曇りのち雨


稚内駅周辺

12/07/04 稚内駅

稚内駅

日本最北端の駅・稚内
左がレール跡のモニュメント

レール跡が駅舎内を通り
現在のホームのレールとなる!

最北端の線路
その向こうが1番線ホーム

JR稚内駅は、1923年稚内港駅として開業。かつては、樺太への玄関口として大変な賑わいだったという。しかし、敗戦により樺太の玄関口としての役割を終え、現在は最北の島・利尻島や礼文島への玄関口として、毎夏観光客で賑わっている。

2012年4月、駅前再開発工事に伴ってJR稚内駅ビル「キタカラ」が完成し、日本最北の駅・JR稚内駅は新駅舎での営業を開始。ホームは現在2番線が廃止され、1番線のみの使用である。お洒落に変身した駅入口には、昔の線路と車止めがモニュメントとして残り、その線路は駅舎内を通り抜け、ホーム内で1番線として現在も活躍中。
KANE POPPO(カネポッポ)

カネポッポ
1階アトリウムには、著名な彫刻家・流政之氏の作品「KANE POPPO」(カネポッポ)があった。

「KANE POPPO」(カネポッポ)は、樺太が日本領土であった時代 機関車の汽笛がわりに使われていたと伝わる。日本とロシア鉄道友好の証として最北の駅で旅人をむすぶ。JR北海道文化財団(説明板より)

ところで、旧駅舎内にあった「そば処・宗谷」は、知る人ぞ知る人気店だったとか。新装オープンの駅ビル内にも蕎麦屋が入っているけれど、もう、これより先がない日本最北端に来たと言うホロリとした旅情を醸しだすスパイスは、やはり旧駅舎に敵うまい。


12/07/05 稚内港北防波堤ドーム

少し上から見ると、こんな感じ!
総延長約427mの半アーチ型ドーム。北海道遺産。

稚内は風が強いことが多い。そのために、強風や高波を研究した結果を基に「これなら、大丈夫!」と言うことで造られた防波堤なのだと聞いた。しかし、本来の目的である防災の他にも、このドームでは色々な催し物が開催され、今や市民の憩いの場所となっている。あ、そうそう、雨に降られた時の雨宿りにも最適!

粛々と伸びるそれは、まるで古代ローマ遺跡を見ているようだ。いや、ほんとの古代ローマ遺跡は、まだ御目文字したことがないのだけれど・・・www それはともかく、なんて美しいのだろう!!!


12/07/05 稚内港フェリーターミナル
2008年4月、中央埠頭に建設されていた新フェリーターミナルが完成。

1階には売店やコンビニがあり、2階は乗船口と飲食店などなど。建物が新しく、全面バリアフリーで清潔感あふれるお洒落な施設なので、ふと空港にいるような錯覚をおぼえそう。乗船券売場の人の話によると、このターミナルから、利尻島・礼文島へのフェリーが出ているので、夏の観光シーズンに入る7月は大変混雑するとのこと。

道路を挟んだ向えに国際旅客ターミナルがあるが、ちょうどクローズしていた。稚内↔コルサコフ間の定期航路、稚内↔サハリン間の不定期航路が就航している。


閑話
車中泊のノウハウ
昨日 駅近くで見かけたご夫婦に「利尻・礼文へのフェリーチケットと島内をめぐる観光バスとを一緒に予約する事が出来るのだろうか?」と声をかけられた。さて、どうなんだろう?私たちにも解らん。そんなこんなから話が始まって・・・。

おふたりは、1か月の予定で東京から車で来たそうな。昨年は車で四国八十八か所をまわり、この3年間で日本中ほぼ走破したのだと。しかも、車中泊で。聞けば、我が家と同じ車種。けして大きい車ではない。車購入時、車中泊を視野に入れて車の長さとご自分の身長を勘案して、この車に決めたのだと言う。無計画の無目的で購入した我が家とは・・・違うなぁ。

「よかったら~」とのお言葉に甘えて、愛車を覗かせてもらった。色までも我が家と全く同じ!「朝、体が痛くなったりしませんか?」との私の質問に、ご夫婦が口を揃える。「全然~、体が痛くなったことは一度もないですよ。好きな時間に出発できるし、ホテルよりも快適!」。ついては、もう一つ聞いてみたい課題がある。それは、目隠し。お口をがばと開けて爆睡している姿を、車の窓越しに通りすがりの人に見られるのは、ぞっとしない。もしも、そんなとこを見られて「死んでる!」なんて勘違いをされ、警察に通報でもされた日にゃぁ・・・w

さて、その解決策は、アルミのレジャーマットを窓の形に切って立て掛けるのだと。自分たちも出会った人たちに色々と教えてもらって、最初はカーテンをつけてみたけれどうまくいかなかった。レジャーマットが一番!と。

「昨日、駅の近くのスーパーで1パック@88円の卵が売られていたの。安いジャン!これは買いだ!で、これからキャンプ場へ行って、目玉焼きを作るわ。」と奥様。ひとしきり車中泊の情報を伝授してくれた後、おふたりは私たちが昨夜テントを張ったあのキャンプ場へと走り去っていった。

道中くれぐれもお気をつけて。そして、北海道での楽しい思い出を、たんとお持ち帰りくださいませ<(_ _)>


12/07/05 宗谷岬

日本最北端の碑
日本最北端の碑

北緯45度31分22秒、日本最北端の地に建つ高さ4.53mの碑が、これ。北極星にちなみ、碑は三角錐である。一般人が行くことのできる日本列島中最北の地が、ここなのである。

日本政府が領有権を主張する最北端の地が、北方領土の択捉(エトロフ)島にあるカモイワッカ岬で、今現在日本政府の実効支配が及ぶ日本最北端の地が宗谷岬・西北西の弁天島。主張する所と現実に実効支配している所との差は、あまりに大きいw

間宮林蔵の像
間宮林蔵の像

樺太探検と、間宮海峡の発見で有名な間宮林蔵。蝦夷の地図は、伊能忠敬と間宮林蔵の測量図を合わせて完成された言わば二人の合作であると言われている。それにしても、この像の額部分に鳥の糞がべっちゃりと流れる様に張り付いていた。「失敬な!」なぞと、さぞや憤慨(糞害)してることだろうて、林蔵さんw

チャリで台湾から来た青年
閑話
チャリで台湾から来た青年

間宮林蔵の像の前で、何人もの人に写真撮影を頼まれて、ツレが忙しくシャッターを切り続けていた時のこと。後ろをチャリの青年が通りかかった。

彼は、片言ながら日本語を話す。聞けば、台湾の高雄からやってきたそうだ。「アメリカ、ヨーロッパ他もいろいろ自転車で行った。今回は九州に上陸したよ。日本人、親切。いい人。大好き。」とこんな感じ。どこでも誰とでも、すぐ友達になってしまう。そんな彼の周りにはいつも人垣が出来、その輪の中心に彼がいる。写真撮影を申し出たら、照れくさそうに日焼けした顔をほころばせた。

人気者の彼だけれど、ひとつ心配なのは「パスポート今日88日ね。90日で切れるから、あと2日よ。」とお茶目にウィンクしてみせたこと。あと2日って、ここからチャリで新千歳空港へ行くだけでも相当な時間がかかりそうだけど、期限までに間に合うの?無事に台湾へ帰れたかなぁ???

売店
流氷館

天気はうす曇りなのに、なんだか急に暑くなってきて、強い日差しで着ているTシャツの背中がじりじりと焼けそうw「あつい、暑い。」と、目の前にあった売店に避難したら、そこにあったのが「流氷館」。入場無料。ここは、流氷をそのまま保存し、北の動物たちのはく製を置いた、氷点下10℃の「氷の世界」。流氷の体験室であった。


涼しさを通り越して、歯の根が合わない程に体が芯から冷えてしまったw

流氷館
宗谷岬公園

祈りの塔
祈りの塔

道路を渡って、むかえの高台にあるのが、宗谷岬公園。
1983年、ニューヨーク発ソウル・金浦空港行き大韓航空機が、予定コースを逸れてサハリン上空を侵犯。ソ連の迎撃戦闘機のミサイルを受け、サハリン・モネロン島沖に墜落。日本人29名を含む乗員・乗客269名の全員が亡くなった。遺族が事件の真相究明と世界平和を願って、ここにこの塔を建立。あれから早いもので30年の年月が過ぎて行った。が、未だに真相は明らかになっていない。合掌。


宮澤賢治文学碑

1923年8月、宮澤賢治は5月に開業したばかりの「稚泊連絡船」で宗谷海峡を渡り、樺太への旅に出た。前年、最愛の妹・トシを亡くした賢治の目に樺太はどう映ったのだろう。碑の文面は「宗谷(二)」の一節。

宮澤賢治文学碑

宗谷岬公園から見た宗谷岬
宗谷岬公園から見た宗谷岬

遠くの海を透かしてみれば、ぼんやりと陸の形が浮かんでいた。「もしかして、あれがサハリン?」と振り返れば、そこに立ってやはり海を見ていたバスの運転手さんが、微笑を浮かべて答えた。「そう。あれが、サハリン。今日は見える方ですよ。」 おぉぉぉぉぉぉぉ、ついに見ちゃったよ。サハリン!!!!写真ではガスっていて、サハリンの島影が写っていないなぁ。残念w

キタキツネ
閑話
キタキツネ

「国道を走っていたら、キタキツネが横切ったよ。」この手の噂を、昨日から何度も耳にした。とりわけ、本州からの観光客には、倉本聡が書いたドラマ「北の国から」のイメージが強いようだ。

ちょうど、後から来た女性の一団が歓声をあげた。「これ、犬じゃぁないよね。キタキツネ?きゃぁ、こっち向いてぇぇぇ。。」さながら、アイドルに群がる熱烈なファンの如し。今回 私たちは遭遇しなかったが、エゾシカや小熊に出会った人もいた。さもありなん。熊なぞは、ただいま札幌の市街地を闊歩しているのだものw 小熊がいれば必ず傍に親熊がいるので、近づかない方がいいわよ。と言う注意を添えて、情報は駆け巡る。


12/07/05 さるふつ公園

道の駅・さるふつ公園
宗谷岬を出てオホーツク海を左に望みながら、国道238号をひた走ること小半時。さるふつ公園に到着した。

公園は猿払村村営牧場で、内にはキャンプ場やパークゴルフ場や農業資料館と、ホテル・レストラン・売店・温泉などを併設する「道の駅」がある。広々とした牧場だけに、施設も盛りだくさん。この牧歌的な景色を、ぼぉっと眺めているだけで心が癒され幸せ~♪

猿払村の特産物は、帆立。レストランでは、帆立料理を提供している様だが、生憎まだ営業時間前だった。昨夜はキャンプ場で早寝をしたために、朝の目覚めも早かった。それではと、早めの出発を決め込んだのだが、その地の美味しいものを食べたいと思うなら、店が開いている時間に着く様に配慮する必要があるなぁw


12/07/05 クッチャロ湖

湖へ続く木道

アクアボール体験
(週末の湖水祭り準備)

キャンプ場
クッチャロ湖は、浜頓別町西の大沼、小沼、ポン沼の3つの沼からなる湖で、水深は最大2m。海が砂州によりオホーツク海と隔てられた海跡湖である。浜頓別クッチャロ湖鳥獣保護区指定。ラムサール条約登録湿地。
また、日本最大のコハクチョウの飛来で、例年2万羽程が羽を休め旅の疲れをいやして旅立つ。

ここのキャンプ場は、湖の目の前。オートキャンプは禁止だが、フラットな地形なので、テントまで荷物を運ぶのが容易そうだ。ここに泊まって、評判の美しい夕陽を見るのもいいなぁ。キャンプ場使用料は、大人1人@200円。受付は、横の売店で。加えて、湖畔には砂浜を掘ればたちまちに温泉が湧き出る所があるらしい。誰でも自由に「手製露天風呂」を楽しめる反面、人目も多いため入浴するのは勇気がいるとのことw 興味津々ではあるが、残念ながら勇気の持ち合わせが少々足らないみたいなので、今日のところは止めておこうっとw

ちょうどキャンプ場に遭遇したので、軽い食事とコーヒーブレイクをしよう。と、設置されている木のテーブルとイスを使わせてもらって、早速小型ボンベでお湯沸かしにとりかかった。その時、隣で何やら食べていた一人のライダーが私に言った。「箸ない~???」。ん?私が箸が無くて困っていると思ったのか?はたまた、自分が箸が無いので持ってたら分けて欲しいと言う意味なのか?いや、おじさまはすでに何か食べている様子。ということは、箸は持っていると言うこと。、これは前者の方だなぁ。「いえいえ、あります。持ってます。」と私。日本語は難しい(汗、汗)。

食べ終えたおじ様は、私たちの傍へやってきて話始めた。「一人旅が気楽でいいよ。息子と一緒に来れば「もう早寝るのか?」と怒られるし。と、にこにこ。胸では、まだ幼い孫の写真を張った缶バッジが、揺れていた。大阪から来たのだと言う。言葉とは裏腹に、そろそろ人恋しくなってきたのかなぁ~、おじさま。


12/07/05 おといねっぷ(音威子府)

音威子府交通ターミナル
「おといねっぷ」は「音威子府」と書く、人口わずか1200人程の北海道で一番人口の少ない村。おそらくは、北海道以外の人は、この地名を読み解くことはおろか、名前すらも聞いたことがないだろう。

音威子府駅は、音威子府村とで建てた「音威子府交通ターミナル」の中にある。また、この建物に同居している宗谷バス営業所も、音威子府からオホーツク海側市町村への重要なアクセスポイント。

駅内の「天北資料室」では、JR天北線75年の歴史を語る資料の展示がなされていた。

JR音威子府駅の改札口
音威子府そば

音威子府そば
こんな小さな村にも、大人気の名物がある。その名「音威子府そば」。

ここは、道の駅・音威子府交通ターミナルの中にあるJR音威子府駅構内。その一角にある「音威子府そば」と言う立ち食い蕎麦の店。暖簾の向こうで、野球帽を被り赤いジャンパーを着た年配の男性が、一人で忙しく立ち働いていた。

注文したのは、蕎麦本来の味が解る「かけそば」。@350円。話には聞いていたが、麺が真っ黒だ!蕎麦の殻ごとを挽くので、こういう色になるそうな。味は・・・色程にはインパクトが少ないけれど。それはそれとしても、真黒な麺はさすがに迫力がある。

道北の小さな村の駅で、ご当地蕎麦を啜る私。気分はすっかり旅人。

かけそば@350円


12/07/05 天塩川温泉

JR天塩川温泉駅
JR天塩川温泉駅

畑の中にぽつんと建つ「JR天塩川温泉駅」。そこは、小さな小さな無人駅。思わず車をバックさせて戻ってきた。まるで、映画「男はつらいよ」の寅さんが例の鞄をひっさげてふらりと降り立ちそうな~、そんなメルヘンな駅。今でも、こんな雰囲気の駅が残っていたのだなぁ。

天塩川温泉

「安い!キレイ!シャンプーつき!」三拍子揃った温泉との噂を小耳にはさみ、しかも、駅から近く、裏手にはキャンプ場がある。もう、これは私たちにとってはお誂え向き!ここで入浴しない手はない。@400円。成人病にも効果があるお湯だそうで、いやぁぁ~~気持ちいいだぁ♪入浴客もまばらで、休憩室でゆっくりと寛ぐことが出来た。極楽、極楽~。

天塩川リバーサイドキャンプ場

ゆっくり温泉に浸かった後、暗くなる前にキャンプ場入りしてトイレの位置などを確認しなくちゃぁ。と、と、と、と・・・・テントがひと張りだけって、今夜泊るのはこんだけ???しかも、すでに寝ちゃったのかテントから人影が見えないし、まるで無人のキャンプ場状態。「設備よし、キレイ、利用料がタダ」これ以上望むべくもない好条件のキャンプ場なのに、なぜに利用者が少ないのだろう。と不審に思っていたら、どうやら近くにもう一か所キャンプ場があるようだ。まるで、貸切状態で申し訳ないような~。

パラパラと雨が落ちてきたので、今朝レクチャーを受けた車中泊に決めた。懸案の車の目隠しなんて必要ない。だって、誰もいないんだもん。朝、車の中でご機嫌麗しい目ざめ。体のどこも痛くないし、これはイケル!!!

気がつけば、テントの若いライダーは出立した後、住人は私と家人のみになっていた。朝もやの中、優雅にコーヒーブレイク。大自然の香りをいっぱいに吸い込んで、あぁいい感じだぁ。

でも、なんだかなぁ~。無人島に流れ着いてしまったような一抹の寂しさが心をよぎっていくw

音威子府中島公園キャンプ場










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三日目       曇り



12/07/06 びふか(美深)
国道40号線沿いにある道の駅「びふか}は、イタリア人建築家の設計による中世ヨーロッパ風のお城の様な建物。

裏側に、びふか森林公園・びふか温泉・キャンプ場・コテージなどなど充実の施設が立ち並ぶ。ちなみに、「びふか温泉」の名物はチョウザメ料理なのだとか。食べてみたいような、そうでもないような~・・・微妙w

さて、この駅の特産品は白樺の樹液を詰めたドリンク{森の雫」と、名物くりじゃがによるコロッケ。いずれも、興味あり。と売店を覗いたら、あっちゃぁ、まだ開店時間前だ。今朝も早い出立だったから、致し方なし。今回は、ご縁がなかったみたいwとなると、ますます食べてみたいなぁ、コロッケ。


12/07/06 朱鞠内湖(しゅまりないこ)

朱鞠内湖

雨竜ダム
朱鞠内湖は、幌加内町の雨竜川上流に位置する人造湖。日本最大の湛水面積を持ち、戦後まで日本一の総貯水容量を誇っていた。

雨竜ダムの工事着工は、1941年(昭和16年)のこと。難工事と財政難で困難を極めたが、のべ数百万人の労働者を動員し、1943年(昭和18年)に完成をみた。ただ、劣悪な労働環境の中で、日本人のタコ部屋労働者だけではなく、朝鮮人や中国人の強制連行をも行われ、現在まで200名以上の犠牲者が判明済み。いたましい歴史の証、でもある。

1974年、朱鞠内道立自然公園に指定され、今ではカヌーや釣人も見られ、アウトドアフィールドとしての顔を持つようになった。運次第では、幻の魚・イトウがみられるかもしれないのだと。


12/07/06 ちっぷべつ(秩父別)

鐘のなるまち・秩父別

道の駅・秩父別

秩父別温泉ちっぷゆう&ゆ
深川市と留萌市を結ぶ国道233号線。その深川市から約15kmの所に位置する道の駅が「鐘のなるまち・ちっぷべつ」。

やさい館

やさい館内部
同じ敷地に「特産物展示館」・「やさい館」・「お食事館」・「秩父別温泉ちっぷ&ゆ」・「開基百年記念塔」などが建てられている。

「開基百年記念塔」には、国内最大級と言われるスウィングベルが設置され、1日4回鳴り響く。ちょうど、ここへ到着したのが、正午。鐘の音、しっかり聞いちゃったヨ♪

嬉しいことには、ここには地元野菜を販売する「やさい館」があった。私の成育歴においては、道の駅と言うのは、時期には新鮮な野菜の即売があるモノと刷り込まれていた。しかるに、今回道北の幾つかの道の駅を覗いてきたが、それらしきモノにはほとんど遭遇せずじまい。野菜大好きな私とツレ、ついに野菜が食べたくなって、某所の地元スーパーへ駆け込んだが、鮮度がイマイチ。なるほど、道北は野菜というよりも魚介類が特産。寒い地方でもあり、野菜を積極的に作っている訳ではないのだなぁ。と、考えてみれば当たり前の事に、思い到り妙に納得した。ここで、目が点になるほど新鮮で安価な野菜たちを仕入れて、後は我が家へLet's Go!














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